257、神木
「レーナ、これは凄いよ」
やりすぎたことへの現実逃避をしていると、お養父様が近くに来てそう声をかけてくれた。
「お養父様……少しやりすぎました」
「でも、とても凄い力だ。改めてレーナのことを誇りに思うよ」
そう言って苦笑混じりでも笑ってくれるお養父様は、凄く懐が深くて素敵な人だ。
私はなんだか感動して、お養父様に抱きつきたいような欲求をなんとかやり過ごし、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
ここに家族がいたら、お父さんは絶対に凄い凄いって褒めてくれるだろうし、お兄ちゃんもテンション上がってピョンピョン飛び回りそうだし、お母さんもやり過ぎよって言いつつ笑ってくれるだろう。
そんなことを考えたら、なんだか家族に会いたくなってしまった。急な寂しさを抑え込んでいると、ダスティンさんが私の背中をトントンと軽く叩く。
「……色々と頭の痛い事態が予想されるが、レーナの力で私たちが救われたのは確かだ。ありがとう」
そしてそんな言葉をかけてくれて、私はダスティンさんにも笑顔を向けた。
「はい。お役に立てて良かったです」
そうしていると、驚きながらもパメラやレジーヌ、ヴァネッサが私の下に来てくれる。
「さすがレーナお嬢様です」
「素晴らしいお力ですね」
「圧倒されます……」
純粋に驚いたり褒めてくれる皆に嬉しくなり、私は周囲にも意識を向ける余裕が生まれた。ぐるりとリューカ車から降りた皆のことを見回すと――ティモテ大司教の姿が視界に映る。
ティモテ大司教はリューカ車を降りてすぐの場所で、濡れてる地面も気にせずに両膝をつき、熱心に祈りを捧げているようだ。
その瞳からは滂沱の涙が溢れ落ち、かすかに嗚咽も聞こえてきた。
「うぅ……うう、ぅぅぅ……」
もはや呻き声のような嗚咽とともに祈り続けるティモテ大司教は、他の皆にも不気味に映るらしい。教会関係者以外には、完全に遠巻きにされていた。
「凄く、泣いてますね……」
思わず事実をそのまま呟くと、お養父様が苦笑を浮かべる。
「予想通りと言えば予想通りだが、思っていた以上に感動しているみたいだ」
「今回は、少し気持ちが分かるのがなんとも言えないな」
ダスティンさんもそう言って微妙な表情を浮かべていると、突然ティモテ大司教が雷に打たれたかのように叫んだ。
「これは神木です!!」
突然の大声に、ビクッと体が揺れてしまう。
「い、今すぐに教会を建てなくては! 皆で御神木に祈りを捧げなくてはなりません! 聖職者が全然足りませんっ、早く皆さんも祈りなさい!」
なんだかティモテ大司教の雰囲気が、今までとはガラッと変わった気がする。興味が巨木に集中していて、私に対して向けられる視線が減ったからだろうか。
なんだかやっと心が休まる気がして、少し体の力が抜けた。
「レーナ様にも祈りを……っ!」
そんな言葉を叫んで私にも祈りを捧げてるけど、すぐ巨木に視線を戻して、それから側近たちに色々と指示を出している。
これは、巨木を作って逆に良かったのかもしれない。
ティモテ大司教と上手く付き合うには、信仰対象を増やして興味を分散させれば良いのか。私は心の中のメモにその事実を刻み込んだ。
「思わぬ結果になりましたね」
ついそう呟くと、意外そうな表情のダスティンさんが頷いてくれた。
「ああ、これは予想外だが良かったかもしれないな。ただ問題は、ティモテ大司教がこの場から動かないなどと言い出す可能性だ」
「……確かにありそうですね」
「まあ、さすがにレーナをシーヴォルディス聖国に案内するという役目を放棄することはないだろうが、ここにしばらく滞在したいなどと言い出しかねない」
「近くの街にいる教会の方に、ここに来てもらった方が良いかもしれませんね」
そんな会話をしている間にも、ティモテ大司教は自分のリューカ車から色んなものを取り出し、側近たちに指示を出している。
よく分からないけど、多分祈りを捧げるための道具なのかな。それを使うみたいだ。それから巨木を信仰対象として整えるためなのか、周りに印をつけ始めた。
「しばらくティモテ大司教は忙しいようだ。私たちは雨が上がるまで、のんびりと休むことにしよう」
お養父様のその言葉に、私はティモテ大司教から視線を外して大きく頷いた。
「はいっ!」




