254、巨木
ルーちゃんが目の前の地面にそっと触れると、その瞬間に小さな若木が姿を現した。ニョキニョキと効果音がしそうなほどに細く早く現れた若木は、滝のような雨に打たれてかなり辛そうだ。
無意識のうちに手を伸ばして若木を雨から守ると、成長が一気に早くなる。細い若木が少しずつ逞しさを手に入れていき、一気に背も伸び始めた。私の手で雨を防げる高さじゃなくなった頃には、もう若木というよりも一本の立派な木だ。
しかし、まだ成長は止まらない。見上げるほどの立派な木となったけど、どんどん幹の太さと背の高さは増していく。
青々と茂っていた葉っぱも一枚一枚が強さを持ち、だんだんと枝が他の木の幹と同じ太さになっていった。それでも成長は止まらず、さらに高く、さらに太くなる。
巨木の周りを楽しそうに飛び回るルーちゃんを目で追っていると、私がいる場所まで木が成長してきたので、慌てて場所を避けた。
「凄い……本当に、凄い」
なんだか感動して、呆然と成長を見届けることしかできなかった。まさか現実で、こんな光景を見られるなんて。
世の中には美しい景色がたくさんあると思うけど、ここまでの力強さを兼ね備えた美しさや尊さを感じることができるのは、今目の前に展開されているこの光景だけな気がする。
そう思ったら、瞬きするのも惜しかった。ひたすら、生命の神秘とも言える光景を目に焼き付ける。
やっと成長が止まった時には、私がイメージした通りの、アニメの中でしか見たことがないような巨木が生み出されていた。
「ルーちゃん、本当にありがとう」
仕事を終えて戻ってきたルーちゃんに感謝を伝えると、ルーちゃんは嬉しそうに私の周りを飛び回る。
巨木の下では、雨を凌ぐ魔法は必要ないようだ。私がイメージした通り、この巨木は自然の脅威から私たちを守ってくれる。
「本当に凄いね……」
改めてそう呟き、もう一度上を見上げた。たくさんの力強い枝葉が幾重にも重なり、大雨から私のことを完全に守ってくれていた。
巨木の外を見ると、さっきまでと変わらず強い雨が降り続けている。なんだか不思議に思いながら木の幹に近づき、そっと触れた。
ごつごつとした幹からは力強い、生命力のようなものを感じられる。
「ありがとう。私たちを守ってね」
自然とそんな言葉が口から溢れていた。しばらく一人で自然の尊さを感じ、満足したところで皆を巨木の下に呼びに行くことにした。
しかし、実際に作り出した後に後悔しても遅いけど、少しやりすぎたような気がする。これを見せたら皆がどんな反応をするのか……特にティモテ大司教はどうなるのかって考えたら、頭が痛くなりそうだ。
そんな懸念はありつつも、せっかくこの辺りの魔力をかなり減らしてまで作ったのだから、被害を最小限に抑えるためにも、皆にこの場所のことを伝えないといけない。
「あっ、ここまでの道も作らないと」
馬車が街道から逸れて草原を走ったら、それが原因で壊れる可能性がある。
私は慌てて街道から巨木の下までを繋げる道を、土魔法で作った。これで完璧だ。
「じゃあ、皆のところに戻ろう。ルーちゃん、もう一回さっきみたいに雨を防ぐ魔法を使ってくれる?」
その頼みにルーちゃんが答えてくれたところで、私は新たに作った道を通って、街道に停まっている皆のところに戻った。
やはり巨木の外に出ると雨が酷く、リューカやノークたちが特に辛いだろうと気が焦る。急足で、まずはカディオ団長がいるだろう先頭に向かった。
すると先頭には、大きな外套を頭から被ってノークに乗ったままの騎士が何人もいた。ダスティンさんが言っていた通り、全員が車に乗り込めるほどの余裕はなかったのだろう。
騎士が降りたのだろう大きな外套を巻かれたノークや防水布を被されたリューカも散見されて、予想通りとてもストレスがかかってそうだ。
これは、早く移動させてあげないと。
そんなことを考えながら、一番先頭にいる騎士の顔を覗き込むように回り込むと――
「カディオ団長」
「うぉっあっ」
運良く最初の人物がカディオ団長だった。しかしカディオ団長は急に現れた私にかなり驚いたらしく、体勢を崩してノークから落ちそうになる。
ルーちゃんに頼んで風魔法で背中を支えると、なんとか落ちずに済んだ。
「驚かせてごめんなさい」
「いや、大丈夫だが……レーナ、で合っているか?」
私のことを幽霊か何かだと疑っているような団長に、つい笑いそうになってしまった。しかしこの状況じゃ仕方ないかと、ルーちゃんを指差す。
「ルーちゃんもいるし、本物よ」
「……そうか」
「そんなことよりも、雨が酷いでしょう? 私が向こうに魔法で巨木を作ったの。その下に皆で移動して雨宿りをしましょう。リューカ車も含めて、詰めれば全員が巨木の下に入れるわ」
「巨木……?」
突然の話が上手く理解できないのか、カディオ団長の反応は乏しい。どうしようか、まずはカディオ団長だけに巨木を見てもらおうかな。
そんなことを考えていたら、近くにいたノークがゆっくりと動いて近づいてきた。それに乗っていたのは……。
「シュゼット!」
「やっぱりレーナか。こんな雨の中でどうしたんだ? 雨は……防げるみたいだけど」
シュゼットは感心と呆れが混じったような表情で、私のことを上から下まで見つめた。体の周りで雨が弾かれてる様子は、他の人から見たら不思議な光景だろう。
「うん。ルーちゃんのおかげよ。それで他の人たちの助けにもなりたいと思って、向こうに巨木を作ったの。そちらで雨宿りをしましょう」
同じことをシュゼットにも説明すると、やっぱりシュゼットもすぐには状況を飲み込めないようだった。しかし先に話を聞いていたカディオ団長が、混乱から抜け出してくれる。
「とりあえず、俺とシュゼットだけで見に行くぞ。それから話をしよう」
「そう、ですね」
「じゃあ、案内するわ」
そうしてまずは三人で、巨木へと向かうことになった。




