252、大雨
不安に思いながらもリューカ車に揺られ、しばらくは窓の外を流れる景色に大きな変化はなかった。
しかし少しずつ雲が増え、薄暗くなっていき、気づいた時には空全体を分厚い雲が覆っている。
「これは、結構な雨になるかもしれませんね」
思わずそう呟くと、ダスティンさんは険しい表情でじっと外の様子を眺め、僅かに窓を開けた。隙間から外の空気が流れ込むと、明らかに雨が降る前の湿った匂いがする。
「そうみたいだな。今すぐにでも降り出しそうだ」
「目的の街までは……」
「まだ遠い」
やっぱりそうだよね……これからどうなるんだろう。不安感で心が満たされそうになる。だって今私たちがいるのは、本当に何もない草原なのだ。
焦ったところでどうしようもないけど、こんなところで足止めを食らったらどうなるのかと心配になるのはやめられない。
「雨が降り出したらどうするのかは、皆さんで話し合ったのですか?」
「もちろんだ。雨が降り出したらリューカやノークに防水布を被せ、進めそうな限りは多少無理にでも進む方針と決まっている。ただどうしても身動きが取れなくなったら、その場で雨が上がるまで待機だ。一応この場所は川の増水などに巻き込まれることはないので、そこは安心なのだが……」
雨が上がるまで待機……まあ、それしかないよね。問題はリューカたちの体力が持つのか、車が壊れないか、そして雨漏りをしないか、その辺りだ。
問題なく待機でやり過ごせるなら良いけど、ダメそうなら――
ルーちゃんの力を借りてどうにかできないか。そんなことを考え始めたところで、ポツポツと雨音が響き始めた。
「あ、ついに降り始めましたね」
「本当だな」
リューカ車の外を確認すると、ノークに乗って周囲の護衛をしてくれている騎士たちが一斉に動き出している。まずはリューカに防水布を被せ、騎士たちも大きな外套のようなものを羽織るようだ。
ノークに別の防水布を被せるというよりも、ノークと騎士、両方を覆うような外套を準備しているらしい。
「そういえば雨が酷くて隊列が止まったら、騎士たちはその場で待機なのですか?」
「いや、雨の強さにもよるが基本的にはリューカ車で雨宿りをしてもらう予定だ。荷物用のリューカ車なども活用してな。ただ全員が乗り切れるかというと……難しい」
そうなると、一部の騎士たちは大雨に打たれながら何時間も耐えないといけないってこと? それはリューカやノークと同じように、騎士たちの体力も心配だ。
「とにかく今は、祈るしかないのがもどかしいですね」
「ああ、このまま雨が酷くならないことを祈ろう」
そんな会話をしてからすぐに、雨音はどんどん酷くなっていった。まさに刻一刻と状況が悪化している感じだ。一応まだリューカ車は動いているけど、かなりゆっくりになっているし、止まるのも時間の問題だと思う。
ザーーーーーと強い雨音が響き渡る。ダスティンさんとクレールさんとの会話も、声を張らないとままならないほどだ。さらに外を見ても、もはやほとんど何も見えない。水飛沫が激し過ぎるのだ。
レジーヌとヴァネッサは大丈夫かな。カディオ団長とシュゼットも、お養父様も。全員が心配だ。
何もできないけど、ひたすら雨が降りしきる外を眺めていると、ついにリューカ車が止まった。
「やっぱり進めないみたいですね」
「この雨だからな……仕方がないだろう」
「ダスティン様、重い荷物をできる限り足元に下ろしてもよろしいでしょうか。風が強くなってきているようですので、転倒対策をすべきかと」
クレールさんのその言葉で、激しい雨音で気づいていなかった風の強さに意識が向いた。確かに……かなり風が強いみたいだ。風によって雨がリューカ車の側面に叩きつけられていることで、より雨音が酷いらしい。
車の側面からの雨漏りとか、クレールさんの言う通り酷ければ車の転倒もあり得そうだ。
「もちろん構わない。私も下ろそう」
「私も手伝います」
それから皆で荷物を移動させて、少しでも被害が発生しないようにと努めた。しかし雨音は酷くなることはあっても弱まりはせず、ますます不安は増していく。
「リューカやノーク、騎士たちは大丈夫でしょうか」
「騎士は大多数がリューカ車の中に避難したはずだ。ただリューカとノークはかなり心配だな。ずっと雨に打たれていたら、いくら防水布があるとはいえ体温も低下するだろう」
「やっぱりそうですよね……」
「それに、荷物を運ぶ用のリューカ車はそこまで頑丈な作りをしていません。この雨と風に耐えられるのか……」
不安なことばかりだ。ここまで酷い雨が早々に弱くなったり、すぐに止んだりするのは想像できない。今までこの世界で生きてきた経験上、こういう雨はだいたい半日ほど続くのだ。
半日もこの状態でいたら……深刻な被害が発生するかもしれない。どうする? 私にできることはある?
私は必死に解決法を考えるため、頭を働かせた。




