243、家族に報告
オードラン公爵家の皆との夕食を終えた後。私は私室に戻るのではなく、家族がいる離れに向かった。家族にもシーヴォルディス聖国に向かうことを伝えるんだけど……お父さんが受け入れてくれるのか心配だ。
私の役目は理解してくれると思うけど、自分も一緒に行くと言い出しかねない。皆には安全な場所にいて欲しいから、それだけは阻止しないと。
そんな決意を固めつつ離れに向かうと、ちょうど皆も夜ご飯を食べ終えたところだった。
「レーナ、突然どうしたんだ」
私が顔を出すと、まずはお父さんがソファーから立ち上がって迎えに来てくれる。その表情は誰が見ても嬉しいのだと分かるキラキラとしたもので、私は苦笑を浮かべてしまった。
ソファーからこちらに手を振ってくれるお母さんもお父さんの様子に苦笑を浮かべ、お兄ちゃんは元気そうな笑顔だ。
そんないつも通りの家族に和みながら、私はパメラたちにしばらく待機していて欲しいと伝え、後ろ手に扉を閉めた。
「突然来てごめんね。今日はちょっと話があるの」
その言葉だけでお父さんは不穏な気配を感じたのか、さっきまでのスキップでもしそうな雰囲気を一変させる。
「……何かあったのか?」
いつも通りの笑顔のはずなのに、こんなにすぐ気づくなんてさすがお父さんだ。そんなことを考えながら、お父さんの手を掴んでソファーに移動した。
「はい、お父さんも座って。ちょっと真面目な話だから」
その言葉にお父さんはこの世の終わりを告げられたような雰囲気になり、お母さんとお兄ちゃんも緊張の面持ちを浮かべ、私はそんな皆の顔をゆっくりと見回した。
そして、はっきりと告げる。
「私、少し遠い国を訪問することになったの。シーヴォルディス聖国って言って、神様たちを奉る大聖堂がある場所だよ。分かる?」
宗教が浸透しているこの世界では、大聖堂という場所の認知度はかなり高い。三人ともゆっくり頷いた。
「ええ、知っているわ。ただ、凄く遠いところにあるのでしょう?」
「そうだね……でも数週間で着くんじゃないかな。天気とかいろんな事情によっては、もう少し早く着くかも」
できる限り雰囲気が暗くならないようにと明るく伝えたけど、皆の雰囲気はどんよりと暗いままだ。
この国だと長距離移動をすることはほとんどないから、数週間もかかるような場所に行ってしまうというのは、かなり大きな事態なので仕方がない。
特にスラムから平民と、庶民として生きてきた皆は、遠い場所に行くということに慣れていない。遠くに行く時は、もう一生会えない時というのが当たり前なのだ。
「向こうの滞在は早ければ数日になると思うし、そこまで長くならずに帰ってこられると思う。レーナ・オードランとして訪問する形だから、侍女や護衛も一緒だし、お養父様も騎士団も付いてきてくれる。だから安全だよ」
なんの問題もない、ただの少し遠いお出かけ。そんなふうに伝えたけど、皆の表情は晴れなかった。私が口をつぐむと、お父さんがポツリと呟く。
「なんで、レーナがそんなところに行くんだ? 他の人じゃダメなのか?」
「それは――私が創造神様の加護を得た存在だから。この世界を助けて欲しいって、創造神様に声を届けるために行くの」
目的は隠さずに伝えるべきだと思って、私は皆の目をまっすぐと見つめながら伝えた。するとお兄ちゃんは納得してくれたのか、心配そうに眉を落としながらも私の肩を叩いてくれる。
「レーナにしかできないことなら仕方ないな……頑張れ。応援してる」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「ああ、ここで帰りを待ってるからな」
そう言ってニッと口角を上げたお兄ちゃんになんだか泣きそうになり、私は慌てて唇をギュッと噛み締めて笑みを浮かべた。
「うん。頑張ってくるよ」
お兄ちゃんとの話が終わると、次に口を開いたのはお母さんだ。
「レーナ、頑張りなさい。本当はあなたが行くのを止めたいけど、レーナが決めたことなら尊重するわ」
「お母さん……ありがとう」
隣に座っていたお母さんに抱きしめられ、その温かさにさらに泣きそうになる。
そんな中でずっと口をつぐんでいたお父さんが、搾り出したような声で言った。
「俺は他のやつらの危機なんてどうでもいいから、レーナには安全な場所で楽しく幸せに生きて欲しい。――でも、その大聖堂に行くのはレーナが決めたんだな? 強制されたわけじゃないんだな?」
「うん、自分で決めたよ」
お父さんの言葉にしっかりと頷くと、お父さんは険しい表情をくしゃっと崩す。そして泣きそうな表情で、私の頭を強めに撫でてくれた。
「それじゃあ、俺は止められないな……レーナ、絶対無事で帰ってくるんだぞ。父さんとの約束だ。もしレーナが無事に帰って来なかったら、父さんはこれからずっと不幸な人生を送ることになる。毎日泣いて落ち込んで過ごすことになる。それが嫌なら絶対に帰ってくるんだ」
なんだか重すぎるお父さんの言葉に、私は涙が引っ込んで笑いそうになってしまった。でもそこまで想ってくれてることが嬉しくて、私の頭をずっと撫でてくれているお父さんの手を握る。
「お父さんがそんなことになったらお母さんとお兄ちゃんが可哀想だし、オードラン公爵家にも迷惑をかけちゃうね。それは絶対に嫌だから、無事に帰ってくるよ」
そう伝えると、お父さんは僅かに口角を上げてくれた。
「そうしてくれ。俺はこれからも皆と幸せに生きたい」
「……うん、そうだね」
お父さんの言葉がなんだか胸に響いて、私の中で絶対無事に帰るという決意が新たになる。何よりも優先するのは私の安全、それは曲げないようにしよう。




