241、話し合いの終わり
出発日が五日後と正式に決まったところで、陛下が次の議題を提示した。
「次はシーヴォルディス聖国に向かうまでの行程、そして聖国での日程などについて話し合いたい。まずは聖国までの行程について、ティモテ大司教とカディオ第一騎士団長が中心となって話し合いを頼みたい」
陛下の言葉に二人は頷き、まずはティモテ大司教が動いた。後ろに控える教会の人たちに合図を出し、テーブルの上に大きな地図を広げる。
「この地図には、シーヴォルディス聖国までの道のりが描かれております。私も何度も往復している行程ですので、問題はないでしょう」
その地図を真剣な表情で覗き込んだカディオ団長は、ある一点を指差した。
「この辺りはもう少し早く進めるはずではないですか? この街とこの街、それからこちらも飛ばせると思いますが」
「いえ、そちらの街には大きな教会があって、レーナ様に祈りを捧げてほしいと要望が来ているのです」
ティモテ大司教が告げた言葉にカディオ団長は眉を顰め、陛下に視線を向ける。
「陛下、レーナ様が祈りを捧げるのは大聖堂で、という決定ではありませんでしたか?」
その問いかけに、陛下はすぐに頷いた。
「ああ、大陸会議でそう決まっている。他の教会に寄る義務はない。――ティモテ大司教、できる限り早く大聖堂へ赴くべきだと考えておりますが、違いますか? 無駄は省いていきましょう」
陛下の要請に、ティモテ大司教はすぐ返答しない。それどころか陛下から視線を外し、私に視線を向けてきた。
そういう、私が一番です! みたいな扱いが一番困るから本当に止めてほしい。心の中でそう願っていると、願いも虚しくティモテ大司教に声をかけられた。
「レーナ様はどうお考えでしょうか。神々を敬う敬虔な信徒たちとの交流を、お望みではありませんか?」
私が頷くのが当然と思っているような笑顔に、つい「教会になんて近づきたくないです!」と叫びそうになり、辛うじて耐えた。
「……早く大聖堂に行きましょう。今は大きな問題の解決を優先するべきですから」
ティモテ大司教を怒らせるのは、色んな面で怖いのだ。普通に権力を持ってる人という意味でも、創造神様の加護持ちである私を敬いすぎている点からも。
大司教の理想とあまりにも違う行動や言動を続けていたら、どうなるのか分からない。それでも盲目的に私を信じるのか、それとも一番は神だから、何か変なこじつけをされて私が不利な立場になるのか。
またそんなことを考えてしまっていたら、ティモテ大司教は眉を下げて落ち込む様子を見せた。しかしすぐに、私に向けて深く頭を下げる。
「そうでございますか……皆が残念がるでしょうが、仕方がありませぬな。レーナ様のご意志は、神々の次に優先されるべきことですから」
この神々の次にって部分、ここが怖いところだ。
というか、今まで私は教会が嫌だって態度を結構出してきたつもりだけど、それが一切伝わってないのも怖い。
ティモテ大司教には、私がレーナじゃなくて創造神様にでも見えてるんじゃないのかな。それならレーナとしての私の意志が全然届いてないのも理解……したくないけど、できる気がする。
「大聖堂に一番早く向かえるルートで。この認識でよろしいですか?」
陛下が話を戻してくれて、それにティモテ大司教が頷いた。私は陛下に申し訳なく思いながら、感謝を込めて少し頭を下げる。
大袈裟にやって大司教にまた絡まれても面倒なので、最小限の動きに留めた。
「はい、そちらに変更しましょう。まずはこのルートをこちらに変更し――」
それからしばらく大司教とカディオ団長の間でルートの変更が行われ、私たちが通る道は正式に決定した。
あとは当日に決めていた道を通れない理由が発生した場合、またティモテ大司教とカディオ団長、そしてダスティンさんと私で話し合いを行うそうだ。
その話し合いが行われたら、カディオ団長とダスティンさんの意見を支持しよう。そう決意していると、議題は聖国での滞在に関する話に移った。
「聖国での滞在ですが、皆様には大聖堂で過ごしていただくことになるでしょう。しかし大聖堂は、それほど多くの人数が生活できるような空間が空いておりません。そこで一部の使用人などは大聖堂近くの宿に滞在していただきますが、よろしいでしょうか」
ティモテ大司教の問いかけには、誰も反論できない。なぜなら大聖堂の収容人数や、大聖堂で過ごす信徒の数など、詳しい情報が何もないからだ。
「それで構いませんが、レーナの側近やダスティン、カディオ団長など、主要な人員は大聖堂に滞在できるよう配慮していただきたいです。具体的には最低でも二十人は受け入れてください」
陛下の有無を言わせぬ口調に、ティモテ大司教は僅かに眉を顰めてから、満面の笑みで頷いた。
「かしこまりました」
陛下がこの提案をしなかったら、私が滞在するだけしか部屋が空いていないとか言われて、皆と離されたりしたのかな……陛下、本当にありがとうございます。
大きな感謝を抱いていると、話は滞在中の予定に移る。
「滞在の日程は、現時点では詳しく決まっておりません。レーナ様の祈りによって何が起きるのかによりますし、聖国に着いてから詳細を詰められればと思っております」
「……分かりました。ではそちらの詳細は、レーナとダスティン、カディオ団長と共に決めてください」
滞在日程についてはティモテ大司教の言葉を受け入れることにしたのか、陛下は口を出さずに頷いた。
「かしこまりました。そのようにいたしましょう」
それからも細かい議題について打ち合わせを重ね、なんだか大きな疲れを感じながら、大聖堂訪問に関する話し合いは終わりとなった。




