240、会議室での話し合い
「レーナ様、失礼いたします」
会議室に入ってきたティモテ大司教は、私しか目に入っていないのかと思うほど他の人はガン無視で、私にだけ深く頭を下げた。
この盲目ぶりが怖いって、なんで分かってくれないのかな……。
「この度は、レーナ様の大聖堂へ向かう旅路に同行できること、恐悦至極にございます。身に余る光栄にこのティモテ、全身が震えております。必ずやレーナ様の祈りは創造神様へと届くでしょう。この世界はレーナ様によって救われるのです!」
一人で演説を始めたティモテ大司教に、私はドン引きしてしまう。私だけじゃなくて他の人たちも、少し顔を顰めていた。
これが嫌だと感じる感覚が普通だということに安心しながら、私は小さく口を開く。
「今回は、よろしくお願いします」
さすがに完全無視は良くないだろうと思っての言葉だったけど、それを聞いてティモテ大司教は滂沱の涙を流した。
私に何度も祈って、ルーちゃんにも祈って、やっと泣きながら自分の席に向かってくれる。
ここまで崇められると本当に怖いよね……もう嬉しいとかありがたいとか、そういう次元じゃない。
私の祈りが届くって信じて疑ってないみたいだけど、効果がなかったらどうなるんだろうか。ここまで極端な人は、手のひらを返すときにも極端だろうから、凄く怖い。
無意識のうちに両手をキツく握りしめていると、また扉が開いた。そこから入ってきたのは――ダスティンさんと陛下だ。
陛下は実際に大聖堂には向かわないけど、大陸会議に参加した当事者として、今日の会議に参加してくれると聞いていた。
二人が入ってきたことで、ティモテ大司教のせいで異様な空気となっていた会議室内が正常に戻る。
そのことに安心し、少し体から力が抜けた。
「待たせたな」
私たち全員に向けて言葉をかけながら陛下が席に腰掛けて、その隣にダスティンさんが座ったところで会議開始だ。
「さっそくだが、この会議ではレーナがシーヴォルディス聖国を訪問する行程について話し合いたい。まずこの場にいる者たちが、今回のアレンドール王国使節団の主要メンバーだ。ティモテ大司教は、大聖堂までの案内をしてくださる」
その言葉にティモテ大司教が立ち上がり、にっこりと微笑みながら口を開いた。
「レーナ様のご移動のために、力を合わせましょう」
その笑顔の薄気味悪さに、私が思わず自分の腕を擦っていると、陛下は大司教の言葉を軽く流してくれた。
「よろしくお願いします。……ではさっそく日程だが、まずは出発日に関してだ。大陸会議では早急にと言われているが、長い移動となるため準備期間は必要だろう。早くとも一週後と考えている。皆の意見を聞きたい」
一週後……ってことは、十日後だ。それでも凄く早いと思っちゃうけど、そんなに先延ばしにはできないのだろう。
それに延ばしたっていつかは行かないといけないのだから、それなら早めに行っちゃった方がいい。
「あの、発言しても良いでしょうか」
まず手を挙げたのは、料理人の格好をした人たちの中でも一番地位が高そうな男性だった。
「うむ、許そう」
「ありがとうございます。道中の食事を準備するにあたって材料を調達しなければいけませんが、シーヴォルディス聖国までの道中で、調達が難しい場所がいくつもあります。また昨今の状況によって街には寄ることができても、十分な食料を確保できないかもしれません。したがって保存食を多めに準備したく思います。ただ私たちだけで準備をすると、多くの時間がかかってしまい――」
そこで申し訳なさそうに言葉を途切れさせた料理人さんに、陛下が鷹揚に頷きながら告げる。
「分かった。では保存食の準備は国をあげて行おう。王都にあるものを集め、さらに道中で寄る国内の街でも補充できるようにしておく。もちろん新鮮な食料もだ」
「ありがとうございます。それでしたら、私共の準備は数日で終わるでしょう」
料理人さんが頭を下げながら一歩後ろに下がったところで、陛下はまた会議室内をぐるりと見回した。
「他にも意見がある者はいるか?」
すると次に手を挙げたのは、カディオ団長だ。
「発言の許可を願います」
「許可しよう」
「ありがとうございます。……私たち騎士団は、一週後よりも早くの出発を提案します。今から約三週後ころから特に私たちが向かう南寄りの一部地域では、突風が吹くのです。砂嵐となることもあるため、そうなる前にその地域を通過してしまいたいです」
砂嵐……そんなものがあるんだ。巻き込まれたら、かなり危険だよね。ゲートや魔物といった危険がたくさんあるこの世界では忘れがちだけど、絶対に忘れちゃいけないのが自然の怖さだ。
いくら精霊魔法があるといってもできることには限度があるし、砂嵐に巻き込まれて全滅しました。なんて可能性もないとは言い切れない。
「確かにそれは考慮するべきだな。具体的にはいつ出発したい?」
「できれば三日後、遅くとも五日後には」
「ふむ……分かった。まず三日後に異論がある者はいるか?」
陛下の問いかけには、何人もの人たちが手を挙げた。さすがに三日で準備をするのは難しいみたいだ。
しかし五日あれば大抵の準備が終わるのか、そちらへの反対意見はなかった。
「では、出発日は五日後だな。レーナも問題はないか?」
今回の中心は私だからか、陛下は私にしっかりと視線を向けて問いかけてくれる。
正直五日後なんて早すぎて実感が湧かないけど、五日もあれば友達や家族、知り合いにしばらく留守にすることを伝えるには十分だ。
そして他の準備は、私がやるのではなくてパメラたちがやってくれる。
そう考えると……五日後の出発に反対する理由はない。砂嵐なんて話を聞いたら、もっと早くても良いぐらいだ。
「私も問題ありません」
「分かった。では五日後で正式決定としよう」
そうして出発日が決まったところで、話は次の議題に移った。




