235、学院の再開
突然ゲートが出現したあの日からしばらく閉まっていたノルバンディス学院が、ついに再開することになった。
この知らせを受けたのはつい二日前で、私とリオネルは急いで学院に通う準備をし、今日はついに学院再開日だ。
今までと同じように制服を着て、二人でリューカに揺られていると、やっと日常が戻ってきた気がする。
しかし問題が解決したわけじゃなくて、なぜゲートが突然現れたのか、今までのセオリーから反していたのか、これからも前回のような事態が起こるのか。
この辺りの疑問や懸念は何も解決していないらしい。
ただいつまでも日常生活を止めてるわけにはいかないからと、貴族街でも少しずつ元の生活を取り戻しているのだ。
「外を歩いてる人も少し増えてきたね」
「確かにそうだけど……やはり以前よりは雰囲気が暗いかな」
「うん。それはもう、仕方がないよ」
リオネルとそんな話をしながら窓の外を見つめ、しばらくしてリューカ車はノルバンディス学院に到着した。
二人で車を降りて教室に向かうと、教室に入った瞬間に懐かしい顔がたくさん目に入り、少し感動してしまった。
「リオネル様、レーナ様!」
そう声をかけてくれたのは、元気いっぱいなテオドールだ。その嬉しそうな笑顔を見ていると、完全に日常が戻ってきた気がする。
「テオドール、おはよう」
「アンジェリーヌ、メロディ、オレリアもおはよう」
リオネルと私が皆に挨拶をすると、さっそく駆け寄ってきてくれた。
「またお会いできて良かったです……!」
そう言って瞳を潤ませているのはオレリアだ。メロディはいつも通りの微笑みを浮かべているように見えるけど、いつもより少しだけ唇が固く閉じられている。
皆も不安だったんだね……本当に再会できて良かった。
「もう、遅いですわ。レーナ様はあの日、ゲートに対応されたと聞いていました。し、心配したんですのよ!」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら伝えてくれたアンジェリーヌに、何だか嬉しくなる。
「ありがとう。心配かけてごめんね。でもこの通り何の問題もないの、大丈夫よ」
笑顔でそう伝えると、恥ずかしさの裏返しでキッと強い眼差しを向けていたアンジェリーヌの瞳が、一気にうるっと緩んだ。
そんなアンジェリーヌを見ていたら、私まで泣きそうになってしまう。
「み、皆は大丈夫だったの?」
話を変えるためにそう問いかけると、全員がすぐに頷いた。あの日の皆は大きな怪我もなく避難できて、無事に屋敷へと帰ることができたらしい。
「全員無事で良かったわ。では……学院が休みの時に何をしていたのか、話をしましょうか」
「賛成ですわ。私は可愛らしいお洋服を――」
それからも皆で楽しく話をしていると時間はあっという間に過ぎ去り、すぐに講義が始まる時間となった。
最初はダスティンさんによる魔道具の講義だ。教室に入ってきたダスティンさんが今までと変わらない様子で、私は何だかホッとした。
学院が休みの間は基本的に外出をしなかったし、王宮はかなり慌ただしい様子だったので、ほとんどダスティンさんと会っていないのだ。
「皆、久しぶりだな。さっそく魔道具に関する講義を始める」
そう言ったダスティンさんに、少しだけ教室内には歓声が上がった。久しぶりに会った王族であり、皆の憧れのようになっているダスティンさんにテンションが上がってるのだと思う。
しかし女の子たちに熱い視線を注がれても、全く意に介していないダスティンさん。ブレなさが凄い。
「まずは皆の学習進度を確認したい。前回の講義から期間が開いてしまったが、習った内容を覚えているだろうか。確認するための小テストを行うことにする」
「……え、今すぐ!?」
「ヤ、ヤバい」
「どうしようどうしよう」
さっきまではキラキラわいわいした雰囲気だったのに、ダスティンさんの言葉で教室内は一気に騒然とした。
これは驚くよね……というか私も心配だ。魔道具についてなら他の皆より詳しいと思うけど、最近は全く研究などもしてないから。
どこが出題範囲かな、少し資料を見て――そう思っているうちに、ダスティンさんが無情にも告げる。
「机の上にはペンのみを出すように」
それに従わないわけにもいかず、私はレーナの優秀な頭を信じることにした。レーナなら少し前に習ったことでも、ちゃんと覚えてるはず!
配られた小テスト用紙に視線を向けると、思っていたよりも問題数が多かった。
「では、始め」
その声に従ってペンを持ち、一番上から回答を埋めていく。最初はかなり緊張しながら解き進めたけど、意外にも躓く問題はなく、だんだんと落ち着きを取り戻した。
久しぶりのテストだから、簡単な問題が多いのかも。基礎を覚えているかどうかの確認なのかな。
そんなことを考えながら最後まで躓くことはなく解答を終え、ペンを置いてから余った時間で見直しをした。
「終わりだ。ペンを置くように」
ダスティンさんのその言葉で、小テストは終わりとなる。
「結果は次の講義でまとめて掲示するので、それを見て自分の立ち位置を確認するように」
え、まとめて掲示って、全員の結果を見れるようにするってこと……?
ダスティンさん、鬼畜だ。さすが容赦がない。
「さらにこれからも定期的に小テストを行うこととした。気を引き締めて講義を聞いてくれ」
そんなダスティンさんの言葉に、最初に歓声を上げていた女の子たちも顔色を悪くしたり必死に教材を捲ったりしていて、もう勉強に夢中みたいだ。
クラスメイトたちを見て僅かに、多分私にしか分からない程度に、ダスティンさんは満足気な笑みを浮かべた。
ダスティンさん、自分から意識を逸らすためにわざと厳しくしてますね?
絶対そうだと思うけど、皆が勉強に集中できるなら悪いことではないので、少しだけ釈然としない気持ちになりながら、私も教材を開いた。
それからは大きな問題もなく講義が進んでいき、学院が再開してから最初の講義が終わりとなった。
講義が終わると、ダスティンさんはいつもすぐに教室を後にする――
のだけど、今日は違うみたいだ。
教室に残ったダスティンさんは、クラスメイト全員に視線を向けられながら無言で私を凝視する。その表情は真剣そのもので、私は不安から両手をギュッと握りしめた。




