231、レシピとロペス商会
お兄ちゃんにぐしゃぐしゃと頭を撫でられると視界が揺れて、手首をガシッと掴んで止めたところで、笑顔のお兄ちゃんに顔を覗き込まれた。
「レーナは本当に凄いな! よくいろんなレシピを思い付けるし、このソースにここまで合った料理を考えられるのはマジで凄い」
そう言ったお兄ちゃんの瞳には尊敬の色が浮かんでいて、私は少しだけ照れてしまう。
「たまたまだよ。……そうだお兄ちゃん、このレシピは料理人さんに渡しても良いと思う? 貴族向けの料理じゃないかなーとは思ってるんだけど」
話を逸らすためにもそう問いかけると、お兄ちゃんは私の頭から手を離して少し考え込んだ。
「レーナが嫌じゃなければ、渡してみてもいいと思うぞ。
先輩たちならこのキャレー焼きを、貴族向けの料理にしてくれるかもしれないしな!」
確かに……そうかもしれない。私はどうしてもお好み焼きという完成系に引っ張られるけど、その先入観がない料理人さんたちなら、この世界での最適解を見つけてくれる可能性がある。
「じゃあ渡してみるよ。使用人向けの食事なら、このままでもありだろうし」
「俺たち向けのやつならありどころか、めっちゃ人気メニューになると思うぜ。父さんと母さんもそう思うよな?」
お兄ちゃんの問いかけに、二人はすぐに頷いた。
「レーナが考えたレシピだ。当たり前だな」
「ふふっ、アクセルはちょっと極端だけど、私も確実になると思うわ。作るのが簡単だし、料理人さんたちの負担軽減にもなるんじゃないかしら」
「確かにそうだな。焼くのに少し時間がかかるのは並行してやればいいし、もっと大きく作ってオーブンで焼くのもありか?」
すでに改良を考え始めたお兄ちゃんに、私は楽しみになる。
「ソースを譲ってくれた料理人さんにレシピを渡しておくから、お兄ちゃんからも説明してね」
「ああ、もちろんだ」
そうしてキャレー焼きの今後は料理人さんたちに委ねることにして、楽しくて美味しい昼食は終わりとなった。
昼食後にのんびりと休憩していると、離れのドアがノックされてパメラの声が聞こえてきた。
「レーナお嬢様、ロペス商会の皆さんが来ております。応接室でお待ちいただいておりますが、いかがいたしますか?」
その声に答える前にドアを開け、パメラの顔を見ながら返事をする。
「パメラ、わざわざ伝えにきてくれてありがとう。さっそく離れに呼んでもらえるかな」
「かしこまりました。では少々お待ちくださいませ」
パメラを見送ってから室内に戻り、ロペス商会の皆が来ても大丈夫なように、急いで片付けを開始した。飲んでいたお茶を飲み干してカップを洗い、窓を開けて換気もする。
多分部屋の中には、キャレー焼きの匂いが充満してるだろうから。
「レーナ、皆さんにお茶をお出しする?」
「そうだね……一応準備しておこうか。お菓子とかはあるんだっけ」
「クッキーがあるわ」
「じゃあ、それを準備しよう」
お母さんと私でお茶とお茶菓子の準備をして、お父さんとお兄ちゃんには、持ってきてもらう商品が並べられるよう、テーブルとソファーを少し動かしてもらう。
「こんな感じでいいか?」
「そうだね。あっ、そういえば椅子が全然足りなかった」
そこまで気が回っていなかった。この離れには基本的には二人掛けのソファーが二つしかないのだ。頑張って詰めて座っても、六人しか座れない。
「俺が椅子を借りてこようか? 使用人用の休憩室に、スツールならいくつもあるぞ」
お兄ちゃんのその提案に、私はすぐ頷いた。スツールなら場所を取らないし、そこまで広くないこの離れに運び込んでも、邪魔にはならないだろう。
「じゃあ行ってくるな」
「うん、ありがとう」
そうして急いで準備を整えて一息ついたところで、外に続く離れの玄関ドアがノックされた。私が扉を開いて、さっそくロペス商会の皆さんには中に入ってもらう。
「ギャスパー様、突然のお願いを聞いてくださって、ありがとうございました。あっ、ここではただのレーナとして接してください」
その言葉にギャスパー様は少しだけ間を置いてから、親しげな笑みを浮かべてくれた。
「分かった。レーナ、久しぶりだね」
「はい!」
普通に話せることが嬉しくて、私の頬は緩んでしまう。
「あっ、どうぞ座ってください。ジャックさん、ニナさん、ポールさんも」
たくさんの荷物を持っている三人にも声をかけると、三人とも明るい表情で頷いてくれた。
「ありがとな。荷物はどこに置けばいい?」
「その辺の床で良いよ。ソファーは二人掛けだから、座れない人はスツールを使ってね」
「分かったわ」
「ここに置かせてもらうよ」
そうして私が四人を誘導していると、お母さんたちも四人に声を掛けた。




