230、キャレー焼き
離れと屋敷への渡り廊下に繋がる扉がノックされ、声が聞こえてきた。
「レーナお嬢様、ご要望の品をお持ちいたしました」
声の主はパメラで、すぐに扉を開くと、パメラの横には料理人さんがいる。頼んだソースと食材を持ってきてくれたみたいだ。
「ありがとう。台所に置いてくれる?」
「かしこまりました」
料理人さんが台所にお好み焼きソースに似たものと、卵とハルーツのもも肉を置いてくれた。もも肉は薄切りでお願いしたら、予想の何倍もの量を持ってきてくれたらしい。
お好み焼きには多すぎるし、残りは夜ご飯で焼いたら美味しいかな。あっ、茹でて豚しゃぶサラダみたいにするのもありかも。
「他に足りないものがありましたら、すぐにお呼びください」
「うん、ありがとう」
笑顔でパメラと料理人さんを見送って、渡り廊下に繋がる扉を閉めたら、さっそく昼食作り開始だ。
「じゃあ皆、さっそく作ろうか!」
「よしっ、父さんも頑張るぞ」
「レーナの料理は美味しいから楽しみだ」
「まずは何から始めるの?」
三人も台所に集まってくれて、私はお好み焼きを作る工程を思い出した。とは言っても、お好み焼きはそこまで難しくなかったはずだ。
「まずお父さん、大きめのボウルを準備してくれる? それから具材を混ぜる用のフォークも」
「分かった。ボウルとフォークだな」
お父さんがその二つを準備するために動き出してくれたのを横目に、お母さんとお兄ちゃんにも指示を出した。
「お母さんにはラスートと、それから水を準備して欲しい」
「お兄ちゃんはリンドを細かく刻んでくれる?」
二人も頷いて動き始めてくれたので、私は卵を準備することにした。正直どれをどのぐらいの分量なのかは、なんとなくで試していくしかない。
日本で作ってたお好み焼きの分量も覚えてないし、この世界は食材が違うからね。
「レーナ、ボウルあったぞ」
「ありがとう。じゃあそこにラスートと水、それから卵に刻んだリンドを入れて、適当に混ぜておいて」
量は私がなんとなくで調整して、ボウルの中にはまだ美味しそうには見えないお好み焼きの素ができた。
お好み焼きってこれにキャベツを入れて焼けばそれっぽくはなるから、お手軽でいいよね。ただこの国のキャベツに似た野菜、キャレーは色が赤だから、私の知ってる見た目にはならなそうだ。
「次はキャレーを切って欲しいんだけど……微塵切りはやりすぎだから、もうちょっと粗めに切ってくれる?」
「それなら俺がやるぜ。野菜を切るのは得意だ」
「じゃあお兄ちゃん、よろしくね。その間にお父さんはフライパンを準備してくれる? 少し油を引いて温めて欲しいの」
それからお兄ちゃんが切ってくれたキャレーをさっきのボウルに追加し、お母さんに混ぜてもらった。出来上がったお好み焼きの生地を、フライパンを流し入れる。
「おお、良い感じだね。後はハルーツのもも肉を載せて、両面をしっかり焼いたら完成だよ」
瀬名風花時代に豚肉はいらないんじゃないかって、無しのお好み焼きを作ったことがあった。そしたらなんだか物足りなくて、旨みが後一つ足りなかったのだ。
この数枚のお肉が、より美味しさを引き立ててくれる。
「簡単にできるのね」
「そうでしょ? でもひっくり返すのが少し難しいよ」
「確かにこれ、意外と崩れやすそうだな……」
お兄ちゃんがじっくりと焼かれているお好み焼き……じゃなくてキャレー焼きを観察してから、二つの木べらを取り出した。
そして裏面を確認して焼き目がついたところで、フライパンの前に立つ。
「俺がひっくり返してもいいか?」
「良いわよ。気をつけてね」
「ああ、でも多分大丈夫だ」
お母さんの心配の声にそう答えたお兄ちゃんは、二本の木べらを使って――完璧な動きでキャレー焼きをひっくり返した。
「おおっ、凄い」
鮮やかな手つきだった。やっぱり厨房で働いてると違うんだね。木べらなんて、かなりひっくり返しづらそうなのに。
「凄いな、ラルス」
「さすが料理人ね」
お父さんとお母さんにも褒められて、お兄ちゃんは嬉しそうだ。
それからもう片面も焼けるまで待ち、良い感じに焼けたキャレー焼きをお皿に盛り付けた。最後にソースをかけたら、完成だ。
「美味そうだな!」
「もう一枚焼いてる間に食べようか」
「そうね。熱いうちが美味しそうだわ」
「ナイフとフォーク、準備するな」
次の生地をフライパンに流し入れてから、皆で急いで席に着いた。お父さんがナイフで四つに切り分けてくれて、それぞれの皿に取り分ける。
「じゃあ、さっそく……」
フォークで一口サイズに切ってから口に運ぶと、口に入れた瞬間、そのあまりの美味しさに大きく瞳を見開いてしまった。
これ凄い! まさにお好み焼きそのものだよ……!
見た目はかなり赤いけど、味は完全にお好み焼きだ。日本にあったものに例えると、紫キャベツを使って作ったお好み焼きって感じかな。
あの紫部分が、もっとはっきりとした赤色になった感じ。
でも味は変わらないし、何よりもソースが凄い。お好み焼きのために作ったんじゃないかというほど、このキャレー焼きに合っている。
「なんだこれ、めちゃくちゃ美味くないか……?」
「驚いたわ。凄く美味しい」
「さすがレーナだな!!」
お兄ちゃんは驚きを通り越したのか、訝しげな視線でキャレー焼きを見つめた。そんなお兄ちゃんに苦笑していると、お母さんは瞳を丸くしながら驚いてくれて、お父さんはいつも通り私をべた褒めだ。
「ありがとう。美味しくできたよね。このソースが凄く合ってる」
でも欲を言えば、鰹節と青のりも欲しい。やっぱり見た目が華やかになるし、何よりも風味がもう一段階美味しくなるはずだ。
海の近くでは鰹節に似たものもあったりするのかな……海苔は海藻だっけ? いつかはその二つも手に入れて、完璧なお好み焼きの再現をしたい。
そんなことを考えていたら、お兄ちゃんが私の頭に手を伸ばした。




