229、お昼の予定と流行り
「午後にロペス商会が来てくれるまでは、皆でのんびり過ごすか?」
お父さんのその問いかけに、私は頷きながらも別の提案をした。
「そうだね。でもお昼ご飯は皆で作らない?」
レーナ・オードランになってからは自分で料理をする機会がないから、作ってみたいものを試すには、この離れしかないのだ。
料理がしたいと言えばパメラたちが準備してくれるのかもしれないけど、多分大袈裟な準備がされると思うし、申し訳なくて伝えたことはない。
それに屋敷の厨房は、料理人さんたちの職場だからね。
「もちろんいいぞ。何を作るんだ?」
「お好み焼き……じゃなくて、キャレー焼きかな。美味しいんじゃないかなって、最近思いついたやつなんだけど」
この国では意外にも、お好み焼きを見たことがないのだ。ラスートの薄焼きに野菜や肉などを色々と載せて巻く料理は国民食なのに、一緒に混ぜて焼く料理はない。
確かに持ち運びやすさから平民街ではラスート包みが人気で、逆に貴族街では見た目の綺麗さからラスート包みが選ばれるのは分かるんだけど。
とりあえずラスートで包んでお皿に盛り付けて、周りを飾りつけるとなんでもオシャレになるからね。
「キャレーを使うのね。他に使うものはある?」
「ラスートと卵、水、それからハルーツのもも肉、あとは味付けにリンドを入れたい」
リンドはハーブの一つなんだけど、うま味調味料みたいに入れると美味しさが何倍にも引き上がるのだ。この国の料理のほとんどに、リンドが使われている。
「その中だと……卵とハルーツのもも肉がないわね」
「じゃあ厨房から少し分けてもらおうか。ソースも分けてもらう予定だから、そのついでにお願いするよ」
実はこのソースの影響で、お好み焼きを作ろうと決意したと言っても過言ではない。
数日前に夕食で出てきたステーキにソースがかかっていて、料理人の新作だと伝えられた。それを口にしたら……もうお好み焼きソースとしか思えない味だったのだ。
もちろんステーキにかけても美味しかったんだけど、一度お好み焼きだと思ってしまったら、どうしても食べたくなった。
そこで料理人にはあの日のソースを準備しておいてほしいと、事前に伝えてある。昼頃には持ってきてくれる予定なので、ついでに卵とお肉もお願いしよう。
美味しくできたら、料理人さんにもお好み焼きのレシピを伝えようかな。貴族に出す料理として見た目に問題があるかもしれないけど……何よりもあのソースにはステーキより、お好み焼きが合うと思うんだ。
「美味しかった」
お好み焼きの話をしているとお兄ちゃんが食事を終え、お父さんもすぐにカトラリーを置いた。私とお母さんも少し遅れて食べ終わり、片付けをしたら朝食終了だ。
お母さんが紅茶を淹れてくれてる間に私は昼食用の準備を頼み、紅茶が入ったところで皆でソファーに腰掛けた。
「そういえばレーナ、最近は派手なボタンが流行ってるのか? 料理人の先輩たちがシャツのボタンを一つだけ変えるのがオシャレだって言ってたんだ」
一口飲んでからカップを置いたお兄ちゃんから、そんな質問をされる。
ボタンを一つだけ派手に……貴族間では流行ってない気がする。でも貴族はそもそも、シャツのボタンなどを気軽に変えるものだ。人によってはその日のジャケットに合わせて変えたりもする。
その文化が使用人たちに広まって、貴族ほどの財力や手間をかけなくてもできる形に収まったのかな。
「ボタンをおしゃれに変えるのは貴族もよくやるよ。お兄ちゃんもボタンを買ったの?」
「いや、買ってはないんだけどな、この前先輩たちからいくつかお下がりとしてもらったんだ」
そう言ったお兄ちゃんは壁際にあるタンスに向かって、引き出しからいくつかのボタンを取り出した。私に差し出してくれたので、両手を広げて受け取る。
コロンっと手のひらに収まったのは、確かに派手なボタンだった。
色合いというよりもデザインが派手で、よく分からない猛獣の口がモチーフになってたり、丸い形を逸脱して変なところが飛び出していたり、とにかく目立つことが優先という感じだ。
「これ、どの服に付ければいいのか分かんなくてさ」
「先輩たちは私服に付けてるの?」
「おうっ、もちろんだ」
「じゃあ一つ……これを付けてみようか。一緒に服を選ぼう」
私はよく分からない幾何学模様みたいなデザインが、丸いボタンをはみ出して描かれているものを選んだ。
「分かったぜ。シャツだよな?」
「うん。私服のシャツっていくつも持ってるの?」
「いや、三つぐらいしかないかな……」
そう言いながらタンスを漁ったお兄ちゃんは、最終的に五つのシャツを取り出した。
「そういえば、先輩からもらったのを忘れてた」
五つのシャツはどれもシンプルなものだった。いつも私が着ている服と比べたら質は劣るけど、平民の平均値よりは確実に上だろうものだ。
さすが公爵家の使用人だね。今更そんなことを考えながら、お父さんとお母さんにも意見を求めてみる。
「このボタンはどのシャツに似合うと思う?」
「そうね……その緑色のシャツが良いんじゃないかしら。派手なボタンは派手な色に馴染みそうだわ」
「父さんはよく分からんが、ルビナの意見に賛成だ」
確かにお母さんの意見には一理あって、私は緑色のシャツを手に取った。お兄ちゃんも文句はないみたいなので、そのシャツとボタンをソファーに移動させる。
「じゃあ付けてみようか」
「レーナ、私がやるわよ。レーナは苦手でしょう?」
「本当? それならお願いしようかな……」
張り切ってボタンを付けようなんて言っちゃったけど、裁縫がそこまで得意じゃない上に、最近は一切やっていなかった不安をお母さんに見抜かれたらしい。
苦笑を浮かべつつ手を伸ばしてくれるお母さんに、抵抗せずシャツとボタンを手渡した。
「母さん、ありがとな」
お兄ちゃんもお母さんに感謝を伝える。
「良いのよ。ただ流行っているのなら、ラルスもボタン付けをできるようになったほうが良いかもしれないわね」
その言葉にお兄ちゃんはやる気になったのか、お母さんの隣に座ってボタンが取り替えられていく様子をじっと見つめ始めた。
私もお母さんの手際の良さを観察し、お父さんはなぜか自慢げに胸を反らしている。
そんないつも通りの穏やかな家族の時間を過ごし、お母さん、お父さんの近況についても聞いたりしていると、お昼の時間がやってきた。




