218、人型魔物との戦い
こちらに飛び込んできた人型の魔物は目で追うのもやっとなほどの速度で、私はルーちゃんに魔法を頼む余裕もなく、転がるように攻撃を避けるので精一杯だった。
「っっ」
辛うじて魔物の攻撃からは逃れたけど、本当にギリギリだったと思う。それに無理な体勢で避けたからか、手や足に擦り傷を作ってしまった。
痛みを感じながらも軽症で魔力を消費するのは惜しく、治癒はせず素早く起きあがろうと体に力を入れた。しかしそんな私の視界に、魔物がトンッと軽く地面を蹴って、進行方向を変えたのが見える。
まだ起き上がれていない私に向かって、獰猛な笑みを浮かべながら拳を振り上げ――
ルーちゃんこいつを吹き飛ばして!
敵の拳が近づいてくるのをスローモーションに感じながら心の中で必死に叫ぶと、ルーちゃんが巨大な岩を人型の魔物にぶつけてくれた。
岩と共に魔物は吹き飛ばされ、私は間一髪で助かる。ルーちゃんのおかげでできた隙に素早く立ち上がり、魔物から距離を取るように後退った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
明確に感じた命の危機に心臓がバクバクと鳴って、息が荒くなってしまう。なんとか深呼吸を意識して呼吸を整えていると、ダスティンさんが私のすぐ横に来てくれた。そして魔物から視線を逸らさずに口を開く。
「信じられない強さだな」
「はい。――単純に比べられるものではありませんが、ドラゴンに引けを取らない強さに感じます」
純粋な攻撃力ではドラゴンが勝つだろうけど、ドラゴンは的が大きいという倒しやすい部分もあった。しかしこの人型の魔物はあの素早さで人間サイズ。
どうやって倒せば良いのか……まずは足を止めないとだろうけど、倒せる場面が想像できない。
「私も同意見だ。他の魔物が排出されないのは、不幸中の幸いだな」
「確かにそうですね」
ゲートは閉じてないけど、他の魔物が排出される様子もない。とりあえずこいつにだけ集中できるのは、私たちにとって朗報だ。
そうだっ、皆は!
自分の危機で一瞬だけ忘れかけていた家族皆の安否を確認すると、さっきまでと同じ場所から動かずに、目の前で繰り広げられた戦闘に衝撃を受けているのか呆然と固まっていた。
そんな皆に、慌てて声を掛ける。
「皆は逃げてっ」
その声に固まっていた皆がビクッと体を揺らして、私に視線を向けてくれた。
「ここは危ないから!」
もう一度伝えるとお父さんが真剣な表情で頷き、私に心配そうな視線を少し向けてから、でも何も言わずにお母さんとお兄ちゃんの背中を押してくれる。
そうして三人がこの場から離れて行くのを安心して見ていると、魔物が吹き飛んでいった方向からガラッと岩が割れて崩れる音がして、すぐそちらに視線を戻した。
すると魔物は首を人間ではあり得ない角度に伸ばすようにしながら、不機嫌全開な表情でこちらを睨んでくる。
その視線に私とダスティンさんが身構えた瞬間、魔物がニヤッと嫌な笑みを浮かべた。そして魔物は私たちから少し視線を逸らすと、地面を強く蹴って――
向かったのは、家族皆がいる方向だ。
「なんでそっちに……っ」
もしかしてあいつ、高い知能があるの!?
「ルーちゃん魔物を止めてっ!」
私は慌てながらも、ほぼ無意識のうちに皆の方に手を伸ばしながら叫んだ。するとルーちゃんは地面を一瞬にして盛り上がらせ、家族皆と魔物との間に分厚い壁を作ってくれる。
それによって魔物は煩わしそうに土壁を蹴って、クルッとバク宙のような形で土壁のすぐそばに無傷で着地した。
そしてこちらを振り返る……のではなく、土壁を思いっきり拳で殴り壊すと、崩れた壁の合間を縫って家族皆の方に向かってしまう。
「ちょっ……っ、ルーちゃんまた魔物を足止め!」
崩れた土壁のせいであまり状況が把握できないまま叫び、全力で走りながら魔物の状況を確認した。そして足止めが成功したところで、何度か火球をぶつける。
魔物は火球を全て避けるか打ち消して無傷だったけど、何度も足止めを喰らい攻撃まで受けたからか、さすがに私への怒りが蓄積したらしい。イラつきを露わにして、家族皆から私にターゲットを変えた。
その事実にとりあえず家族を助けられたと安心し、魔物の気を引くために弱い魔法を時間差でいくつも放つ。
逃げながら急所狙いの魔法を放つ私に魔物は焦れているのか、時間が経てば経つほど、魔物のイラつきが積もっていくのがはっきりと分かった。
緊張を押し殺して、なんとかルーちゃんに私を助けてもらいながら攻撃もお願いし、一回でもルーちゃんへの頼みを間違えたら死ぬかもしれない。そんな極限状態で戦っていると、ダスティンさんが動いた。
ダスティンさんは私が魔物の気を引いている間に、悟られないよう魔物の死角に移動していたのだ。そして魔物が怒りに支配されて視野が狭くなり、私のことしか見えていなくなったその時、死角から精霊魔法で氷槍を放った。
その氷槍は魔物に一切悟られることなく、背中から胸に貫通する。
「よしっ」
さすがダスティンさん!
私は思わずガッツポーズをしてしまった。
「グハッ……ッ」
魔物はドス黒い血のようなものを吐くと、荒い息を吐き出して、今度はダスティンさんに鋭い視線を向ける。しかし一度死角から攻撃を受けているからか、すぐ怒りに任せて動くことはしないようだ。
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
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