212、貴族流の食べ歩き
楽しそうに先頭を歩くテオドールがまず覗いたのは、おしゃれな男性が店主をしている屋台だった。その屋台は貴族向けのレストランが出張をしているようで、鉄板で美味しそうな料理が次々と作られていく。
しかしメニューは屋台向けになっていて、お皿がなくても食べられるようなものだった。
ちょうど作られている途中だった料理を覗くと、炊いてあるラスタを鉄板で薄く潰してソイで味付けしながら焼き――って、焼きおにぎりみたいで凄く美味しそう!
さらにそこで終わりではなく、日本で言う牛肉であるハルーツのヒレを一口サイズに切って隣で焼き、そこにいくつかの野菜と香辛料を加えて炒めていく。
スパイスの香りと肉の旨みが香りとして私たちのもとに届く頃に、少しだけおこげのように焼けているラスタの上に具材を乗せ、金属のヘラでクルッと巻いた。
これで終わりかと思ったら、最後に粉チーズみたいな植物であるナルを削ってかけて……食べやすいよう紙に包んで完成みたいだ。
「皆、私はこれを食べたいわ……!」
あまりにも惹かれて、つい前のめりになってしまった。でもそのぐらい美味しそうだったのだ。最近は簡単に振る舞えるようになってきたお嬢様らしさが、抜けそうになる。いや、すでにちょっと抜けてるかも。
「俺も食べます!」
テオドールが私のすぐ後に手を挙げてくれて、他の皆も瞳を輝かせながら食べることを決めた。やっぱり貴族の子息子女だって、美味しそうなものには抗えないよね。
私は皆の様子になんだか微笑ましくなってしまう。
「レーナ、本当に楽しそうだね」
苦笑を浮かべたリオネルに声をかけられ、自分の頬に手を伸ばした。
「うぅ……やっぱり顔に出てる?」
「うん。屋敷で私とお茶会をしている時ぐらいかな」
リオネルとお茶会をしてる時!? あの時はお嬢様を完全に捨ててるのに……もうちょっとポーカーフェイスを練習しよう。後は貴族子女らしい微笑みも。
と考えたのも束の間、私たちが注文したものが鉄板で焼かれ始めて、意識しても頬が緩んでしまう。学祭の屋台を友達と巡ってて、さらに目の前に美味しそうな料理があったら――
うん、もうお嬢様は諦めよう。
「お待たせいたしました。まずは二つ完成です」
店主の男性に笑顔で声を掛けられ、私は自ら手を伸ばしてその二つを受け取った。本当ならこの中で一番身分が低いオレリアやテオドールに頼むんだろうけど、まあ今日ぐらいは良いよね。
手に取った料理――名前はラスタ包みって言うらしい。それはずっと持っていると熱いほどで、とにかく空腹を刺激する香りを放っていた。
そんなラスタ包みの一つをリオネルに渡し、他の皆のものが焼き上がるのを待つ。そして全員の手にラスタ包みが渡ったところで、近くにあるテラス席のような場所に向かった。
歩きながらバクっと食べたいけど、さすがにそこは自重だ。これが貴族流の食べ歩きだと思えば良い。
四人がけのテーブルだったので、女子と男子で分かれて隣に座って、皆で一斉にラスタ包みにかぶりついた。
「……美味しすぎる」
思わずそんな言葉を呟いてしまった。パリッと焼かれたラスタはまさに焼きおにぎりに似た味で、そんな中に包まれている肉と野菜は、少しだけ辛めに味付けられていた。
その二つが口の中で一緒になると、言葉では言い表せないほどの美味しさが広がる。
肉は柔らかくて噛むほどに旨みが出てくるし、野菜の甘みも感じられるし、最後にかけていたソルの風味も相乗効果を生み出している。
本当に、本当に美味しい。
「とても美味しいですね」
「凄く好きな味です……!」
メロディとオレリアは素直に笑みを浮かべ、アンジェリーヌも少しだけ悔しそうにしながら、手に持つラスタ包みに視線を向けた。
「……結構やるじゃない」
リオネルとテオドールの方では、テオドールが美味いと騒いでいて、リオネルも笑顔でラスタ包みを口に運んでいる。
「美味すぎる……!」
「これは美味しいね」
「ですよね! 三つ頼めば良かったですっ」
「いや、それは食べ過ぎだよ。他にも美味しいものを探そう」
苦笑を浮かべつつそう言ったリオネルに、テオドールは元気よく頷くと、残りのラスタ包みを大きな口の中に入れた。
その所作は貴族の中ではちょっと雑だけど、平民と比べるとやっぱり洗練されている。
「次は何にしますか? あっ、皆さんもまだ食事をいけますか? もう甘いものにしますか?」
さっそく次の屋台を決めるために笑顔で問いかけてきたテオドールに、私はあまり悩まず答えた。
「私はまだまだいけるわ」
「さすがレーナ様ですね!」
他の皆もまだ食べられるようで、全員が食べ終わったところで包み紙をゴミ箱に捨て、次の屋台探しに移る。
そしてそれからは高級串焼きや一口サイズの可愛いラスート包み、そして甘いものなども存分に堪能して、お腹も心も満たされたところで時計に目を向けた。
すると予想以上に時間が経っていて、もう私は移動しなければならない時間だ。
「皆、私はそろそろ研究発表の準備に向かうわ。その前に家族の迎えにも行く約束をしているの」
「もうそんな時間なのですね」
少し驚いたようにメロディがそう言って、リオネルが笑顔で口を開いた。
「研究発表は私たちも見に行くよ。頑張って」
「うん、ありがとう。では皆、また後で」
そうして私は皆と手を振って別れ、別の場所に向かって足を進めた。




