209、生花のアクセサリー
ノヴィエ教授の言葉を合図に、クラスの皆は一斉に椅子から立ち上がった。そしてそれぞれの友人と共に、屋台が並んでいるはずの中庭に向けて教室を出ていく。
リオネルに視線を向けると、テオドール以外の友人たちと話をしていたので、そちらには声をかけずに私はメロディ、オレリア、そしてアンジェリーヌと合流した。
そしてさっそく、皆で中庭を目指す。
「早く行きましょう!」
弾んだ声で先頭を歩くのはアンジェリーヌだ。やっぱりアンジェリーヌ、相当学祭を楽しみにしてたね。
「ええ、皆が花屋に向かったら、良いものは売り切れてしまうかもしれないわ」
私のその言葉を聞いたアンジェリーヌはぴたりと足を止め、瞳を見開きながら少しだけ固まった。そして慌てたように、私たちの背中を押し始める。
「まさかなくなってしまうだなんて、考えてもいませんでしたわ。それならば早く行かなくては。呑気にしている暇はありませんわ!」
何気ない一言だったけど、アンジェリーヌには刺さったらしい。もしかしたら侯爵家の令嬢であるアンジェリーヌは、売り切れて手に入れられないという経験をしたことがないのかもしれない。
急かされながら中庭に向かうと、そこではすでに多くの生徒が学祭を楽しんでいた。しかし思っていた以上に規模が大きいようで、屋台の数も尋常じゃないため、人気で売り切れる心配はあまりなさそうだ。
さすが貴族のための学校、ノルバンディス学院だね。予算の潤沢さを感じる。
「レーナ様、あちらにお花屋さんがありますわ」
中庭を見回していたメロディが、少し遠くの屋台を示してくれた。
「本当ね。ではあちらに向かいましょう。どのような生花のアクセサリーが良いかしら……オレリアは好きな種類のお花がある?」
「そうですね……私は小さくて可愛らしいお花が好きです」
「素敵ね。私も小さいお花の方が好きなの」
大きな一輪の花も綺麗だけど、小さな花が無数に咲いている方が惹かれるのだ。日本人だった頃の桜好きが影響してるのかな……。
毎年春になると、一人で桜の名所を訪れるほどには桜が好きだった。
「私は大きくて綺麗な花の方が好きですわ」
アンジェリーヌのその言葉に、何だか納得してしまう。アンジェリーヌには小さな可愛い花よりも、大きな美しい一輪花の方が似合いそうだ。
「同じ種類のアクセサリーにして、お花の種類は変えるのも良いかもしれませんね」
メロディのそんな提案に頷いていると、目的の屋台に到着した。ちょうど他の生徒はいなく、すぐに対応してもらえる。
「いらっしゃいませ」
声を掛けてくれたのは、笑顔が魅力的な若い女性の店員さんだ。
「生花でアクセサリーを作って欲しいのだけど、四人分お願いできるかしら」
アンジェリーヌが声を掛けると、店員さんは笑顔のままいくつものサンプルを示してくれた。小さなヘアピンみたいなやつや、カチューシャ、ベールのようなものまである。
基本的には髪につけるアクセサリーで、元となるものはとてもシンプルなデザインだ。このシンプルなアクセサリーに、生花を付けていくらしい。
「これらの形からお好きなものをお選びいただき、お花はこちらに並んでいるものからお好きに選んでいただけます。そして選ばれたお花の種類と数によってお値段が変わりまして、表はそちらにございますのでご確認ください」
表を確認すると、値段設定は結構高めだった。でも貴族向けと考えたら全くおかしくない値段設定で、皆も値段はチラッと見るぐらいですぐに花へと視線を移す。
「種類が豊富ですね……!」
瞳を輝かせたオレリアに、アンジェリーヌが小さなピンク色の花が無数に咲く植物を手に取り、それをオレリアの髪に当てた。
そして口角を上げると、満足そうに頷く。
「オレリアにはこのような花が似合うわね」
「ええ、とても似合っているわ」
メロディにも笑顔でそう言われ、オレリアはまだ少し緊張してる様子ながらも、しっかりとアンジェリーヌに視線を向けた。
「ありがとう、ございます」
それから私にも視線を向けてくれたので笑顔で頷くと、オレリアは口元を綻ばせる。
「とても似合ってるわよ。オレリアには可愛らしい色合いの小さな花が良いわね」
「では、私はこの花にします……!」
オレリアが花を手にしたところで、私たちも自分に似合いそうな花をそれぞれ選び取っていった。
私はオレリアと似たような小さな花が集まって咲く植物で、色は白だ。メロディは、私たちのよりも少しだけ大きな花がいくつか咲いている黄色い花。そしてアンジェリーヌは、百合の花に似たような形の真っ赤な一輪花を選んだ。
アンジェリーヌの綺麗な黒髪に真っ赤な花がとてもよく映えていて、思わずぼーっと見つめてしまう。今初めて思ったけど、アンジェリーヌって着物を着たら似合いそうかも。
黒に赤や白などの大輪が咲き乱れるような着物。それを着てこの花を髪につけたら、凄く似合いそう。
この国に着物があったら良いのにな……何となくどんな服かは分かるし、時間がある時に作ってみる? 創造神様の加護持ちってことで、知識の出所は曖昧にできるかもしれないし。
いや、それよりも先に他の国に着物みたいな服がないか調べる方が早いかな。パメラに聞くのが良いのか、ギャスパー様に頼むのが良いのか……。
やっぱりここはギャスパー様かな。もしかしたら、商機になるのかもしれないし。
そんなことを考えているうちに、三人は花選びからアクセサリー選びに移行していた。




