206、帰還と報告
「さて、キルが二匹になったけど、どちらもスラムの者たちに処理を頼んで良いのか?」
その問いかけに、ハイノが前のめりで答えた。
「もちろんだ! すぐに皆を呼んでくる」
「よろしく頼む。では私たちは……皆がスラムに帰るまではここにいよう。また獣が襲ってきたら大変だ」
そうしてハイノが大人を呼びに行っている間、私たちはキルの近くで待機をすることになった。
服が大きく破れてしまったフィルに新しい服を渡すため、他の研究員が待機している場所に皆で向かったりと時間を過ごしていると、すぐにハイノが戻ってくる。
ハイノの後ろにはたくさんのガタイの良いおじさんたちがいた。私が顔を知ってる人が大勢だ。
「うわっ、こんなにデカいキルが二匹も!」
「これはすげぇな〜」
スラムから来た皆は、キルを見て興奮の面持ちを浮かべている。
「皆に処理を頼みたい。それからこの森には現在危険な獣が多く現れているようだ。騎士団が見回りをするまでは、あまり入らないように」
シュゼットが騎士として威厳ある表情でそう伝えると、皆はごくりと喉を鳴らし、神妙な面持ちで頷いた。
「気をつける」
「ありがとな」
皆がシュゼットに視線を向けたことで、その隣にいた私にも気づいたらしい。昔からの顔馴染みである人たちは、親しみのこもった笑みを浮かべてくれた。
「レーナ、久しぶりだな」
「こんなところにいるなんて驚いたぞ」
私が創造神様の加護を得たことや地位が変わったことを知ってても、今まで通りに接してもらえると本当に嬉しいよね。
「うん。ちょっと用事があって来てたんだ。ちょうどエミリーたちを助けられて良かったよ」
「本当だな。ありがとう」
そうして久しぶりの人たちと少し話をして、さっそく皆はキルを運ぶための準備を始めた。いくつかの縄を使って運びやすくするそうだ。
「よしっ、これでいける。じゃあ皆、力入れろよ!」
「おうっ!」
皆が一斉に力を入れると、大きなキルがゆっくりと持ち上がった。それに感動していると、エミリーが私に笑顔で手を振ってくれる。
「じゃあレーナ、またね!」
「今日は、その……ありがとな」
「また会おうな」
フィルとハイノも声を掛けてくれて、私も笑顔で皆に手を振った。
「うん! またね!」
皆といつでも気軽に会えるようになったら良いな。早くスラム街の解体を進めたい。そんな気持ちが大きくなり、湧き上がってくるやる気に拳を強く握りしめた。
「ではシュゼット、私たちも帰りましょう」
「そうだな」
♢ ♢ ♢
スラム街近くの森から王宮に戻ってきたシュゼットは、今日の出来事と騎士団での見回りを頼むため、第一騎士団の団長であるカディオに会いに来ていた。
「団長、少しお話が」
団長用の執務室で書類仕事をしていたカディオは、ペンを置いてシュゼットに視線を向ける。
「……どうしたんだ?」
カディオは真剣な表情のシュゼットに嫌な予感を覚えているようで、身構えている様子だ。そんなカディオに近づくと、シュゼットは口を開いた。
「本日レーナも含めたリクタール魔法研究院の研究室メンバーで、王都近くにある森へと向かいました。そこで研究をしているとスラムの住人の悲鳴が聞こえ、助けに向かったところ巨大なキルがおり、討伐後すぐにもう一匹のキルが姿を現しました。どちらも気が立っていた様子です」
「王都近くの森で、二匹のキルか……」
報告の内容に、カディオは眉間に皺を寄せる。
「ここ最近はゲートに関わるイレギュラーが多発していたが、獣の動きも通常とは異なる様子を見せているのかもしれないな……」
「私も同意見です。そこで王都近くの森を、騎士団で巡回できないでしょうか」
「あまり余裕はないのだが……分かった。なんとか予定に組み込もう。スラムの住人の安全を確保するという意味と共に、王都の安全を確保することにも繋がるからな」
カディオはそう言うとペンを持ち、近くに置かれていた紙にさらさらと何かを書き留めた。そしてまたペンを置くと、今度は視線を窓の外に向ける。
「それにしても、この世界で何が起きているのか……上から情報がきたのだが、他国でも同様の異常が見られるようだ。したがってここ最近のイレギュラーは、世界的な何かが原因かもしれない」
その言葉を聞いたシュゼットは、いつもはあまり見せない厳しい表情で口を開いた。
「……レーナに今まで以上の助力を願うことになるかもしれませんね。しかし私たちも警戒を強め、皆を守りましょう」
そう言い切ったシュゼットに、カディオも悩みを振り切るように室内に視線を戻すと、力強い声で告げる。
「そうだな。何が起きても国を守れるよう、我々は鍛錬を続けるぞ」
「はっ!」
二人の瞳には、強い決意が滲んでいた。




