204、焦りと安堵
フィルの怪我はかなり酷い。すぐに治癒しないと命に関わるかもしれない。なのにルーちゃんが治癒魔法を発動できない。
そんな現状にとにかく焦って正常な判断ができなくなっていると、私の下に来てくれたハイノとエミリーが、力強い声を掛けてくれた。
「レーナ、どうしたんだ!?」
「落ち着いて!」
二人の問いかけに少しだけ冷静さを取り戻し、簡潔に状況を伝える。
「なぜか精霊魔法が発動しないの。魔法さえ発動すれば、フィルを助けられるのに……!」
私の悲痛な声を聞いたハイノは少しだけ考え込み、ハッと何かに思い至ったような表情で顔を上げた。
「レーナ、ここには魔力がないのかもしれない! さっきフィルが魔法を発動しようとしてたし、俺も……」
そういうことか! 精霊魔法が得意じゃない二人が魔法を使おうとしたことで、この辺りの魔力が枯渇したんだ。
なんですぐその可能性を考えなかったんだろう。私は自分がどれほど焦っていたのかを実感しつつ、解決策が分かったことで一気に頭も体も動き始める。
「ハイノ、フィルを抱き上げて別の場所に運んで! えっと……あの木の下!」
魔力不足なら、少し移動すれば発動するはずだ。私の必死の訴えにハイノはすぐに動いてくれて、フィルの傷口に触らないよう細心の注意を払い、示した場所まで運んでくれた。
移動した先で、もう一度ルーちゃんに治癒を頼むと――
今度はフィルの体が温かな光に包まれる。その光を見た瞬間に、安堵感から思わずその場にへたり込んでしまった。
光が消えて傷口を確認すると、そこにはもう傷があった痕跡すら残っていない。襲撃の痕跡は、破れて血濡れになったフィルの服だけだ。
「はぁ……良かった」
思わずそんな言葉が溢れると、その瞬間にエミリーが私の手をガシッと掴み、興奮の面持ちで告げた。
「い、今の、レーナの魔法なの!?」
「傷があったことさえ、全く分からなくなってるぞ?」
ハイノも相当驚いたのか、瞳をこれでもかと見開いている。初めて治癒を見たら、それは驚くよね……。
「うん。創造神様の加護を得て、特別に使えるようになった力なんだ」
分かりやすくそう説明すると、二人はその言葉をゆっくりと理解し、エミリーが飛び込むようにして私に抱きついた。私はそんなエミリーを受け止めきれず、一緒に地面へと倒れ込む。
「ちょっ、エミリー……」
「レーナ凄いよ、本当に凄いね! フィルを助けてくれてありがとう……!」
瞳を輝かせてストレートにそう伝えてくれたエミリーに、私の頬は緩んだ。
そういえばこの治癒魔法、あまりの効果に素直に褒められたことってなかったかも。いつもこれが広まったらどんな影響があるのかばかり考えてて、私も誇りに思ったことはあんまりなかった。
なんだか……凄く嬉しいな。
「エミリー、ありがとう」
笑顔でそう伝えたところで、フィルが身じろぎするような声と気配がして、私とエミリーはガバッと起き上がった。
「フィル? 大丈夫か?」
ハイノの呼びかけに、フィルがゆっくりと瞼を持ち上げる。そして周囲にキョロキョロと視線を向けながら起き上がり、不思議そうに首を傾げた。
「俺なんで、森の中で寝てたんだ? え、レーナ!?」
私に気づいたフィルは、お化けにでも会ったかのようにビクッと体を震わせる。
「フィル、久しぶり。キルに襲われたことは覚えてない?」
フィルの混乱を解消するために、まずは最初の出来事を思い出してもらおうと問いかけると、少しだけ考え込んだフィルはハッと自分の胸に手を当てた。
そして視線を下げると、そこにある切り裂かれた服と大量の血にギョッと目を剥く。
「な、なんだこれ! ……あれ、でも痛くないぞ?」
フィルはだんだんと不思議な表情になり、破れた服の切れ目から素肌に手を当てた。しかしそこにも当然傷跡はなく、より混乱が深まったようだ。
「俺は怪我してない? いや、でも服は破れてるし……」
自分の身に起こったことを理解しようとフィルが眉間に皺を寄せたところで、私は口を開いた。
「フィルの傷は私が治したの」
その言葉を聞いたフィルは、まだ納得できないような表情だ。まあ治癒魔法なんて私しか使えないし、治したと言われても混乱するよね。
「どういうことだ?」
「私は創造神様の加護を得たでしょ? それで治癒の魔法も使えるようになったんだ。私がここにいる理由は、ちょうど精霊魔法の研究でこの森に来てて」
「じゃあ、レーナが俺を助けてくれたってことか?」
その問いかけに頷くと、フィルは少しだけ悔しそうな恥ずかしそうな、微妙な表情で口を開いた。
「――ありがとう」
ちょっと素直になれないフィルの様子に、私の頬は緩んでしまう。
「ううん、気にしないで。ちょうど私がいて良かったよ。もう痛いところはない? 他に怪我してる場所とか……」
そう問いかけながら少し視線を背けているフィルの顔を覗き込むと、フィルは一気に顔を真っ赤にして私の肩を押した。
「レーナ、近いぞ!」
「あっ、ごめん」
「痛いところはないから大丈夫だ」
フィルはそう言うと立ち上がり、ぐるぐると腕を回して見せる。その様子を見て、私は完全に安堵した。
「それなら良かった。あっ、私の治癒魔法だけど、とりあえず他の人には秘密にしておいてくれる?」
ハイノとエミリーにも視線を向けながらそう伝えると、三人ともすぐに頷いてくれた。
「分かった」
「もちろん言わない」
「絶対に言わないよ!」
「ありがとう。じゃあシュゼットは……」
キルはどうなったのかと周囲を見回したところで、ちょうどシュゼットがこちらに戻ってくるところだった。




