203、研究と友達の危機
初めての騎士団遠征に同行してから、しばらくは平和な日常が流れていた。私は色々とこの世界の先を不安に思いつつ、それは気にしないようにして毎日を楽しんでいる。
メロディとオレリアとは、この前またおしゃれなカフェに出かけたし、なぜかそこにアンジェリーヌも参加した。
アンジェリーヌは……うん、なんかよく分からないけど、仲良くなれている気がしなくもない。
とりあえず前みたいな敵意は全く感じないので、現状維持で良いかなと思っている。
妹のアリアンヌとエルヴィールとのお茶会もよく開催してるし、リオネルとも秘密の話をするために、こっそりとお茶会を開いていた。
リオネルとリディは相変わらずの関係だけど、ちょっとだけリディがリオネルを気にするようになっている……と思う。私目線では。
「レーナ、もう少し奥に行くぞ」
「分かったわ」
そんな平和な毎日を過ごす中で、今日の私はシュゼットと研究員たちと共に、王都の外にある森に来ていた。リクタール研究院での研究活動の一環だ。
研究院に着いたと同時に、今日は森に行くって言われて着いてきたけど、目的すらまだ聞いてない。
「シュゼット、この森にはいつも来ているの?」
ちょうどシュゼットに連れて来られた森が、スラム街近くの森だったので、私はまずそう問いかけた。
この場所にシュゼットたちが頻繁に来てたなら、スラム時代に何度か会ったことがあっても良さそうなのに……と思ったのだ。
「いや、数えられるほどしか来てないな。外は環境が刻々と変化するから、あまり検証には向かないんだ」
やっぱりそうなんだ。それなら会ってなくても不思議ではない。
でもそれなら、
「今日は何のために来たの?」
その質問に、シュゼットはニカっと笑顔で答えた。
「レーナと金色の精霊なら、外って環境でも検証が可能かもしれないと思ってな。室内だと結果が出てるだろう?」
確かにその可能性はあるね。一度ぐらいは試してみても良いのかもしれない。私も森の中でのルーちゃんの好みがあるのなら、それは知っておきたいし。
ちなみに室内で色々と検証してみた結果、ルーちゃんは何の魔法を使うのかで好む環境が変わることが分かった。例えば火魔法ならカラッと湿度が低く気温が高めの環境に近づくほど、僅かにだけど魔力の消費効率が良くなる。
またこれは使う魔法によって差がないので単純なルーちゃんの好みかもしれないけど、お花の香りがある場所の方が少しだけ魔力の消費効率が良い。
後半の結果は他の精霊には適応できないだろうけど、前半の研究結果はこれから役立つ場面もあるんじゃないかなと思う。
例えば火魔法でも暑ければ暑いほど良い! ってわけじゃなくて、適正な気温があったから、これは赤色の精霊も同じ傾向である可能性は高いはずだ。
「そういうことなら、今日も頑張りましょう」
「ああ、研究を進めよう」
それからしばらく森の中を進み、私たちは研究に適した場所を見つけた。そしてそこで様々な道具を広げ、検証を重ねていく。
上手くいかないこともあればたまに結果が出ることもあり、なんだかんだ皆で楽しく検証をしてしばらく。
そろそろ帰り支度を始めようか――そんな雰囲気になっていた時に、突然私の耳に誰かの悲鳴が届いた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「ど、どっかいけ!」
さらに悲鳴の後に、別の子供らしき威嚇するような声も聞こえてくる。
もしかして……子供が何かに襲われてる?
「シュゼット!」
私は声が聞こえた瞬間に、咄嗟にシュゼットを呼んだ。するとシュゼットは一瞬で持ってきていた愛用の剣を持ち、声の方向に向かって駆ける。
私もルーちゃんがいるので、他の研究員には待機をお願いして、シュゼットの後を追った。
森の中を走ること少し。視界が開けて見えてきたのは、人間の大人よりも大きなキルという獣だった。この獣は日本で言う熊で、私は長いスラム生活で一度しか見たことがなかった獣だ。
普通は森の奥にいて、私たちが活動する浅い場所に出てくることはないと、そう教えられていた獣だった。
そしてそんな獣の近くで倒れているのは――え。
その顔を見た瞬間、心臓がヒュンッ止まりかけた。その顔は、私がよく知っているものだったのだ。
「フィル!?」
慌てて近くにいたもう二人に視線を向けると、それはエミリーとハイノだった。ハイノがナイフを突き出して威嚇し、エミリーを抱き寄せるようにして守っている。
「レーナ、知り合いか?」
「は、はい、スラム街の、友達で……小さな頃から、一緒に育って」
シュゼットの冷静な声を聞いて、自分がかなり動揺していることに気づいた。
ダメだ、こんなんじゃ助けられない。深呼吸をして、なんとか動揺を押し殺す。
「レーナ……!」
私に気づいたエミリーが声を掛けてくれて、努めていつも通りの顔を作った。
「エミリー、ハイノ! フィルは私たちが助けるからそこにいて!」
「わ、分かった!」
ハイノから返事が来たところで、シュゼットに頼む。
「キルの討伐は、お願いしても良いかしら」
「もちろんだ。ただの獣、魔物と比べたら格下だ」
「ありがとう。頼もしいわ」
シュゼットは私に一瞬だけ視線を向けると頼もしい笑みを浮かべ、剣を抜いてキルに向かって地面を蹴った。そんなシュゼットにキルが気を取られている中、私はフィルの下まで一気に走る。
そして様子を確認すると――フィルの肩からお腹辺りにかけて、爪で深く抉られたような跡があった。フィルの息はかなり荒く、眉間に皺が寄っていて苦しそうだ。
私はその傷に一瞬だけ竦んでしまったけど、すぐにルーちゃんを呼んだ。
「ルーちゃん、フィルを助けて。お願い。怪我を完璧に治してあげて」
これで傷が治る――
そう思ったのに、何故か魔法が発動しない。
「な、なんで! ルーちゃんお願い! フィルを助けて!」
魔法が発動しないことに焦り、思わずルーちゃんに向けて叫んでしまう。でもルーちゃんは、困ったように動くだけだ。
なんで、どうして。
頭の中が混乱して思考がまとまらないでいると、ハイノとエミリーが必死の形相で私の下に来てくれた。




