201、戦闘終了と不安
ドラゴンの討伐完了がシュゼットにより告げられ、皆の雄叫びが戦場に響き渡ったところで、私はやっと安心することができた。
上空から辺りを見回すと、被害は最小限に抑えられたみたいだ。倒れたり怪我をしているような騎士は、予想より少ない。
その事実に安堵していると、視界の端に映っていたゲートに変化があった。
「あっ、ゲートが――」
ドラゴンが倒されたことが契機となったのか、大きなゲートは中心に向かって渦を巻きながら、収縮するような動きをしている。
その渦が一点に集約したところで、まるでそこには何もなかったかのように、ゲートはパッと消え去った。
ゲートが消えると、そこでドラゴン以外の魔物に対応していた騎士たちも、安堵が籠った雄叫びをあげる。
「ゲートって、本当に不思議な現象だね……」
ゲートが消えた宙をぼんやりと見つめていると、地上では騎士たちが健闘を称え合っているのが見えた。
先ほどまで絶望の雰囲気が漂っていた戦場は、一気に明るい空気で包まれる。
そのことを確認したところで、私はルーちゃんに頼んで地面に降りた。地面に足がつくとなんだか安心して、体の力が抜けそうになってしまう。
「なんとか無事だった……」
思わずそう呟くと、地面に影ができたのに気づき、見上げるとそこにはダスティンさんがいた。
ダスティンさんは無言で私のことをじっと見つめると、乱暴に頭を撫でてくる。
「ちょっ……なんですか!?」
「無茶はするなと言いたいところだが……レーナの働きがなければあの魔物の討伐はできなかった。この国を救ってくれて感謝する」
ダスティンさんは私の問いかけには答えず、真剣な表情で感謝を伝えてくれた。
「……はい。お役に立てて良かったです」
ダスティンさんの言葉によって、この国の役に立てたんだ、皆を救えたんだという実感が湧き上がってきて、口角が上がってしまう。
ニヤニヤとしてしまいそうなところをなんとか抑えて、ドラゴンに視線を向けた。
「それにしても、凄く強かったですね……まさかドラゴンが現れるなんて想定外でした」
世間話を振るように何気なくそう口にしたけど、ダスティンさんから言葉が返ってこない。そのことを不思議に思って、視線をダスティンさんに戻すと――
そこには眉間に皺を寄せ、私のことをじっと見つめるダスティンさんがいた。その瞳は何かを探るような様子で、私は困惑する。
えっと……何か変なこと言ったかな。全く思い当たらないんだけど――
「レーナ」
私が必死に考えていると、ダスティンさんが静かな声で名前を呼んだ。その声音に驚いてなぜか緊張していると、ダスティンさんから問いかけられたのは、驚きの言葉だった。
「なぜあの魔物の名前を知っている? ドラゴン、と言ったな?」
――そうだったよ! 私の馬鹿……!
誰もドラゴンの名前を呼んでなかった。ということは、一般的には知られていないほどに希少な魔物、もしくは初めてこの世界に出現した魔物ってことなんだ。
それを私が日本で何気なく見聞きしていたドラゴンにそっくりだからって、その名前を呼んだら――それは訝しがられて当然だよね。
「えっと、あの魔物は、ダスティンさんも知らないのですか……?」
「知らないな。実際に見たのが初めてということではなく、聞いたこともない魔物だ」
「そうなのですね……」
まさかドラゴンがそんなに希少だったなんて。まあ確かに、あの強さの魔物が頻繁に現れてたら、この世界はもう滅んでいてもおかしくないよね。
「レーナ、今の話は本当か? レーナがあの魔物を知っていると聞こえたが」
ダスティンさんになんて伝えようと悩んでいると、私たちの話を聞いていたらしいシュゼットまで会話に入ってきた。
私は二人にじっと視線を向けられ、頭をフル回転させ――
「と、突然、頭に名前だけが浮かんで……もしかしたらルーちゃんか、創造神様の加護を得ているから、かもしれません」
創造神様の加護に全てを押し付けることにした。
前世の記憶があるなんて言えないし、押し付けてしまってすみません……!
でも前世の記憶があることと、創造神様の加護を得ていることは関係があるかもしれないし、もし関係があるならこれはあながち嘘とは言えないよね。
そうだよ、前世の記憶から得た知識は、創造神様の加護を得たことによるものと言っても良いのかもしれない。
そんな気づきを得て、だから嘘をついてるわけじゃないと自分の罪悪感を薄めていると、ダスティンさんが感心の面持ちでポツリと呟いた。
「創造神様の加護には、そのような副次的効果があるのか……」
「もしかしたら、そうかもしれません」
私がそう答えると、ダスティンさんは納得するように頷いてくれる。それに安堵していると、シュゼットが瞳を輝かせながら私の顔を覗き込んだ。
「名前以外に分かったことはないのか? 例えば他の攻撃手段や、あの信じられない攻撃の回避方法など」
期待してくれてる様子のシュゼットには申し訳ないけど、私は首を横に振った。
「他に分かったことはないわ。名前だけだったの」
ドラゴンの生態なんて、ブレスを吐くやつが多い気がするぐらいの知識しかないし、そもそも日本でよく見かけた創作のドラゴンと、この世界のゲートから出てくるドラゴンは別物だよね。ただ見た目が似てるってだけで。
「そうか……何か分かるとありがたかったんだが、仕方ないな。しかし名前がすぐに決まっただけ助かる。あの魔物はドラゴンだな」
シュゼットは切り替えるようにそう言うと、ドラゴンに視線を向けた。そして真剣な表情になり、ポツリと呟く。
「今回のゲートの巨大さといい、未知の魔物であり信じられない強さのドラゴンが現れたことといい、何かが起きてるのかもしれないな……」
その言葉はやけに響き、私の耳に残った。
最近はゲートの出現頻度も上がってるらしいし、そこにきて巨大なゲートやドラゴンの出現。不穏なことが重なってるのは偶然なのかな……何かが起きてるって考える方が自然だよね。
でもその何かがなんなのか、そしてこれからどうなっていくのかは、全く予想もつかない。
私は得体の知れない恐怖を感じて、体が震えた。ほぼ無意識のうちに腕を摩り、少しでも安心感を得る。
何も起こらず、平和に日々が過ぎていったら良いけど。




