199、ドラゴン戦
嫌でも恐怖感を煽られる叫び声を発したドラゴンは、ゲート近くの上空で騎士たちを睨みつけるようにしながら、巨大な羽を動かしていた。そして威嚇でもするように、また圧倒的な力を感じる声を発する。
「ギャオォォォォォッ!」
ドラゴンが翼を動かすたびに突風が吹き荒れ、叫び声は私たちから五感の一つである聴覚を奪い、さらには希望も奪っていった。
休憩所にいた騎士たちから、震える声で弱音が溢れているのが僅かに聞こえてくる。
倒せる未来が、想像できない。
その意見には私も完全に同意だ。圧倒的な力を感じる上に、見るからに硬そうな鱗を全身に纏っていた。
開いた口から覗く牙は、一瞬で人間なんて串刺しにされそうな大きさと鋭さで、鱗の各所にも棘のようなものが付いている。
近づいて攻撃を当てることさえ、できそうにない。
まさに動く災害。そんな魔物が目の前にいた。
「……っ、レ、レーナ」
あまりにも圧倒される存在に呆然と立ち尽くしていると、ダスティンさんが絞り出すように声を出した。
「は、はいっ」
「……あの魔物は、金色の精霊に、倒せるのか?」
「分かりませんが……やって、みます」
そうだよね。私にはルーちゃんがいるんだ。ルーちゃんは創造神様の加護を得たことで契約できた精霊。それならドラゴンだって倒せるはず……!
私はダスティンさんの言葉に少しの希望を抱き、さっそくルーちゃんに向けて祈るように言葉を紡いだ。
「ルーちゃん、あの空飛ぶ大きな魔物を倒して……!」
必死にそう伝えると、ルーちゃんは少しだけ悩むような動きを見せ――しかしドラゴンへと向かっていった。
高速で動くルーちゃんから放たれた石弾は、普通の魔物なら容易に貫通するような、人の目にはほとんど認識できない速度だ。
そんな石弾は一直線にドラゴンへと向かっていき、肩部分に当たったけど――
その瞬間に、石弾の方が砕けた。
「ギャオォォォォォ!!」
ドラゴンが悲痛な声で叫んだから効いてはいるみたいだけど、倒せるどころか、そこまでダメージは大きくはないように見える。
「っ、ダメみたいです……!」
私がダスティンさんにそう伝えた瞬間、ドラゴンの視線がこちらにギロリと向いたような気がした。それは気のせいではなく、ドラゴンはバサっと翼を動かすと、凄い速度でこちらにやって来る。
このままだと拠点がやられる……!
そう思った私は、咄嗟に叫んでいた。
「ルーちゃん! 私をあの木の上空に連れて行って!」
他の皆を連れて行く余裕もなく、私は一人で飛行魔法によって場所を移動した。そして移動した直後、またルーちゃんに石弾を放ってもらう。
すると予想通り、ドラゴンはまた進行方向を変えた。
こっちには広い草原と森、そして山があるだけだ。これで騎士さんたちへの被害は減らせるはず。
でもこのドラゴン、どうすれば良いの……!?
騎士さんたちは混乱気味だし、他の魔物に対処もしなくちゃいけない。今からドラゴンの動きや弱点を判断して、皆で連携して倒すっていうのも……難しいよね。
「そうなると、私が一人で倒すしかない」
そう呟いた私は、拳を握りしめて気合を入れた。この場の魔力がなくなっても良いから、とにかくあいつを倒すことだけを考えよう。
「ルーちゃん、私を右に飛ばして! あと魔物の目を狙って石弾! 全力でね!」
ルーちゃんに指示を出すためには近くにいないといけないから、私がドラゴンから逃れることはできない。逃れられた時は……倒せた時だけだ。
ルーちゃんでも太刀打ちできなかったらどうしようと怖いけど、震える手を握りしめて、強引に震えを止めた。
「ルーちゃん、上に回避! 次は下!」
ドラゴンは完全に私を敵だと認識したらしく、その巨体からは想像できないほどの素早さで動き、私を爪で狙ってくる。
振り下ろされる鋭い爪をギリギリで避けて、一瞬で噛み殺されるだろう巨大な口から必死に逃げて、なんとかその合間にルーちゃんに攻撃をしてもらった。
ドラゴンには少しずつ傷が付いているけど、このままだと倒す前に、私が力尽きそうだ。
「……痛っっ!」
っ……、ドラゴンの爪が、僅かに腕を掠った。それだけで信じられないほどの痛みと熱さが身体中を駆け巡り、私は必死にルーちゃんへと治癒をお願いする。
さっきから何度も攻撃を受けていて、その度に治してるけど、このままだと早々に魔力が尽きてしまう。それに怪我は治っても、失った血は戻ってこない。
「はぁ、はぁ」
どうしよう。どうすればドラゴンを倒せる?
いくら考えても打開策が見出せず、思考が負のループに入りかけたその時――
私の耳に、ダスティンさんの声が僅かに届いた。
「レーナ! 倒さなくていいから翼を一つ落とせ! 地面に落ちたら後は騎士たちでやれる!」
その言葉にチラッと声が聞こえてきた方に視線を向けると、シュゼットもその場にいた。
「下からも援護をする!」
二人の言葉に、私はネガティブな思考のループから抜け出すことができた。視野が突然広くなり、戦場の様子がよく分かるようになる。
そうだよね、私は一人じゃないんだ。皆と一緒ならドラゴンだって倒せるはず。
「私が上空で魔物を引きつけるので、皆さんは下から攻撃してください!」
「分かった!」
シュゼットから頼もしい言葉が返ってきて、私は再度気合を入れた。




