108、アクセサリーと祭りの終わり
舞台の観覧場所から外に出たところで次に向かう場所を決めるため、二人で大通りの端に寄った。
「この後はどうしますか? もしダスティンさんさえ良ければ、この辺りの屋台を見て行きたいのですが」
この辺には私たちの家がある辺りよりも高級店が多く、屋台でもアクセサリーが売っていたり布が売っていたり、綺麗なお花が売っていたり、また違った屋台を楽しめそうなのだ。
「もちろん構わない。何か見たいものがあるのか?」
「そうですね……まずはアクセサリーを見たいです」
私がそう伝えると、ダスティンさんは僅かな笑みを浮かべて頷いてから、近くにある屋台に足を向けた。
「ここの屋台から見ていくか」
「はい。とても綺麗ですね……」
並べられているアクセサリーは、ピアスが一番多い。次に多いのがネックレスやブレスレット。指輪は女神様の加護を得ると全員が授かるからか、あまり置いてないみたいだ。
「何が欲しいんだ?」
「やっぱりネックレスですかね」
本当はピアスも欲しいけど、この国のピアスは恋人や夫婦が着けるものという意識が強いのだ。一対のピアスを一つずつ分けて着けている人たちをたくさん見る。
私もいずれは誰かとピアスを分け合って着けたいよね。でも私が誰の隣にいるのか……全く想像がつかない。一緒にいて楽しくて落ち着ける人と出会えたら良いけど。
「ネックレスか。それならばレーナにはこの辺りか? 年齢的にあまり大きな石が付いているものは避けるべきだろう。色は青か黄色だろうか。石が持つ意味がレーナに合いそうだ」
「……ダスティンさんって、アクセサリーも分かるんですか?」
アクセサリーショップの店員さんかと思うほどの説明に驚き、思わずダスティンさんの顔を見上げてしまう。するとダスティンさんは苦笑を浮かべ、私に顔を近づけて小さな声で理由を教えてくれた。
「クレールに教え込まれたんだ。女性の扱いを学べってな」
「……確かに必要ですね」
貴族女性への対応って大変なんだろうな。ダスティンさんも引きこもりを装うまではやってたってことだよね?
ダスティンさんが女性をエスコートして優しい笑みを浮かべ、アクセサリーを選んで……
「全く想像できない」
思わずボソッと呟くと、ダスティンさんの眉間に皺が寄った。しかしすぐにその皺は和らぎ、顔には微苦笑が浮かぶ。
「正直に言うと、かなり苦手だった」
「そうなんですか? それは……あの、子供時代もですか?」
王妃に嫌われる前と聞きたくてそんな言い方をしたけれど、ダスティンさんは正確に理解してくれたのか、顎に手を当てて悩んだ。
「そうだな……子供時代の方が純粋だったから苦手とまでは思っていなかったが、女性と話すよりも魔道具を考えていた方が楽しいとは思っていた」
「ふふっ、ダスティンさんってそんな頃から魔道具が好きだったんですか?」
「ああ、魔道具好きはずっと前からだ」
王宮で無邪気に魔道具を触っている子供時代のダスティンさんが思い浮かび、私の顔は自然と笑顔になった。
それからはダスティンさんにも手伝ってもらって私に似合うネックレスを選び、最終的に購入したのは小さな青色の石が付いたネックレスだ。
ダスティンさんが支払おうとしてくれたけど、さすがに悪いので自分でお金を出した。
「どうですか?」
「ああ、似合っている」
「良かったです。何だか少し大人になったみたいで嬉しいです」
早くもっと大人っぽいネックレスが似合うようになりたいな。今回のは少し可愛らしさが強い、子供が付けても違和感がないものだ。
「じゃあダスティンさん、次に行きましょう!」
ネックレスをつけてテンションが上がった私は、ダスティンさんを連れて次から次へと屋台を巡った。楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気づいた時にはもう見慣れた大通りだ。
「もうこんなところにまで来たのですね」
「早かったな。そうだ、ロペス商会の屋台を見に行くのではなかったか?」
「そうでした。最後に行っても良いですか?」
「もちろん構わない」
二人でロペス商会前に出店されている屋台に向かうと、そこにはお客さんがたくさん並んでいた。屋台は大盛況みたいだ。
「ジャックさん! 凄い人だね」
屋台の近くでお客さんの誘導をしていたジャックさんに声をかけると、ジャックさんはこっちに気づいて笑顔で手を振ってくれた。
「レーナ、来たんだな」
「うん。どんな感じなのか見てみたかったから」
「大盛況だぞ。レーナも食べていくか? ダスティンさんもお腹に余裕があればぜひ。高級食材を少しずつ盛り合わせた試食プレートを売ってるんです」
「ほう、それは良いな。一つもらおう」
ダスティンさんが興味を示したようだったので、私たちはしっかりと列に並んで一人一つプレートを購入した。高級食材だからプレートの値段設定は安くないけど、いくつもの食材を楽しめるとあって人気みたいだ。
「……ここの商会長は商売が上手いな」
プレートを見てダスティンさんはそう呟くと、高級食材であるサウがほんの少しだけ載せられたハルーツの胸肉を口に運んだ。
「ギャスパー様は凄いですよね」
「ああ、このプレートを食べた者たちは、足を踏み入れ辛いと思っていたロペス商会に、気に入った食材を買いに来るだろう」
この大盛況ぶりを見る限りだとほぼ確実にそうなりそうだ。ギャスパー様が会議の時に言っていた狙い通りだね。
「これらの食材は贈り物としての販売も強化するそうですよ」
周囲にいる人たちに聞こえないよう小声で伝えると、ダスティンさんは感心したように何度か頷く。
「……確かに他人への贈り物は、自らへの購入時よりも財布の紐が緩むからな」
「はい。そこを的確に狙っていくらしいです」
「さすがだな」
そんな話をしながら美味しいプレートはすぐに食べ終わり、私はニナさんやポールさん、それからちょうど屋台に出てきていたギャスパー様にも挨拶をしてその場を後にした。
ロペス商会の屋台から離れたら、もう時刻は夕方だ。
「そろそろ帰りましょうか」
暗くなってからは子供はあまり外を出歩かない方が良いと言われていたので、私は名残惜しさを感じつつそう呟いた。すると一拍遅れて隣から簡潔な答えが返ってくる。
「そうだな」
「今日は楽しかったですね」
「ああ、報恩祭がこんなに楽しかったのは初めてだ」
「ふふっ、それなら良かったです」
見上げたダスティンさんの横顔は満足そうで、その表情を見た私の心も満たされた。
それから私はダスティンさんに家まで送ってもらい、初めての報恩祭は終わりとなった。




