第十話 私は幸せ者!
自分を見失ってから取り戻すまで、まさに駆け抜けたような二ヶ月だった。
しかし、そのどれもがとても鮮明に色づき、私を形作ってくれるような大切な大切な経験と思い出となった。
私は一度目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をして前を見据えた。
背中に感じる温かな手の平が私を励まし、支えてくれる。
恐くない。
真っ直ぐにテオディール殿下の揺れる瞳を見つめた。
「テオディール殿下……私はヴィクトール様に愛され、婚約者となって初めて、私がこれまで受けてきた教育は無駄ではないと思えました。この方をお支えしたい、この方と共にありたいと、心から願えたのです」
支えてくれる手を握り返したい。
このお方が困難に立ち止まった時はその背中を押し、前に進むような道を一緒に探せる人間でありたい。
「私はもう、以前のレティシオンではございません。目覚めた私は、どうやら悪役令嬢のようでしたので、自身の願い事を叶えることにしましたの。私の願いは、ヴィクトール様とともにあることですわ」
胸を張って言える。私はもう、あの頃の私ではないのだから。
「どうぞ殿下。殿下は殿下のお選びになられた道をお進みくださいませ」
最高に美しいとされるカーテシーをして、私は殿下への最後の言葉を紡ぐ。
「私は、愛するヴィクトール様と幸せになりますわ」
姿勢を正し横を見上げれば、愛おしいと思う気持ちを隠そうともしない双眸に見つめられる。
「行こう、レティ」
「はい」
今度こそ、誰にも止められることなく、私達はその場を後にした。
「ところでレティ。あのセリフには足りない部分があったと思うのだが」
授業終わり、ヴィクトール様と校舎の間にある中庭を歩く。
ヴィクトール様はもう学園内はご存知であるはずだけど、私に案内をしてほしいと願い出られたため、一箇所ずつ説明して回っていた。
その途中、お昼の騒動があった場所を通り過ぎたところで、先程の発言があった。
「あのセリフ?」
「あなたが悪役令嬢らしい、というあれだ。ただの令嬢ではなく、絶世の美女だという点を付け加えてほしい」
「自分でそれを言うのはなかなか恥ずかしいものがありますわ」
と言うと、ヴィクトール様はさも当たり前だというように言った。
「事実なのだから何も問題ない。それに俺は、あなたの口からそれを聞きたいんだ」
優しい眼差しは、私が何者であるのか知りたい、という私自身の答えを求めているのだろう。
そんなの、答えはとっくに決まっている。
「自画自賛しても、引かないでくださいませね?」
「引くわけがない。むしろやっと自覚してくれたかと安心感すら覚えるな」
ふふ、と笑って、ヴィクトール様の瞳をじいっと見上げる。
彼と特訓した、彼直伝の上目遣いだ。
「私はどうやら絶世の美女にして、悪役令嬢のようでしたの。それでも私は今、愛する人のおかげでとても楽しくて、とても幸せです」
彼にしか向けてはいけないという、心からの笑顔が自然と溢れ出す。
ヴィクトール様が目を瞠り、びたりと固まった。そんな彼の腕を支えに背伸びをして、少し赤らんだ彼の耳へと口を寄せる。
「ヴィクトール、愛しているわ。私の願い事はただ一つ……あなたに愛されたいということだけ。叶えてくださる?」
踵を地面につけ元の位置へと戻れば、顔を真っ赤にして小刻みに震えているヴィクトール様。
「……まるで悪女だっ! あなたはどこまで俺を溺れさせるんだ!」
私を見ながら涙目にすらなっている彼が可愛らしい。
教わった通りの上目遣いに加え、彼が好きであろう甘えた仕草も少しおまけして、その頼れる両腕に擦り寄ってみる。
「こんな私はお嫌いですか?」
「嫌いなはずがない! 好きだ! 全部好きで最高だ! もっとしてくれ! いや、だめだ。我慢がきかなくなる! いやでもしてほしい!」
「ふふ。ご希望であればいくらでも」
「俺も、あなたの願いは全て叶える。愛してる、レティ」
愛を語らう私達は、それを学園に残っていたほぼ全ての学園生にこっそりと見られているとは露知らず。しばらくお互いしか目に映らずに、穏やかで愛に溢れた時を過ごすのだった。
その後、私はクラスメイトから涙ながらにこれまでの私に対する態度への謝罪を受けた。それに関してはお互いに仕方がなかったのだから、これからは友人として仲良くなりたいと言えば、喜んで! と、力強く同意いただけた。
卒業式の日には、友人達と共に学園を卒業することが出来、私は嬉しくて笑いながら涙を流すこととなった。
テオディール第一王子殿下は、王位継承権の剥奪と除籍処分、そして王都追放と私への接近禁止令がくだされた。
コリンヌ男爵令嬢も、男爵家を除籍されるそうだ。
殿下への処分については、本来、婚約者である私に遣うために与えられた予算をコリンヌ男爵令嬢へと遣っていたことが判明したことで、王都追放が加わった。
他の余罪はなかったそうなので、私自身がもう関わりを持たれないのであればそれで構わないと言ったことで、接近禁止令の追加で済んだのだという。
ヴィクトール様は不満気だったが、罰を与えることで恨みを持たれて生きるのも嫌ですから、と言えば納得いただけた。
二人はあの時、激しく言い争いをしていたようだが、平民となった以上はお互いしか頼れるところはないので、二人で暮らすのではないかとは父の見解だ。
私の中ではもう彼らを許す、許さないの話ではなくなっていたので、頑張っていただきたいですね、という一言で幕引きとなった。
卒業式の翌日、王家の方々が代々結婚式を挙げられた教会で、私は真っ白なウェディングドレスに赤い薔薇のブーケを持ち、ヴィクトール様の妻となるために彼の横に並び立つ。
「綺麗だ、レティ。誰よりも美しいあなたを妻に出来るなんて、俺は最高に幸せ者だ」
「幸せ者は私の方ですわ。ヴィクトール様もとても素敵で、見ているだけで鼓動が高鳴ってしまいます」
「それは嬉しいな。愛しているよ、レティ。これからも俺のそばで笑ってほしい。俺が下を向きそうになったらしっかりしろと叱って、背中を押してくれ。ともに支え合い、愛を育んでいこう」
「はい、ヴィクトール様。私も、あなただけを愛しておりますわ」
目覚めたら悪役令嬢のようでしたが、絶世の美女だと溺愛してくださる旦那様が、私の願いを叶えてくださりました。
そしてこれからも、私はとっても楽しくて幸せな毎日を送ることでしょう。
END
最後までお読みいただきありがとうございました!
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