第一話 私は何者?
ふっかふかのお布団の上、天蓋付きベッドのレースが美しい。窓から差し込む朝日もキラキラ輝き、花瓶に生けられた赤白ピンクのガーベラへと光が差し込んでいる。
まさに世界が私を祝福しているかのような、素晴らしい目覚めとなった。
ベッドから降りて鏡を見る。
そこに映るのは、絶世の美女。
レティシオン・ベルモンド公爵令嬢。十八歳。王立学園の三年生。
今日も相変わらず麗しい……
スッと通った鼻筋、カールしたまつげ、その奥に煌めく菫色の瞳。
小ぶりな唇は赤く色付き、肌は陶器のように白い。
艶のあるプラチナブロンドの髪に、爪の先まで磨き抜かれたしなやかな指先。
こんなに見目麗しく幸せそうな女性は、きっと他にいない。
ある日、目覚めたら自分が何者か分からなくなっていた。
どんな顔をしているのか確認しようと鏡を見れば、目に飛び込んできたのは、あまりにも美しい女性だった。
こんなに美しい人がいるなんてっ! と、感動しすぎて朝から泣いた。
涙が流れなくなるまで、ゆっくりと過ごすことにした。
やりたいことをやろうと思った。
私室の本棚には、教科書の他に最近人気だという恋愛小説がある。
まだ真新しい本を手に取り、ソファに座ってゆっくりと本を読む。ヒロインを巻き込みながら変わりゆく展開にハラハラドキドキしながらページをめくり、終わる頃にはヒロインに共感して胸を打たれた。
読み終わった本を棚へと戻し、勉強用の机の上に置いてあった一通の手紙を手に取る。差出人不明の手紙には、人の恋路を邪魔する悪役令嬢はすぐに身を引きなさい、と書かれている。
誰と誰の恋路なのかは書かれていないが、悪役令嬢とは私のことなのだろう。
不思議な心地になりつつ、まるで私は物語の中の人物のようね、と呟いたら、確かにその美しさは現実離れしているな、と返ってきた。
私が悪役令嬢ならば、ヒロインは誰かしら?
そんなことを考えながら窓に目をやると、美しい人が映っていた。こんなに美しいのであれば、ずっと見ていられるわ……と静かに思いながら、私はまた室内へと向き直った。
私が邸内にいる間、両親は時間を作って、私をお茶に誘ってくれた。二人とたくさん話をして、二人から愛情を惜しみなく注がれて育ってきたのだと実感出来た。
両親だけでなく、侍女達も庭園に連れ出してくれて、皆で友人のようにお茶をしたり、お散歩をしたりと楽しい時間を過ごすようになった。
この時に皆で食べたマフィンが、今の私の大好物となった。
鏡を見ても立ち止まらなくなった頃、外に出るようにした。
まずは父の領地視察について行き、たくさんの領民の方々とお話をさせていただいた。公爵家は父の代になってから積極的に領民との関わりを持つようになり、どこに行っても領主様、お嬢様、と声をかけてもらえた。そしてその誰もが好意的に我々を見てくださっていて、私は父が誇らしかった。
次に、領地にある孤児院を訪れた。
読み書きを教えてほしいと子供達にお願いされたため、腰を据えてじっくりと教え込んだ。
まだ小さな子供達には、私のお古で申し訳ないけれど、と幼い頃に使っていた絵本などを渡せば、お礼に花冠を作ってくれた。
僕のお嫁さんになって、と言われた時には、可愛くて思わず頷きそうになったが、隣からだめだと言う声がして笑ってしまった。
領地以外では、侍女達が手伝ってくれたお忍びスタイルの変装をして、王都で話題になっているカフェに行ったりもした。
初めて食べた食事に舌鼓を打ち、食後のケーキには、甘すぎる……と険しいお顔をされることもあったが、大満足だった。帰り際にはお店のご主人様にご挨拶させていただいた。
是非またお越しくださいと言っていただき、必ず来ますと答えて、お店を出た。
そして、休んでいた学園に復帰することにした。
朝の支度をしていると、馬車の準備が出来たようよ、といつもより早い時間に母が部屋へとやってきた。
支度を手伝ってくれていた二人の侍女に急ぐように言えば、レティお嬢様を美しくするための時間ならいくらでもかけて良いと言われています、と返ってくる。
母も笑って頷いたので、それならとびきり可愛くしてちょうだい、とお願いした。
その途端、侍女二人の目つきが変わり、私は舞踏会に行くんじゃないのよ、と何度も彼女達を止めることとなった。
髪飾りには紫から赤にグラデーションしているリボンを選んだ。気持ちが前向きになるようだった。
教室に入りクラスメイトに挨拶をしても、皆、快くは返してくれなかった。そればかりか、私が挨拶をするとそれはそれは驚いた顔をして目を泳がせた後、目を伏せるという流れが出来上がっていた。
なので、その場から逃げなかった女生徒の何人かに聞き込み調査をしてみた。
それで分かったことは、どうやら私は第一王子殿下と男爵令嬢の恋を邪魔する悪役令嬢、と一部の方々から呼ばれているらしい。
おまけに、殿下のご命令で、生徒達は私とは話をしてはならないということになっているそうだ。私から話しかけたことに大変驚かれたのはこのせいか、と納得した。
そして手紙にあった内容についても情報を得られ、少し楽しくなってきた私は、クラスメイト以外にも聞いて回ることにした。
狙いはやはり、私を見て何だか申し訳無さそうにしている女生徒だ。彼女達ならば、比較的すぐに私の欲しい答えをくれた。
ただ、その誰もが私が話し始めると顔を赤くする。
どうか教えていただきたいの、なんてうるうるの上目遣いをするせいだとは分かっている。
私も鏡で自分の上目遣いを見て、倒れかけたもの。
十人に満たないぐらいの人数に聞いたところ、レティシオンの評価は決して悪くなく、むしろ高評価と言って良かった。
第一王子殿下の幼い頃からの婚約者で、家柄も良く、王子妃教育を受けながら学校での成績も優秀な才色兼備。
ダンスだって華麗に優雅に踊る。
礼儀作法も全女学生のお手本となるほどの完璧さ。
性格もお淑やかで慎み深く、殿下にはそれがつまらないとすら言われていたほど……という。
周りからの自身への称賛の言葉の数々に、一人密かに喜びを噛み締めていると、話し終えた方々に泣きながら謝られた。なだめるのが大変だったが、嫌な気持ちには一つもならなかった。
聞き込みは終えたのだけど、休み明けに活動しすぎたのか、何やら周りに人が多くなってきていた。
これはどうしましょう……と考えていたところで、まさに悪役令嬢の出番がやってきた。




