第90話 深夜遅く失礼します
「まったく、忌々しい……」
深夜遅く。
一日の仕事を終えたテライル・ジャッカーが自身の執務室で帳簿を眺め、一人悪態をつく。
商会の商売は順調そのものだ。
だがその最終的な利益は、前年度に比べて大幅に下がっていた。
何故か?
その理由は至って簡単。
巻き上げられているからだ。
コーガス侯爵家に。
それは第三者が査定すれば、過去30年分の取り立てとしては妥当な金額と判断出来る程度のものだ。
だが、この30年間利益だけを無条件に享受してきたテライルにとって、今のコーガス侯爵家への支出は理不尽極まりない暴挙に感じられていた。
だから悪態をついたのである。
正に強欲な人間らしい、自分勝手な感覚と言えるだろう。
ただ単に自分勝手なだけなら、彼はこの先も問題なく商売を続けられただろう。
利益自体は減っても、それでもなお大商会と呼べるだけの規模である事に変わりないのだから。
――だが、彼は過ちを犯した。
それも、取り返しのつかないレベルの相手に対しての。
「あれがきっちり仕事さえしていれば、こんな事にはならんかっただろうに……」
暗殺依頼の失敗。
其れさえなければと、苛立ちを募らせた彼の肩に何かが触れる。
「ん?なんだ?」
深夜の執務室にいるのは自分のみ。
仮に他に人間がいたとしても、トップである自分の肩に気安く触れて来るものなどいない。
さりとて、動物が入り込んでいる訳もない。
不思議に思いながらテライルが振り返ると――
「――っ!?」
――そこには黒いスーツ姿の人物達が立っていた。
「夜分遅く失礼します。テライル・ジャッカー様。コーガス侯爵家の執事、タケル・ユーシャーです」
驚きに固まるテライルに、男が笑顔で名乗る。
コーガス侯爵家の執事であると。
「同じく。コーガス侯爵家の執事、エーツーと申します」
続いてもう一人の人物――女性も名乗った。
但しこちらは笑顔ではなく無表情だ。
「な……な……」
『何故お前達がここに』
そう口にするより早く、彼の天地がひっくり返った。
自身に何が起こったのか理解できず、突然生じた痛みに息を飲み込んむテライル・ジャッカー。
「ぐ……うぅ……」
投げ飛ばされてひっくり返っているため、テライルには逆さに映る世界の中。
自身が座ってい居たはずの執務机に、タケルがゆっくりと座り両肘をついて顎を乗せた。
その表情は笑顔のままだが、その目は一切笑っていない。
「さて、お尋ねしますね」
――そして彼は、その異常な状態で尋ねられる。
「貴方が、コーガス前侯爵夫妻を殺したんですね?」
と。
痛みと状況把握の追いつかないテライルは、混乱に目を白黒するばかり。
そのため彼はまだ気づけていなかった。
その言葉が、自らに対する死刑宣告である事に。
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