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第84話 モルモット

闇蠍の構成員は、全て魔獣の木――魔樹になる葉を食べる決まりだった。

そうする事で、魔獣の眷属となった蠍三兄弟が、構成員達の視界を共有する事が出来る様になるからだ。

これにより問題が発生した際に、闇蠍は適切な尻尾切りが可能となっている。


システム的に穴が無いのもあったが、勇者タケルが闇蠍の足取りを掴めない最大の理由がこれだ。


「ミドルズ公王が暗殺され、このままでは内乱に発展しかねんか……」


「厄介な事だ」


ミドルズ公国の現状に、闇蠍の首領である蠍三兄弟が不満を示す。

暗殺業に影響があると言うのもあるが、それ以上にある件の予定が狂ってしまうからだ。


「そこら中に死の気が満ちれば、折角これまで続けて来たテストが無駄になってしまうな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



――約20年程前。


長い時間をかけ、魔樹に4つ目の実がなる。

それは闇蠍における支配者。

新たな大幹部の誕生を意味していた。


その候補者は二人。

そのうちの一人、ゼロトリはその座に就く事を強く熱望していた。


――何故なら、彼は目が見えないから。


ゼロトリは先天的疾患によって視力がなかった。

其れでは暗殺者は務まらないのでは?

そう思うかもしれないが、彼は視力の代わりに特殊な能力を得ていたのだ。


それは世界の在り様を、ワイヤーフレームの様な状態で感知する能力。

一種の透視能力も兼ね備えていたそれは暗殺に向く能力であった為、盲目は彼にとってハンデ足りえなかった。


だがそれでもゼロトリは憧れを抱く。

生まれてずっと闇の中に線が浮かぶだけの世界で生きて来た、自分の世界に無い日の光や色という物に強い憧れを。


魔樹の実を食べれば、肉体が変質する事で目が見える様になるかもしれない。

仮に自分の目が見えないままであったとしても、配下達の目を通して世界を見る事は出来る。

だからゼロトリは何が何でも、幹部に選ばれたかったのだ。


だが4人目に選ばれたのはゼロトリではなかった。


選ばれなかったのなら仕方ない。

そう彼が諦めていれば、特に問題はなかっただろう。

だがゼロトリは諦められなかった。


その結果――彼は魔樹の実を奪い、闇蠍を抜ける。


たとえ一時的に逃げ切れても、実を飲めばその位置が特定されてしまう。

つまりどう足掻いて、ゼロトリは逃げきれない運命だった。

彼もそれは理解していた事である。


だがそれでも、彼は世界をその目で見て見たかったのだ。


だが――


「愚かな。我らから逃げられる本気で思っていたのか?」


結局、その願いが叶う事はなかった。

蠍三兄弟によって、ゼロトリは殺されてしまう。


「まだ実は食べていない様だな」


「まあ食べれば数日は動けなくなるから、当然だろう」


変化中は動けない。

その間に殺されてしまえば、ゼロトリの願いは叶わなくなってしまう。

だから彼は食す事無く逃げ切る事を優先したのだが、結局、それは無駄に終わる事となる。


「む……奴め、実を持っておらんぞ」


「なんだと!?どこに隠しおった!」


「最後まで手間をかけさせてくれる」


闇蠍は総力を挙げてその在りかを探すが、だが魔樹の実は見つかる事は無かった。


もう逃げ切れないと判断したゼロトリが崖から放り投げたためだ。

仮に食べても、定着する前なら回収が出来る事を知っていたから。

回収されるぐらいならばと、悔し紛れに捨てたのだ。


――魔樹は崖下の川の急流に落ち、そのまま下流へと流されていく。


「ん?なんだあれは?」


そして川で釣りをしていたある男の手に渡る。


「何という香しい香り……美味そうだ……」


それまで平凡な人生を送って来た男は、決して悪人ではなかった。

だが、邪な感情を持たない程聖人君子という訳でも無かった。


「こんな素晴らしい物を食べれば……」


そのため魔樹の誘惑に目がくらみ、それを口にしようとする。

だが直前でそれを思いとどまった。


「む、ん……いや……これ程素晴らしい果物なら、きっと妻の滋養になるはず。そうだ……これは私ではなく妻が食べるべきだ」


自分ではなく、愛する身重の妻に食べさせるために。

そして魔樹の実を持ち帰った男は、自らの妻にそれを食べさせてしまう。


男の妻も夫同様平凡ではあったが、男と同じく邪心が一切ない訳ではなかった。

そのため実を食べれば変異し、やがて魔獣の僕と変わる筈だった。


――だがそこで、実を生み出した魔獣ですら想定していなかった事が起きる。


それは身重だった女が食べた実の力。

その全てがあろう事か、彼女の中にいた胎児に取り込まれてしまったのだ。


魔樹の実は人の邪な心に反応し、食した人間を自らの手駒へと作り替える。

だが、母の胎内で眠る胎児は無垢その物。

本来人であれば絶対持つ事になるであろう、僅かな邪心すら持ち合わせていない。

そのため、魔獣に都合の良い支配を受ける変質が胎児には起こらず、ただその力を宿す存在として生まれて来た。


生まれてきた赤子の名は――アーク。


やがてその子は青の英雄育成学園ブルー・ヒーローアカデミーの首席卒業をへて、青の勇者と呼ばれる事になる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「内乱によってそこら中に死の気が満ちれば、折角これまで続けて来たテストが無駄になってしまう。困ったものだ」


長年の調査の結果。

闇蠍は実の力をアークが取り込んでいる事実を突き止めていた――本来なら容易く見つかるはずだったが、純粋な者がその力を宿したため邪悪な変質が起きず、調査して探し出す必要があった。


そしてアークを見つけた闇蠍は、既に実の力を完璧に取り込んでいた彼を使ってあるテストを行う事に。


――それは狂獣化のテスト。


魔樹の実を食べた者は、人が死ぬ際に発せられる死の気を吸収する様になる。

これは自分が直接手を下した時だけではなく、周囲で誰かが殺した際も同じだ。


そして死の気を取り込み続けた魔獣の眷属は、やがて理性を失い。

狂った獣――狂獣へと変わり果ててしまう。


蠍三兄弟が組織を作った最大の理由がこれだ。


自分達が人を殺し続ければ、やがて自分達は全てを失い化け物になってしまう。

だからそれを避けるため、彼らは組織を立ち上げた。

魔獣の命を熟しながらも、自らは死に近づかずに済む様にするために。


――そしてそれは、魔樹の実の力を得ているアークにも起こりうる事だった。


彼には邪心による変質は起きてはおらず、魔獣の支配下にはない。

だが実の力は確実に彼の中にあり、そしてその力は周囲の死の気を取り込み続けている。

それがいずれ限界を迎えた時、彼は狂獣と化すだろう。


そのため、闇蠍のトップである三人は、自分達と同じ狂獣化のリスクを持つアークを使っていテストを行っていた。

どの程度死の気を取り込めば、狂獣化するかのテストを。


自分達が行動する際、どの程度でそれが起こるのかを知る為だ。


まず闇蠍はアークの両親を殺し、自分達と明確な敵対状態を態と作り出す。

そして定期的に暗殺者を送り、アーク達に殺させてその変化をじっくりと観察した。

数だけではなく、経過をしっかりと把握する為に。


だが公国に内乱が発生し、周囲に死がばら撒かれたのではそのテストの続行は難しくなる。


何故そんな回りくどい事を?

捕らえて支配下で試せばいいのでは?

そう思うだろう。


だが発見時、既にアークは強く育ってしまった後だった。

しかも優秀な仲間が周囲にいたため、簡単には手出しが出来ないかったのだ。

無理をして死なせてしまったのでは元も子もない。

だからこの様な回りくどい手を選択した訳である。


「そう言えば……コーガス侯爵家が、第三王子を領地で保護すると言う話が出ている様だな」


東の砂漠があるミドルズ公国に本拠地を置く闇蠍は、三つの勢力全てに間諜等を潜り込ませているため、第三王子派閥の情報を手に入れていた。


「そのようだな。だがそれがどうした?」


「王子をエンデル王国に避難させ、アークにその護衛をさせれば……公国の内乱から引きはがす事も出来るのではないか?」


「なるほど……」


「それならば……」


「幸い。第三王子派閥の人間の弱みを握っておる。それを使えば……」


蠍三兄弟の一人がニヤリと笑う。

それが三人の内の誰なのかを、正確に言い当てられるのは本人達だけだろう。


彼らは一卵性の三つ子であるため、その容姿からでは全く見分けがつかない。

本人達も見分けを付けさせる気はない様で、格好は全く同じ。

そしてお互いに名を呼び合う様な事もないため、配下の者達も誰が誰かを見分けられずにいた。


「しかし、あそこの手の者は手強いぞ。それに(くだん)の聖女と呼ばれる者もいる。送ればテスト続行が難しくなるのではないか?」


コーガス侯爵家の手の者によって――実際はタケル一人なのだが、姿を変えているため複数の手下だと思われている――闇蠍の支部はいくつも潰されている。

その事を思い出し、三人の内の一人が難色を示した。


其れでなくとも領民が少ないため、入り込むこと自体が難しいのだ。

その上強力な力を持つ者達に守られていたのでは、暗殺者を近付ける事すら難しくなる。


「まあ確かに……だが、研究素体(モルモット)を無駄にするよりは良かろう?まあそちらは、追々考えていけばよい」


「ふむ、そうだな……」


「では、手配するとしようか……」


闇蠍が動いた事により、コーガス侯爵家による第三王子の保護の案はよりスムーズに話が進む事となる。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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