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第83話 魔獣

300年前。

大陸の東に、一匹の強大な力を持った魔獣が突如姿を現した。


魔獣の名はライゾン。


その力は強力無比にして性格は暴虐。

本能の赴くままに暴れるその魔獣に抗うだけの力は当時の人類にはなく、瞬く間に東の地は蹂躙しつくされてしまう。


そして東の地を滅ぼした魔獣は、更なる破壊を求め西へと。


魔獣の存在は、正に世界の危機だった。

そのまま放置されれば、本当に人類が滅びる可能性すらあったと言えるだろう。


だがその時、一人の勇者が魔獣の進撃を遮る様に現れる。


「これ以上の乱暴狼藉は赦さんで御座るよ」


その者の名はニンジャマスター・サムライ。

神に選ばれし転生者だ。


魔獣ライゾンと、ニンジャマスターの激しい戦いは三日三晩続く。

戦いは凄まじく、彼らの戦った地は草一本生えぬ砂漠と化してしまう程だった。


「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


やがてその熾烈な戦いは、ニンジャマスター・サムライの勝利によって幕が閉じる。


「拙者は影に生き、影に死ぬ存在で御座候」


世界を救ったチョンマゲに黒衣の勇者は、自身の名を語る事無く人知れず闇に消えた。


自らの功績をひけらかさず、ひっそりと影から世界を救う。

それがニンジャマスター・サムライ――日本かぶれの転生者、トーマス・アンダーソンの美学であった。


こうしてニンジャマスターの手によって、多少の傷跡を残しつつも、世界には平穏が訪れる。


だが、ライゾンは死んではいなかった。

虫の息ではある物の、辛うじて生き残った魔獣は遥か地の底に潜って再起を図る。


――それから200年。


大魔王の手先として、魔王アスラスが襲来する。

魔王の目的は世界征服であり、彼女の率いた、何処からともなく現れた魔物の軍勢の大攻勢に各国は苦難を強いられる。


それは正に、魔王と世界の命運をかけた戦い。


そんな中、世界の未来など知った事かと、国の機能が弱体化しているのをいい事に凶事に手を染める賊共(くずども)が湧いて来る。

彼らからすれば、世界が滅びるならその時まで好き放題生きてやると言った感じだったのだろう。


その中には、蠍三兄弟と呼ばれる者達が居た。


程なくして勇者タケルの働きにより魔王は倒れ、世界に再び平穏が訪れる。

当然の話だが、戦時中好き放題していた者達は国が正常な状態に戻ればその報いを受ける事となる。


蠍三兄弟もその例から漏れず。

国から逃げ出し、その追跡を巻くため一か八かで東の砂漠へと逃げ込んだ。


――そこはかつて、勇者ニンジャマスター・サムライと魔獣ライゾンが戦った地。


砂漠を数日彷徨い歩いた三人は、死を覚悟していた。

当然だ。

大した備えも無く、広大な砂漠を渡り切れる訳もない。


このままでは待っているのは死のみ。

そんな三人の鼻腔に、突如えも言えぬ甘い香りが漂って来る。


「なんていい匂いなんだ……」


「ひょっとしたら果物か何かが……」


「花でもなんでも口に入れられるならなんでもいい!」


香りを頼りに進む三兄弟。


「うわっ!?」


「不味い!?流砂だ!!」


「嫌だ!こんな所で死にたくねぇ!!」


すると突然の流砂が彼らを襲う。


普通ならそこで命運が尽き然るべき状況だ。。

だがその流砂は普通ではなかった。

巻き込まれた蠍三兄弟は、地下に広がる広大な空間へと放り出される。


――そしてそこには、砂漠に似つかわしくない一本の巨大な木が生えていた。


「な、なんだこりゃ……」


「何でこんな場所にこんな不気味な木が……」


「兄貴……これ、絶対やばいよ……」


血を想起させる禍々しい赤黒い木を見て、三人は恐怖を覚えた。

それが触れてはならない物であると本能的に察したのだ。


慌ててその場から三人が離れようとすると、彼らの鼻腔に再び甘い香りが漂って来る。

それも先ほどよりも遥かに強烈に。


――それは人の理性を狂わせる魔性の香り。


「おい!あんな所に果物が!」


「美味そうだ……」


香りの元を追って三兄弟が視線を上げると、真っ赤な木の枝に淡くピンク色の光を放っている実が三つなっている事に気付く。


普通ならば香りに惑わされていたとしても、それに手を出す様な事はなかっただろう。

だが空腹と渇きで疲れ果てていた三人には、それが自分達の命を繋ぐ奇跡に見えた。


だから彼らは木に登ってそれを手に取り、そして口にしてしまう。

それが魔獣が用意した罠だとも知らずに。


そう、その木は魔獣ライゾンの肉体から生えた物だった。

自分では動けなかった魔獣が、自分の手足となって働く者をおびき寄せる為に用意した罠。


(よこしま)な人間ほどライゾンの精血で出来た実へと引き付けられ、それを口にした際、より大きな影響を受けてしまう。

当然悪人だった三人は、瞬く間に魔獣の支配下に落ち変異した。


「我らが神よ。我々は何をすれば宜しいですか?」


変異には三日三晩を擁した。

姿形は人間のままではあったが、本質が変容した蠍三兄弟が木の前で恭しく頭を垂れる。


『――――――』


彼らの脳内に、魔獣の言葉が響く。

それを理解できるのは魔獣の眷属となった物だけだ。


「分かりました」


「我らは黄金を集めればよいのですね」


魔獣ライゾンの復活には大量の黄金が必要となる。

そのための手足として三人は動き出す。


但し、大きな力は得たが、彼らは表立っては行動しない。


警戒したためだ。

魔獣がニンジャマスター・サムライと同じ匂いを嗅ぎ取った、勇者タケル・コーガスを。


闇で密かに動く、魔獣の眷属となった蠍三兄弟。

その三人が立ち上げた組織は、やがて世界最大の暗殺組織となる。


――そう、彼らこそ勇者タケルの追う『闇蠍』の創設者だ。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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