第81話 害する気なら
「ですが……現実問題、国内で王子を匿い続けるのは難しいのではないでしょうか?第一王子と第二王子が、遺恨の種を残しておくとは思えませんので」
第三王子をほったらかしにして二人の王位争い激しくなるのなら、国内で身を隠す事もそこまで難しくはないだろう。
だがその可能性は低いと言わざる得ない。
お互いに潰し合い、疲弊した所を漁夫の利で持っていかれるかもしれないと考えると、真っ先に潰しておきたいはず。
後顧の憂いを断つって奴である。
そしてそうなると、国内で身を潜めるのは相当厳しくなってくるはずだ。
「それは……」
俺の言葉にローラが口籠る。
第三王子派閥も無計画で見切り発車した訳ではないだろうから、その辺りはよく心得ているだろう。
それでもなお王子の奪還を決行したのは、国の未来を憂いての事である。
「コーガス侯爵領でならば、聖女様が外部からの干渉を封じる結界を張って頂けるとの事です。ですので、安全面の保証はお約束できるかと。そして密出国に際しては、転移魔法で王子御一行を私が領内へとお運びさせて頂きます。その気になれば、100人程までなら転移可能ですので。もちろん、痕跡などは一切残しません」
強力な魔法を使うとどうしても痕跡が残ってしまうものだ。
だが俺は違う。
事前に魔法なりマジックアイテムなりでセンサーを設置されている場合を除けば、その痕跡を完璧に消す事が可能だ。
因みに、公国の首都にはその手の物が張り巡らされてあったので、今回アーク達の為に首都で結界を張ったり魔法で転移させた事はバレてたりする。
すぐに特定される様な事はないだろうから慌てる必要はないが、それでもある程度時間をかければ、転移先であるこの場所まで辿り着くはずだ。
更に言うなら、それもまた作戦の内だったりする。
第三王子側に転移魔法を使える者が居ると分かれば、他の王子達の警戒度はマックスに跳ね上がるだろうからな。
ますます彼らは第三王子を放置できなくなると言う訳である。
「更に付け加えるならば……第三王子の御心の傷を、聖女様の魔法でなら癒す事も可能であるかと」
第三王子は拷問を受けていた。
放っておけば、そのうち死んでいたであろう程酷い拷問を。
体の傷は癒せても、その体験は、まだ10代の少年の大きな心の傷となった事だろう。
場合によっては、トラウマからレイバン以上の引き篭もりになる可能性だってある。
だが聖女なら、その傷を神聖魔法で癒してやる事も可能だ。
「王子様の心の傷……」
俺に指摘され、ローラの表情がハッとなる。
第三王子がずっと気絶しっぱなしだったのと、緊張状態が続いた事で思い至らなかったのだろう。
トラウマを抱えてるかもしれない可能性に。
「話だけ聞く限り、良い事尽くめだな」
それまで黙って話を聞くだけだったタルクが口を開いた。
良い事尽くめ。
そう、良い事尽くめだ。
正に彼らにとってこの提案は、降って湧いた幸運と言っていいだろう。
「ただ、あんまり助けてくれた相手に失礼な事は言いたくないんだが……条件が良すぎると、逆に怪しく感じちまう」
だからこそ怪しいとタルクは言う。
古今東西、詐欺師は騙す相手に耳当たりと都合の良い事ばかり並べる立てるの上等手段だからな。
比較的人生経験豊富な彼がそれを疑うの当然だ。
「まあ疑うのも仕方ありませんね。ただ……そうですね、私が第三王子を害する意思がない事でしたら、この場で証明する事は可能です」
此方に害意がない事を示す事は比較的容易い。
「ほう。参考までに、そりゃどうやって証明するんだ?」
タルクに聞かれ、俺はテーブルの上に置いてある紙ナプキンを手に摘まむ。
そして彼の背後に回り、その無防備な首筋にナプキンの角を軽く押しあてた。
その動きに反応を示す物はいない。
エーツーを除き。
それもその筈、俺は彼らではとらえきれない速度で動いたからだ。
「この様に」
「「「「――っ!?」」」」
アーク達が異変に気付き、絶句する。
彼らからすれば目の前にいたはずの俺が、急にタルクの背後に現れた様に見えたのだから当然だ。
「ま、マジかよ……」
タルクが恐る恐る振り向き、驚愕の眼差しを俺に送る。
これがもし紙ナプキンではなく刃物だったなら、彼は今頃あの世行きだった。
これで、俺の力が良く分かっただろう。
「むう、やはり感じていた力は本物だったでござるか……」
アークやニンジャマンは俺の力に気付いていた。
ローラも薄々感づいていた節はある。
だがそれは感覚的なふわっとした物であるため、確信とはならない。
だから証明したのだ。
ハッキリと。
俺がその気になれば、この場の人間をあっという間に皆殺しにし、第三王子を連れ去る事が可能である事を。
「私に第三王子を害する意思があるのならば、既に皆様をその手にかけているかと」
殺すなり、誘拐するなり。
どちらにせよ、俺が彼らを生かしておく理由などないからな。
害するつもりなら。
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