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第62話 使者

コーガス侯爵領の端に急造で立てた簡易な砦に、客人がやって来た。

相手はミドルズ公国からの使者だ。


「聖女様に御用があると?」


「うむ」


用事があるのは侯爵家ではなく、その地に留まっている聖女だ。


ミドルズ公国の公王は近年体調を崩し、もう先は長くないと噂されていた。

異国にいる聖女に遣いをやる辺り、噂は本当で、いよいよ危なくなってきているのだろうと思われる。


藁にもすがるって奴だな。


「王家からも許可は頂いている。領地に入らせて貰うぞ」


他国の使者は国に入る際は勿論の事だが、領地ごとに領主の許可を取らなければその地に入る事が出来ない様になっている。

だからわざわざ許可を取りに来たのだ。


「わかりました。確認が必要となりますので、数日お待ちください」


応対しているのは俺の分身である一介の騎士――まあ一介とは言っても、この砦のトップではあるが――だ。

当然、その権限で勝手に許可を出す事は出来ない。

なので使者に待つように伝えると――


「なんだと!?こちらは急いでいるというのに数日待てだと!ふざけているのか!?」


「申し訳ありませんが、領主様の許可なくお通しする事は出来かねます。この砦で数日お待ちください」


使者が激高する様に文句を言って来るが、此方は冷静に返す。

どれだけ駄々をこねようが、俺が彼らに便宜を図る様な事はない。


……恩義を踏み倒す屑王家の遣いだからな。


100年前。

魔王と世界各国との戦いにおいて、当時前線で戦っていたミドルズ公国の王太子は、率いた軍勢を魔王軍に囲まれ絶体絶命の危機に陥った事があった。


袋小路に詰められ、どう考えても助けようのない絶望的な状況。

そこで公国が泣きついたのが、コーガス侯爵家――つまり俺だ。

その時点で勇者として名を馳せていたからな。


他所の国に貸しを作れるならと俺はその頼みを引き受け、見事王太子の救出を成功させる。

そしてミドルズ公国からその報酬として、コーガス侯爵家に問題が起きた際、何を置いても助力するという約束を得ている。


――だが、その約束は果たされる事はなかった。


30年前。

コーガス侯爵家が例の件で窮地に立たされた時、侯爵家は当時の約束を信じてミドルズ公国に助力を求めた。


だが、公国はその縋りを跳ねのけてしまう。

王国で大罪を犯した侯爵家への沙汰に干渉する事は、内政干渉に当たると言って。


まあ実際その通りだろう。

一族全員処刑されてもおかしくない様な、国政に大きく影響する用な罪だった訳だからな。

それを何とかしようと下手に干渉すれば、両国の関係がこじれるのは目に見えていた。


だからその事については仕方がなかった事だと、俺もある程度は納得している。

いくら恩義があるとは言え、最悪戦争に発展しかねない様なリスクを負う訳にはいかないだろうからな。


問題はその先だ。


爵位こそ残った物の、領地と財産を取り上げられた貴族が真面に生活できる訳もない。

そこでコーガス侯爵家は再び公国に援助を求めたのだ。

没落した家門への経済的な援助だけならば、と。


だが公国はその頼みも跳ねのけてしまう。

支援をしたのでは、刑罰の意味が無くなってしまうという理由で。


まあ確かに罪を犯し罰として地に落とされているのだから、それを助けて楽にするのは道理に合わないと言えるだろう。


だがそれはあくまでも、恩義のない一般的な見方での話である。

苦しい時にこそ手を差し伸べるのが恩返しという物だ。

それをしないでいつ恩を返すというのか?


もちろん、自力で再興する芽があったならその判断も分からなくはない。

だが当時の状況を鑑みるに、侯爵家が自力で復興できる芽などは全くなかった。


放っておけばいずれ消えてなくなる事が分かっておきながら、ミドルズ公国は何もしようとしなかったのだ。


――それはつまり、受けた恩義を返さず放棄した事を意味している。


まったくふざけた話としか言いようがない。

当然だが、そんな真似をされて俺が公国に良い印象を感じる訳も無く。

なんなら、コーガス侯爵家の復興が一段落したら何らかの形で報復してやろうとさえ考えていたレベルである。


そんな奴らが向こうから飛び込んで来たのだ。

丁寧におもてなししてやるさ。


えーっと、聖女様の力を借りたいんだっけか?


恩を踏み倒されたコーガス侯爵家に仕える、俺の配下の聖女の力を。


いいぜ、貸してやるよ。

その対価は死ぬほど高くつく事になるがな。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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