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ダブルス!  作者: 和貴
28/30

28、お役目御免?

その日、徳永先輩の言葉に悶々としながら、俺は九時過ぎに寮へ帰った。晩御飯の時間は六時から八時半までとなっているから、この日はコンビニでご当地名物フェアの焼き鳥弁当を買って部屋で食べようとしていた。

「旨そうじゃな」

「じっちゃんはもう食ったんだろ? これは俺の晩メシだから、遣んねーよ」

部屋でドッカと胡坐を掻いて弁当の包みを開けると、もう匂いに反応したじっちゃんが壁の大穴から遣って来た。

「まあそう言わずに。どれ、一口」

「わ? なにすんだよ!」

干からびた手が伸びて来るが、俺はその手をスッとかわして両手で頭上高く弁当を持ち上げる。

「ええいもう。硬い事言うない」

「嫌だよ。俺んだ。じっちゃんはもう食っただろ?」

じっちゃんは何度も手を伸ばし、俺はその都度弁当を高くささげて難を逃れる。

二人の攻防が繰り広げられる最中、突然俺の頭上よりもさらに高く、真っ白い獣がひらりと身軽に飛び越える。

「あ! かりん!」

かりんは俺の頭上を軽々と飛び越えたついでに、俺の鳥弁の焼き鳥をくすねている。

デブの癖にこう言う時だけ身軽なのは何故だ? でも、今もデブだがコーギーの短足スタイルじゃない。

畳に座っていた俺の座高よりも遥か上を優雅に飛び越えて……太ってしまったから、ぽてっ☆ って感じで着地した。自慢の真っ白い九尾が、かりんの着地した後に、ドレスのトレーンみたいにふわりと拡がる。

「ん~、ゴチになったねぇ」

「わー! かりんテメェ! ンなことすっからデブるんだ!」

俺のオカズを……

「美味しい物はみんなで分けないと。ねえじいさん」

「ああ、うん! こりゃあ美味いわい」

かりんに気を取られている隙に、じっちゃんからも摘み食いされて、気が付けば白米だけになってるし。

部活で苦労して、寮でもコレかよ? いい加減にしてくれよ。

「んな……クソじじいにクソ狐ぇえええ~~~。食い物の恨みは恐ろしいんだぞ!」

「お、落ち着けコウ」

「そ、そうだよ」

俺の握った拳にクッキリと静脈の青筋が浮かび上がり、それを眼にしたじっちゃんとかりんがドン引きする。

「これが落ち着いて居られるかぁ!」

「昴様の事でな……まあちょっと聞けや」

怒りMAX状態になって、我を見失い掛けていた俺は、急に静かに喋り始めたじっちゃんの言葉に驚いた。

「お前も、昴様の事でいろいろ苦労を掛けたようじゃの。わしはかりんと交代でお前たちを見守っておったが、今朝、昴様の御父上の航太様からお前の『いとま』を戴いた」

「は? 『イトマ』ってなに?」

「ネットでググレ! このたわけ! わしらならまだしも、コウ、お前の世代での主従関係を強いる必要性は無いと言われた。奇しくも同級生同士。ならばお互い同じ目線で居れば良いとのお達しじゃ」

「って、俺はそのう……意識はしていたけど表だって行動なんかしていないし……」

「それで良いのさ。昴様のご入学時より、航太様――『御館様』は、友人を作らない孤独な昴様をずっと気に病んでおられた。夢を諦めてしまい誰にも心を開く事がなかった昴様を、きっかけはどうであれ、お前がその閉ざしていた心を解放したんだよ。そんなお前に感謝こそすれ、隷属させるなんてとんでもないってさ。今後も良き友として居て欲しいと言われたんだよ。ま、時代遅れの御庭番は、あたしらの代で終わりさね。修行なんぞさせて悪かったねぇ」

「じゃ、じゃあ、それって本田と対等な立場で居られるって……主従関係を気にしなくても良いってコトか?」

つっても、脳内では主従関係云々を意識してはいたが、実際には常に対等な立場のつもりだったがな。

待てよ? じっちゃんもかりんもやっぱり俺の高校生活を監視していたんじゃないか。

でもまあ……主従関係を気にしなくても良いってコトで……晴れて自由の身だぁ~~~!


鳥弁当事件以来……かは定かじゃねーが、何故か本田とペアになってゲームをしていても、本田から標的にされなくなった。

裏を返せば、やっぱり本田がワザと俺を狙ってサービスやリターンを打ち込んでいたって事だが、それって俺が本田を『御館様』として見ている事に、本人が気付いていたから……なんだろうか?

まあ、謎だけど、もうそれは問題無いってコトで。


「全員揃ったか?」

「ハイ」

「じゃあ、宿舎へ移動するぞ」

連休初日の練習が終わった後で、主将は部員全員を呼び集めた。宿舎へ移動するために手配していたニ台のミニバスへ別れて乗り込むように指示を出す。

俺は練習が終わった後でもまだ息が乱れている本田を気遣い、声を掛けた。

「大丈夫か? まだクールダウンが十分出来ていないんじゃないか?」

「う、うるさい。放っておけよ」

口を尖らせて不機嫌にする本田に、俺はいつもとは違う違和感を覚えていた。脈拍が速いし、顔色も余り良くない。このまま他のみんなと一緒に宿泊して良いものなのかと不安になる。

「今日だけでもお前は家に帰った方が良くないか?」

「駄目なら自分で判断して家に連絡する。要らない気を遣うな」

本田は乗車して最後部の窓際に陣取ると、ジャンパーを掛け毛布代わりにしてもう寝息を立てていた。

「そうか? 良いのなら……じゃあ」

本田には悪いが、俺はこの合宿が初めての体験だ。大勢で寝泊まりするなんて今までに無かったから、楽しみで仕方が無い。もちろん、他の一年も俺と似たり寄ったりで、この合宿を楽しみにしていたらしい。

「本田、もう寝たのか? 夕飯が終わったら、風呂に入る前に一年だけで『肝試し』があるってのに」

「ああ。着いたら起きるだろ。その『肝試し』って?」

まだ夏じゃねーのになんで? オカルト系が超苦手な俺としては、出来る事なら回避したい。

「明神知らねーの? なんかさー、新入生歓迎を兼ねての恒例行事らしいぞ」

「宿泊施設が山ん中にあるんだって。で、夜のオリエンテーリング。毎年四、五人は迷子になって、一山越えた向こう側の火葬場で、役場の人に保護されるんだってさ」

うわ~~~、絶対勘弁!


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