11、ひとり試合?
『ウオー』と言う悲鳴交じりの雄叫びがした。
「っぶねーな!」
「しっかりしろよ!」
俺へのヤジが飛ぶ。
「サーティラブ」
な、なんだ? 何が起こった?
自分に起きた事が信じられなくて、俺は飛んで行ったラケットの方を見ながら呆然と立ち尽くす。
あんな小柄なヤツのサービスで……俺が構えていたのに吹き飛ばしやがった。見た目パワーも全然無いサービスだと思ったのに。
ボールの芯を捕らえ損なった事と、俺の振り遅れが重なったせいでフレームが本田の球威に押し負かされたんだとは思うんだが……でも、あのコンパクトな体型であんなに重いサービスが打てるものなのか?
俺はラケットを握っていた左の掌を開いて視線を落とした。
弾き飛ばされた瞬間の掌に奔った痺れがまだ残っている。
「明神、早くラケット取りに行け」
「あ、ハイ」
先輩の声に我に返る。
「ドンマイ明神!」
「気圧されてンじゃねーぞ」
慌てて拾いに行くと、みんなから温かく応援された。
「そうそう! 一球で良いんだからさっさとリターン決めて終わらせろよ」
先輩から簡単に言い切られてしまった。
フレームだけのラケット対戦、俺的にはそんなに難しくはないと甘く見ていたんが……相手がちょっと悪かった。
ベースラインに立ち、左手でボールを地面についている姿からは、ブランクがあったとは思えないほどの鋭い気迫を感じる……って、そりゃあそうだ。本田は元県大会の優勝者。いい加減な気持ちで対戦すれば、手痛いお返しを喰らってしまうのは必須だ。
そんな事を考えながら視線を泳がせると、偶然本田と眼が合った。
「舐めるなよ。簡単に返せるとでも思っていたのか?」
出たよ上から目線。
まだ気迫十分じゃねーか。リタイヤするのは速過ぎるって。
俺と眼が合った瞬間、本田はフンと鼻で笑うと、一層神経を尖らせて俺を睨み付けた。
再びゆっくりとしたトスアップで身体を精一杯しならせて『タメ』を作り、サービスモーションに移る。
今度こそ、捉えてやる!
そう思って身構えたのに……アイツのファーストサーブは一直線にネットへ突っ込んだ。
「フォールト」
「よっしゃあ、チャンスだ明神!」
ファーストサービスに失敗した途端、空気が変わった。アイツから急に覇気が感じられなくなったんだ。
ファーストで失敗しても、セカンドで入れれば問題無いんだし……と思ったんだが……
「ダブルフォルト。サーティ・フィフティーン」
「サーティオール」
「フォーティ・サーティ」
「デュース」
「アドバンテージ・サーバー」
「デュース」
待て待て待てぇえええ~~~!
俺は何にも遣っちゃいねーのに、勝手にポイントが入って行く。本田のヤツがサービスで失敗を繰り返していたからだ。
「明神ファイト!」
「とにかく当てろ」
ギャラリーは熱くなっているみたいだが、俺自身はなんだかな~。リターン出来なくても本田が勝手に自滅してくれているから、本田の得点に追い縋るようにして点がどんどん入って行く。
……なんか俺、必要ないんじゃ……
ラケットを弾かれずに持ち堪えるコツを掴んだが、とにかく本田のサービスは今まで俺が受けたどのサービスよりも速くて重い。コントロールが利かずに、ホームランばかりで全くリターン出来なかった。
やっぱスゲーよ本田と感心しながらアイツを見たら、ワンセットも終わっていないのにもう肩が大きく上下している。
「アウト! ゲーム」
やっとこさ本田は自力で一ゲームを取った。
事故で怪我を負ってから、真面目にリハビリを遣って居ないのがバレバレだ。サービスが一番攻撃に有利な分、消耗も激しい。先ずは体力を付けないと四ゲームなんか無理だろう。
考え事をしていたら、本田がボールを投げて遣した。
「ほら、次、お前のサービス」
「良いのか? このまま続けても」
「はあ? 何言ってる?」
「お前、百歳のじいちゃんみたいだ」
死に掛けてるだろ。
「何だと?」
「いやマジで。そんなに息が上がってるのに、ゲームなんか続けられないだろうが」
そう言った途端、本田は顔を真っ赤にして怒り出した。
「黙れ! 侮辱するな!」
「侮辱って……いや、そんな気は全く無い。第一、コイツできっちり返せると思っていたのに出来なかった」
『それだけお前が上手いって事だよ』と言おうとしたのに、その台詞を阻まれた。
「まだ終わってない!」
尋常じゃ無い荒い息を吐きながら、滝のように汗が顎を伝って滴り落ちている。本田は右手首にしていたリストバンドでその汗をぐいと拭い、大きく深呼吸を繰り返して荒くなった呼吸を整える。
「打ってこい!」
俺から馬鹿にされたと勝手に勘違いしているらしい本田は、ムキになってベースライン近くのバックコートでラケットを構えた。




