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酒の町

 セントモル公国東部、バッカス。

 この町は農業が盛んで、町で栽培している果実から作られた果実酒は、甘みと爽やかな後味が売りの酒らしく、人間界に広く出荷されている。もちろん町の人は酒好きが多く、公国内では酒の聖地とまで言われている。


「さあ! 行くぞ大志!」


 町の手前で地上に降りた俺たち。サラは、町へさっさと進んでいく。……サラはなぜか、凄まじく浮かれている。


(もしかして……酒が好きなのか?)


 サラは10代のはずなんだけど……この世界の酒の成人規制ってのは緩いのかもしれない。ていうか、むしろ成人年齢って存在するのだろうか……


「大志! 早くしろ!」


「あ、ああ……」


 そそくさと俺を置いて町に入るサラ。何だろうか、この疎外感は……



 町に入ると、益々酒の匂いが充満していた。

 俺たちが町に入った頃には日が暮れていたので、町は煌びやかな光に包まれていた。通り沿いの建物には所狭しと酒屋の看板が並び、バーも十数メートル置きに営業している。これだけ酒屋が多いと、どこもかしこも客の取り合いかと思いきや……店同士で酒の飲み合いをしてるらしく、むしろ町そのものが一つの店のような状態になっているとか。

 そこら中に酒瓶片手で陽気に歩き回るオッサンたちがいる。酒の聖地とはよく言ったものだ。ただの飲んだくれの集まる町のようにも見えるが。


 サラはというと、街並みをあちこち見まわしていた。

 右を見たかと思えば左を見て、前を見ていたかと思えば後ろを振り返って……

 よくもまあそんなに見るところがあるものだと、感心をしてしまう。


「……なあサラ。もしかして、酒が好きなのか?」


「そ、そんなわけないだろ! 私は騎士だぞ!?」


「そうか? そうは見えないが……」


「わ、私は、酒なんて飲んだこともないんだ! 好きかどうかも、分かるわけないだろ!」


「ま、まじで?」


「ああ……悪いか?」


「い、いや……」


 だったら、あのハシャギ様は何だったのだろうか……


「それは、まあ……一度は飲んでみたいとは思っていたけど……」


(あ、なるほど……)


 要するに、飲んだこともない酒を一度でいいから飲んでみたいという好奇心があったってことか。さしずめ、あのハシャギ様は、初めて来た遊園地で張り切る少女ってところか……

 暇があれば、一度経験させてみるとしよう。


「とりあえず、話を聞いてみるか……」


 手当たり次第話を聞いても分かりはしないだろう。ここは、狙いを澄ましてピンポイント攻撃をしてみることにしよう。


 ギルドのオッサンの話では、フェルトは若い男らしい。ということは、若い男の方が知っているのかもしれない。

 もっとも、酒好きらしいから、あんまり関係ないかもしれないが……


「さて、どうしたものか……」


「そこのお嬢さん……」


 ふと、酒の匂いを漂わせた若い男が話しかけてきた。


「ん?」


「お前じゃねえよ。僕が話しかけたのは、そこのお嬢さんなんだよ」


 俺が反応した瞬間、あからさまに嫌な顔をして、男は俺に手で“どっかに行け”とジェスチャーをした。


「わ、私か?」


「そうですよ美しいお嬢さん。この僕と2人で夜の星空を見ながら、大人の時間を過ごしてみませんか?」


 そう言って男はサラの手を握る。


「ちょ、ちょっと……!」


 サラは凄まじく慌てていた。

 ソイツは、絵に描いたような女好きの男のようだ。色鮮やかな派手な服を来て、サングラスをかけている。髪は金髪で逆立っていた。同じ金髪でも、リヒトとは全く違うタイプのようだ。


 ……と、マジマジと観察していた俺だったが、さっきからサラが助けてくれ的な視線を送り続けていることにようやく気付いた。相変わらず、こういう輩や話が苦手なようで、顔には焦りの色が出まくっていた。


(しょうがねえなぁ……)


「あ、悪い。俺の連れ、こういう展開慣れてねえんだ。アンタが期待するようなことにはならないと思うぞ?」


「え!? そうなの!? ……素晴らしい!!」


「へ?」


 男は、更に目を輝かせ始めた。そして、更に熱くサラに詰め寄る。


「その汚れを知らない純真無垢な貴方こそ、僕が求めていた女性です! ぜひ、一度お食事にでも!!」


(更に悪化してるし……)


 ふと、思い付いた。

 コイツは見た目も若い。もしかしたら、フェルトのことを知ってるかもしれない。知らなくても、噂くらいは聞いてるかもしれない。


「なあ、アンタ、フェルトって奴知ってるか?」


「あ? フェルト?」


「そうそう。俺たち、ソイツを探してるんだよ」


「……ああ。アイツならよく知ってるよ。少し前にこの町に来たんだが……アイツに、何か用なのか?」


(マジか! いきなり知り合いと遭遇するとは……なんと強運!!)


 神様なんて信じちゃいないが、いたらキスしてやりたい。幸先がいいにも程がある。


「なあ、フェルトはどこにいるんだ?」


「……だから、アイツに何の用だよ」


 少し興奮気味に見えたのかもしれない。男はすんげえ怪しむ目で俺を見てきた。


(あ、ちょっとマズいかも……)


 忘れていたが、フェルトは追われる身だった。用件も告げずに居場所を聞いてしまっては、警戒するのも当然だろう。

 怪しむ男を見たサラは、俺に続くように男に話す。 


「……私たちは、別に追っ手などではない。ただ単純に、フェルトに仕事の話をしに来ただけなんだ。居場所を知っているなら教えてくれないか?」


「お嬢さんがそこまで言うのなら、お教えしましょう」


 男は、それまで俺に向けていた視線と180度違う、優しい視線をサラに送っていた。


(……なんか、腹立つんだが……)


「ただし! 1つ条件があります」


「条件?」


「僕と、一緒にお食事をしていただけませんか? もちろん、そこの野郎抜きで」


 男は親指で俺をクイッと指す。なんとまあ、色んな意味で自分に素直な奴だこと。


「そ、そんなこと出来るわけが――!!」


(やべっ!!)


 断ろうとするサラの手を引き、一度男から離す。


「ちょっと待っててくれ!」


 そして男から少し離れ、サラの肩に手を回し、耳に口を近付ける。


「お、おい大志! 何を――!!」


「いいから聞け! ……これは、大チャンスだ。いきなりフェルトの知り合いらしき人物が現れたんだ。使わない手はない。だから、ちょっと飯食って来い」


「わ、私を差し出すつもりか!?」


「大丈夫だって。俺も後から付けるから。電磁フィールド使って、男が妙な行動取ろうとしたらすぐ助けに行くから。だから、安心しろ」


 サラは口を閉ざす。何かを必死に考え込んでいた。そらまあ、色恋沙汰に無頓着だったから、男と2人で食事するのには抵抗があるのは分かる。だが、この機会を逃しては、次に知り合いに出会うのはいつになることやら……。

 なんとしても、ここはサラに頑張ってもらいたい。


「……分かったよ」


 サラはようやく口を開き、俺の案に同意をしてくれた。


「よっしゃ! 何とかフェルトの場所を聞き出すんだぞ?」


「それは分かってるが……ちゃんと近くにいるんだぞ?」


「分かってるって」


(……ていうか、男が何かしてきたら、俺が助ける前にサラが男をコテンパンにしそうな気がするが)


 それは置いといて、2人で男のところへ戻っていく。


「やあやあ、待たせたな。俺がちゃんと話を通したから、サラも了承した」


「おお! さすが兄弟! 話が分かる奴で良かった!!」


(誰が兄弟だよ、誰が)


「さあ、サラ。行こうか……」


 再びサラの手を取る男。ていうか既に呼び捨てになってるし。抜け目がないというか何というか……


「あ、ああ……」


 サラは、一度俺に視線を送る。それを受けた俺は一度頷き、サラの周囲に微弱な電波を帯びさせた。


(これで、サラがどこに行っても分かるな。魔法って奴は本当に便利だ)


 そして男とサラは俺の前から歩き去って行った。

 俺もまた、サラの電波を追って、2人の歩いた道を辿るのであった。





 ~~~~~~~~~~





 男とサラが向かったのは、町の隅にある小さなバー。人気のない路地を入って行った先にあるその店は、隠れ家のような雰囲気だった。


(野郎……俺に見つからないような場所に入りやがったな?)


 男は、俺を撒くつもりだったようだ。ウロウロと回り道をしながら店に向かっていたし。

 もし魔法を使っていなければ、おそらく撒かれていただろう。地元の奴しかしらないような小道を駆使した奴は、よほどサラと2人きりになりたかったようだ。


 電磁フィールドを使い、中の様子を(うかが)う。中にはサラと男の他に客は1人。従業員も1人。人も少なく、監視もし易い状況だった。


(今のところ、特別動きはないな……)


 それにしても気がかりなことがある。

 フェルトは、首都では重罪人として手配されていたはずだが、この町にはその手配書を1枚たりとも見ていない。

 それに男の話から推測するに、フェルトはこの町に頻繁に出入りしているようだ。仮にも重罪人が、そんなにウロウロしてていいのだろうか。フェルト自身、無防備過ぎる気がする。

 変わり者らしいので、それだけ図太い神経なだけなのかもしれないが……



「――た、助けてくれ!!!」


 思考を巡らせていた俺の耳に、突然悲鳴が聞こえた。


「何だ!?」


 声は、サラ達が入ったバーからだった。店からは、声の主と思われる別の客が逃げ出していた。


(チッ!! もしかして、何かあったのか!?)


 急いで店に向かう。


 木の扉を勢いよく開け、中に向かって叫んだ。


「サラ!! 何かあったのか!!??」


 店の中は、テーブルがいくつもひっくり返されていた。カウンターにいる店主は、隅に隠れてガタガタ震えている。

 そして、店内の中心に立っていたのは……サラだった。

 その横には、床に倒れる男。


「さ、サラ?」


 俺の問いかけに、ゆっくりと振り向くサラ。


「……大志か……」


 顔が赤い。目が据わっている。

 その表情は、どこかで見たものだった。


(こ、これは……!!)


「――大志ぃ!!!」


 突如、叫び声を上げるサラ。いつもと違い、荒々しい声だった。


「な、何だよ……」


「――ここに、座れ!!」


 サラは、床を指差していた。


「…………は?」


「いいから座れ!!」


 いきなりそんなことを言われても訳が分からないので、とりあえずサラの前に行く。


「……で? 何だよ……」


「私は座れと言ったんだが?」


「別にいいだろ?」


「フン! まあいい……。大志!! 私は悲しいぞ!!」


「な、何が?」


「仮にも女性であるこの私を、見ず知らない男と2人で行かせるとは……お前に、男としての自覚はあるのか!?」


「な、何だって?」


「貴様は私を何だと思ってるんだ!? 男とでも思ってるのか!? どうなんだ!? 大志!!」


 とにかく叫び散らすサラ。……そう、それは、紛うことなくあの“種別”だった。


(こ、コイツ、酔っ払ってやがる……)


 酒乱……その言葉が、一番しっくりくる。普段の気高い雰囲気なんてどこ吹く風。完全に別人格に変貌を遂げていた。

 サラの話を聞き流しつつ、床に横たわる男にそっと話しかける。


「……お前、何したんだよ」


 男は顔をゆっくりとこちらに向けながら話す。


「……ちょ、ちょっとだけ、酒を飲ませただけだよ……。酔わせて、そのあと家に連れ込むつもりだったんだが……」


(なるほど。そのつもりが、ここまで酒癖が悪いとは思わず、見事にやられたわけか……)


 哀れ。何とも哀れ。自業自得とも言うが、このままでは貴重な情報が聞けなくなってしまう。


「おい。こうなったのもお前のせいなんだろ? だったら責任を取れ」


「な……何……?」


「ちょっとコイツを大人しくさせるから、俺らをお前の家に泊めろ。で、フェルトのことを俺に教えてくれ」


「……なぜ僕がそんなことを……」


「だったら、俺は出ていくぞ。朝までサラの説教に付き合うことだな」


 その瞬間、男は表情を青くさせた。いったいどんな目に遭ったのやら……


「くっ……止む無し、か……。分かった。そうしよう」


 男は、悔しそうに表情を歪ませた。


「よし……」


 男の返事を受けた俺は、視線をサラに戻す。


「おい! 聞いているのか大志!!」


「はいはい。聞いてるよ」


 適当に返事をしながら、サラにそっと近づいて行く。


(サラは色恋沙汰が苦手だ。それは、おそらく酒が入った程度では変わらないだろう。だったら、大人しくさせるにはこれが一番効果的だ)


 そして、俺はサラの体を抱き締めてみた。


「なっ――――!!???」


 案の定、サラは固まってしまった。

 その瞬間を狙って、軽く電撃をサラに走らせる。もちろん、周囲に分からないように。


「――――」


 サラは、体中から力を抜き、意識を失った。酒が入っていたこともあり、すんなり気絶してくれたから助かった。こんなとこで魔法でも使われた日には、俺らは町から追い出されていたかもしれない。


 

 その後、俺と男は店主に謝り、店の片付けをして、男の家に向かった。





 ~~~~~~~~~~




 

 男の家は、町から少し離れたところにある、小屋のような家だった。中は小さく、家具も必要最低限のものしかない。実に殺風景な家だった。

 とりあえず、サラをベッドに寝せた。


「ああ……焦った……。まさか、ここまで酒癖が悪いとはな……」


 男は室内にある椅子にドカッと座り、胸を撫で下ろしていた。


「何事も、すんなり思い通りにいくことは少ないもんだ。……それより、さっそくで悪いが、フェルトのことについて何だが……」


「ああ、そうだったな……。で? 用件は何だよ」


「それは、フェルトに直接話す。フェルトの場所を教えてくれ」


「いや、だから何だよ」


「だから……」


 そして、俺は気付いた。この男が言っている意味を。


(……もしかして)


「……ようやく、気付いたか」


 男は、座っていた椅子を静かに立った。

 そして、俺に向かいハッキリとした口調で話す。


「僕がフェルトだ。正確には、“僕の中にいるもう一人”が、アンタらが探している方なんだろうけど。

 ……一応、初めましてって言っておこうか」


 

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