森で来たるは招待状
街外れの街道をトボトボ歩く俺とソフィア。
終始無言のまま、風の音だけが耳を通りすぎていた。その風に流されて、雲が足早に彼方に飛んでいっている。周りは草花が揺れ、横を流れる川のせせらぎが重い空気を懸命に払拭しようとしているようだった。
特に目的地なんてなかった。どこまでも続くかのような道を、ただひたすらに歩き続けていた。
そんな沈黙の中、後ろを歩くソフィアが話し出した。
「……さっきは、悪かったな」
「何がだよ」
「勝手に店を飛び出して、騒ぎを起こして……」
なんだかすっかりしおらしくなったソフィア。目を伏せながら声だけを向けてきた。
「……お前でも謝ることがあるんだな」
「あ、当たり前だ! お前の主人として、お前に迷惑をかけたことについては、本当に悪かったって思ってる……
あれじゃ、お前は完全に魔族側の人間って思われただろうから……」
ソフィアは尻すぼみに言葉を小さくしていった。
そんなソフィアを見て、少しだけ強く息を吐いた。
「ま、俺は元々どっち側の人間でもないからな。気に入らないことがあれば言うし、それが人間か魔族かなんて興味はないさ。
だから、そんな顔すんなよ。俺はお前の家来なんだろ? 主人が家来にそんな顔見せたら、威厳もクソもねえんじゃねえか?」
「確かにそうだけど………」
「なら、もう何も言うな。ご主人さま」
「……大志。お前、本当に家来としての自覚があるのか? 主人を敬う気持ちが全く感じない」
ソフィアがジロリと睨む。
「はいはい、そんなことないですよ」
「その言い方は、やっぱりそうなんだな!?」
ソフィアは俺の前に飛び出して、顔を赤くしていた。
「ほらほらそんなに焦るなって。転ぶぞ?」
そんなソフィアの頭に手をポンと乗せ、先を進む。
俺としても、どっち側の人にもなるつもりはない。だけど、少なくともあの街ではソフィアが言う通り、魔族側の人として捉えられただろう。敵の味方は敵でしかない。
それでも、あの状況でソフィアを放置は出来なかった。まだ少ししか一緒にいないけど、少なくともコイツは俺を必要としてくれた。家来云々は到底受け入れられないが、ゴミのように腐った人生を歩んでいた俺は、誰かに頼られることがとても嬉しかった。
嬉しかったからこそ、ソフィアが多人数に罵られることが我慢出来なかった。
……いや、違うな。たぶんあの時のソフィアは、俺に見えたんだと思う。他人から罵倒され、卑下され、そんな視線に拳を握るしかないソフィアに、自分の姿を見たんだと思う。
これが、この世界の形。この世界の日常。この世界の今……
(本物の勇者は、どう思ってるんだろうな……)
ふと、そんなことを考えてしまった。世界を救った勇者。人々から尊敬を一心に受ける勇者。
そんな3人の勇者は、今の世界をどう見ているのだろうか……
~~~~~~~~~~
街道をしばらく歩いたところで、森に入った。
最初にいた森とは少し違う、暗く深い、どこか不気味な雰囲気だった。
そんな中を、やはり沈黙を保ったまま歩く二人。
……その時、周囲に用心のためレーダーのように張っていた電磁波に、反応を感じた。
数は2人。用心深く、付かず離れずを保っている。それからしばらく様子を見たが、距離を詰めることもせず、武器を構える気配もない。
(……何なんだよ)
目的が分からない。ぴったりと一定の距離を保ったまま物音を立てずに背後を付いてくる。その動きから、ただの盗賊でも旅人でもないようだ。相手の真意が分からない以上、こちらから仕掛けるのも止めた方がいいだろう。
埒があかない。
そう踏ん切りをつけた俺は、とりあえず、接触することにした。
その場に立ち止まり、後ろを振り向く。
「大志? どうしたんだよ」
ソフィアは気付いていないようだ。険しい顔をする俺を見て、どこか不安な表情を浮かべていた。
「ソフィア、俺の後ろにいろ」
「……あ、ああ」
ソフィアは、戸惑いながらも俺の後ろに身を隠した。
「――さっきから付いて来てるアンタら。何か用か?」
薄暗い森からは、何一つの反応もない。
まだ用心しているようだ。一向に狙いは分からない。
警戒レベルを上げ、手足に雷を帯びさせる。
「……出てこない気か? だったら、この森を吹き飛ばして顔を出させるまでだぞ?」
バチバチと、大げさに電気を発生させた。
「――いやいや、流石です」
森の奥から、男の声が聞こえた。そして、草むらの陰から人影が2つ現れる。
二人は、黒いフードを頭から被っていた。闇に紛れるためだろうか。はっきりとは分からないが、二人とも男のようだ。
そして片方の男が、さっきの口調で話し出した。
「誤解を招く真似をして申し訳ありません。私たちに敵意はありません。どうか、雷を収め下さい」
「……」
言葉に他意はないようだった。手足に帯びさせた雷を解除する。でも、周囲の電磁波はそのままにした。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げる男達。
「で? 何の用だ?」
「……では、さっそくですが、本題に入らせていただきます。私達は、“とある御方達”の使いの者です。雷の先天魔法を使われる貴方へ伝言を受けましたので、それを伝えに来ました」
「とある御方達?」
男は、少し間を取った。
「……勇者様です」
「―――!!!!」
ソフィアは、驚愕していた。俺の体から身を乗り出し、目を丸くして男たちを見つめる。
「……勇者が?」
「はい。では、伝言を――
『雷の先天魔法を使う者よ。お前は選ばれた。世界を救うため、力を貸してほしい。願わくば、セントモル公国首都まで参上を願う。
我ら“三剣勇者”は待っている』
――以上が、伝言となります」
それは、紛れもなく招待状だった。
「勇者からの、招待状……」
「大志止めとけよ!! 勇者3人が待ってるなんて普通じゃない!! 何かあるって!!!」
ソフィアは取り乱しながら俺の裾を引っ張って叫んだ。その様子から、尋常ではない状況になっていることが理解できた。
村長は言った。勇者は、国を加護すると。セントモル公国は勇者リヒトの加護を受けていると。
つまり勇者とは、3国の代表に近い位置にいるのだろう。それが3人も集まっている。そして、俺を待っている。
……確かに、異常だ。
(……でも、いい機会かもな)
「返事は、明日以降でも構いません。明日のこの場所で、お待ちして――」
「いや、行くよ」
「――ちょ、ちょっと大志!!??」
「……左様ですか。ならば、そうお伝えします。
では、これにて失礼します」
「ああ。明日には行くって伝えてくれ」
「かしこまりました。では……」
男たちは立ち去った。
その後、ソフィアは俺に詰め寄ってきた。胸ぐらを掴みながら、問い詰めてくる。
「何考えてんだよ!! 罠かもしれないんだぞ!!??」
「そうかもな……」
「そうかもなって……!!」
「落ち着けって。俺だって、何も考えてないわけじゃない。でも、危険だからお前はどっかで待っていて――」
「ふざけんなよ!! アタシは、アンタの主人だぞ!!?? アタシも行く!!!」
「……そうか」
実際、何か策があったわけじゃない。確かに罠かもしれないし、もしかしたら俺を捕えるつもりかもしれない。
……でも、俺は勇者と会ってみたかった。会って、確かめたいことがあった。
だから、少しでも本物の勇者と会える可能性があるなら、それに賭けてみたかった。
(……ま、もし何かあれば、最悪の場合全部吹き飛ばせばいいかな)
俺は、ソフィアの手を握る。
「行くぞソフィア」
「――ああ!!」
足に雷を纏い、空へ飛び出した。ソフィアは険しい表情のまま、俺の体を強く掴む。
そんなソフィアに一度だけ視線を送り、目の前の通り過ぎる雲を見つめた。
雲は、景色を俺たちに見せないかのように包む。それは、何かの前触れかもしれない。
それでも、俺は確かめることがあった。少しだけ胸の鼓動が高鳴る。
そんな鼓動の音を感じながら、俺はセントモル公国の首都を目指した。




