便箋49 鳥かご その6
「え!?」
「ちょっと! ちゃんと持ってて!」
驚いて床に落としそうになった。
って、いやいや!
「こ、これダークコンドルの卵なのか!?」
「だからそうだって。温めるために、弟のベッドに入れといたの。もう孵化色になってるから大丈夫だと思うけど、とりあえず手で持って温めつづけて」
「なんでこんなものがあるんだ? え、どういうことだ?」
「あいつがこないだ、ここに飛んできたのよ。こっそり」
「待て待て! あいつって、お前の使い魔だったダークコンドルか? その、あれだ、お前とケンカして砦から出て行った……あの!?」
「そう! あいつがこのタマゴ置いていったの!」
「えーっと、ちょっと待て。なんであのダークコンドルは、お前がここにいるのを知ってるんだ?」
「使い魔だもん。主人の居場所なんか、魔力でわかるに決まってるじゃん」
「き、決まってるのか。というか雌だったのかアイツ」
「オスだよ!」
「もう、なに言ってんだお前は。魔界じゃオスがタマゴ生むのか?」
「だれが生んだなんて言ったのよ。生んだのはあいつの番だよ。あいつはタマゴを咥えてきたってだけ」
「な、なんだそれ?」
「あいつ、ツガイになったメスに逃げられたんだって。それで、自分だけじゃ子供を育てられないとか言いやがんの」
「はあ?」
「それで私に押しつけに来たってわけ。知るかっつーの!」
「親としてどうなんだ、それは」
「でしょ!? そもそも私を裏切っといてさあ! 困ったら泣きついてくるとかふざけてない? しかも捨て子みたくタマゴだけ置いてくとかさあ!」
「おい落ちつけよ」
「アイツ、私に謝罪のひとことも無しに行っちゃったんだよ!? 主人だったら、使い魔を助ける義務があるとか言ってさあ」
「ある、だろうね」
「まあ、おかげで助かったけどさ。結果的に、あたらしい使い魔が手に入るわけだし」
「……あのな。そんな言いかたはないだろ」
「なんで? これで手紙を出せるわけじゃん。ひと月もすれば、魔鳥は飛べるようになるもん」
「そんなこと言ってるんじゃない。使い魔を、道具みたいに言うな」
「なによ?」
「お前、いまから生まれてくる鳥は大事にしてやれよ。また裏切られるぞ」
「私は使い魔を粗末にしたことなんか無いって!」
「すごいなお前、ホント」
「私はみんなを平等に働かせてあげるの! 魔獣だろうがモンスターだろうが差別なんかしないもん!」
「はいはい」
「なんその言いかた! そもそも……ちょっと待って。我はここに命ずるなり!」
「うお! なに!?」
「我は母なり、名前を与えよう!」
魔女は話を中断し、いきなり叫び出した。
今度こそタマゴを落っことすところだった。
「お、おいちょっとなんだよ!」
「あ、なにしてんの! ちゃんと持っててよ!」
「ふざけるな、心臓止まるかと思ったぞ! いきなりなに言ってんだ!」
「祝福魔法はじめるから、そのまま動かさないで!」
「し、しかしタマゴが……」
「動かないでったら!」
言われるがまま、しぶしぶ従う。
な、なんかタマゴが熱くなってきた。
「あの……なんかこれ熱くなってるんだが。それに微妙に動いてるぞ」
「もう生まれるよ、この子」
「なに!?」
「もうじき生まれる。冷まさないようにそのまま持ってて」
「いや、あの、お前が持ってくれないか」
「だから冷ましちゃダメなんだって! 私の手ェ、いま鉄甲なんだから無理! いいからじっとしてて!」
タマゴの赤黒い模様が、さらに濃くなってくる。
そして振動しはじめた。
「あっ……!」
「来た」
ピシッ。
殻にヒビが走る。
俺の手に包まれたタマゴが、さらに震えはじめた。
「ようこそ天使よ」
「へ?」
「呪文の詠唱中だから黙ってて。ようこそ悪魔よ」
「……」
天使か悪魔かどっちなんだ。
魔女が鉄の人差し指で、タマゴの亀裂をなぞる。触れるか触れないかギリギリのところで、文字を書くような動作をくりかえした。
「ようこそ君よ…………ハイ終わり。これで魔物の使役できるようになったよ」
「え、もう? いまので呪文終わりか?」
「だらだらクソ長い呪文が必要なほど、私は低レベルじゃないよ」
「あ、そう……」
パキ!
パキパキ!
タマゴが割れる。
小さな小さな割れ目から、クチバシの先端が見えた。小さな小さなクチバシで、いそがしく殻を破ろうとしている。
俺も魔女も、じっと様子を見守った。
俺はまばたきするのも忘れて見入ってしまった。
生まれてくるのは魔物。
それも、さっきまで捨て子だなんだとボロクソに言ってたはずのタマゴ。
なんでこんな小さなタマゴから、こんなにも生命の力強さを感じるのだ。
感情がこみ上げてくる。
「なあ魔女」
「なに?」
「かならず生きてここを出よう」
「うん」
「人間界まで一緒に逃げよう」
「うん」
「人間界に行ったら結婚してくれ」
「だめ」
「ダメか」
「人間界に行くまで待てない。いま結婚して」
「ああ、わかった」
「よし」
「俺たぶん、人間だから先に死んでしまうと思うが」
「うん」
「お尋ね者だし、人間界に着いたとたんに逮捕されるかもしれないが」
「うん」
「俺と結婚してくれますか、砦の魔女殿」
「……お受けします、ジバン・フレイ殿」
「これで、アダンに出す手紙は決まったな」
「ふふ!」
「結婚式の招待状を出そう」
「ふふふ!」




