便箋47 鳥かご その4
「アダンに助けに来てほしい。この城まで来てほしいの」
沈黙。
俺は……吹きだした。
「プッ。あ、は……はははは! なにを……ハハハ!」
「……」
「はは……冗談だよな?」
「冗談じゃない。とにかくアダンに来てもらわないとマズいのよ」
「な、な、な、なぜ?」
「いま私の手足、鎧に呪われてるじゃん?」
「……呪われてるね」
「これ、私の魔力を吸収してるんだよね。動かなくなったって言ったけど、いまは充電っていうか魔力を蓄積してるっぽい」
「……で?」
「たぶんこのままだと、半年くらいで魔力が溜まりきると思う」
「魔力が戻ったらどうなるんだ?」
「……動く」
「うご……ま、ま、まさか」
「うん。自動修復機能があるから、勝手にカブトのとこへ行こうとする。そうなったら呪われてる私は、いっしょに連れてかれる」
「な、な、な……!」
「そりゃそうじゃん。脚甲がオートで動き出したら、強制的に私も歩いてくことになるもん」
「そ、それって」
「うん。城の外にノコノコ出てった瞬間、センサーが反応して私は毒死ってわけ」
「……」
「だからもう、アダンに助けを求めるしかないわけ。わかった?」
「……アダンがここに来たらどうなるんだ? なんか状況が変わるのか?」
「うん。アダンが私に触ったら、籠手も脚甲も脱げるはずだよ」
「……」
「……そんな感じ」
「……」
「……」
沈黙。
今度の沈黙は重い。
「あー……どうやってアダンに手紙を出すんだ?」
「それは考えがあるから大丈夫。あとで説明するから」
「あー……手紙を出せたとして、アダンは来てくれると思うか?」
「来てもらえるような文面を考えるの」
「あー……来てくれたとして、俺たち殺されないか?」
「来てくれなくてもどうせ死ぬし。だったら殺しに来てくれたほうがマシ」
「……よくそんな落ち着いてられるな。これはヤバすぎるぞ」
「だって」
「だってなんだよ?」
「だって弟が目覚めたもんね!」
笑う魔女。
姿は20歳のままだったが、その顔はとても幼く見えた。
「俺なんか、なんの役にも立てないぞ」
「そんなことないよ! 私、ひとりで不安不安不安だったもん。けど弟が目覚めたってだけで、なんとかなるような気がしてきた!」
「錯覚だ、ムチャ言うな」
「ムチャじゃない! なんとかして!」
「それだったら、この城のタヌキ魔人に頼めばいいだろ。城主に呪いを解いてもらえばいいんだ」
「絶ッッッ対ムリ! あいつに相談なんかしたら、私の手足ちぎって鎧だけ奪われる!」
「いやいや怖い怖い!」
「あいつは神器を収集するためなら、何するかわからないんだって!」
「は……はあ? じゃあ、なんでまだお前は呪われたままなんだ? なんでまだ奪われてないんだよ」
「さっき言ったじゃん! いまはまだ魔力が枯渇してるから、籠手も脚甲もマジックアイテムだとバレてないだけなの!」
「さ、さすがに手足を斬られるなんてことないんじゃないか? 奪うにしても、ちゃんと呪いを解いてくれるんじゃないか?」
「絶ッッッ対にない! こんなの解呪できるのはSS級の魔導士くらいだもん! あいつが私のために雇うわけない!」
「神よ……!」
「弟!」
俺にしがみつく魔女。
重くはなかったが、体重がかかったことで傷に激痛が走った。
「い、痛い! どいてくれ!」
「どかない、なんとかして!」
ばふ!
魔女に組み敷かれるように、俺はベッドに押し倒された。籠手のとがった部品が、俺の胸に食いこむ。
本気で痛い。
だが魔女を重いとは思わなかった。むしろ、ひどく軽く感じた。聖鎧の力を借りたとはいえ、この女が俺を担いで走ったとは……とても信じられない。
俺の首もとに魔女は顔を伏せ、じっと動かない。ふうふうと息をもらしながら、ぎゅっとしがみついてくる。どいてくれない。
どうすればいいんだろう。
右手に埋まってる石……センサーとやらは、この城から出たとたんに毒を放出する。
じゃあここにいるしかない。
しかし魔女の脚甲は、あと半年で勝手に動きだす。
カブトのところへ行こうとしてしまう。
だからアダンに来てもらおう。
鎧の呪いを解くために、持ち主のアダンに来てもら……
……ムチャクチャだ。
「……」
本当にアダンに来てもらうしかないな。
だがどうする?
どうやってここに呼ぶんだ?
呼べたとして、俺たちは確実に殺される。
どうすればいいんだ?
いや、俺はどうしたいんだ?
俺は……
……魔女を死なせたくない。




