便箋28 聖鎧のアダン その4
完全に閉じてしまった内ドアを見て、がっくりと魔女はうなだれる。
俺もがっくりと頭を下げた。
「魔女、さっきのはアダンかな?」
「うん」
「……まだ、アダンじゃないって可能性もあるだろ?」
「ない。ドア越しにも、あの鎧の魔力を感じる」
「……」
「間違いなくアダン」
「……なにもかも終わったな。ここに2人いるってバレたぞ。しかも確実に俺の声を聞かれた」
「ま、まだわかんないよ。作戦Bを続行しようよ」
「無理だよ。だってアダンだぞ。一度あやしいと睨んだら、決して油断なんかしない」
「でも……!」
「考えてもみろ。なんで一度開けた外扉を、また閉めたと思うんだ。魔女以外に、もうひとりいるとバレたに決まってる」
「……」
「……ちょっと待て。魔女、手紙はどうした?」
「手紙……? え、あ、しまった」
「どうした?」
「……手紙落っことしてきちゃった」
「お、お、お、落っことしたってどこに……」
「だから、玄関室に」
「ま、ま、まさかと思うが落としたのは手紙Bか? Bのほうだよな?」
「……両方落とした」
俺は目の前が真っ暗になった。
閉ざされた内ドアに手を伸ばすが、やっぱり触れない。アダンはいまごろ、慎重に外扉を開いて異常を確かめているだろう。
つまり、アダンは2通の手紙を拾い読んでいることだろう。
まるっきり矛盾する2通の手紙を読んでいることだろう。
もうおしまいだ。
「魔女」
「なに?」
「……いい加減に降りてくれ」
「うん」
ちょこんと俺の背中から下りた魔女が、やはり内ドアに手を伸ばす。もちろん触れない。もうどうしようもない。
砦の食料はあと1週間分もない。
看守ももう来ない。
内ドアと外扉。
ふたつのシャッターに閉ざされて、もう外には出られない。せっかくひとつは突破したのに……おまけに、玄関室には勇者アダンがいる。
これは本当におしまいだ。
「弟」
「なんだ」
「ごめん、あたしがつまんない冗談したから」
「……もういいさ。しかたないよ」
「どうしよう」
「名乗り出る」
「……え」
「アダンに助けを乞う。すべてを白状してな。こんなことなら、昨日そうすればよかったな」
「だ、だめ! そんなことしたら弟が殺される……!」
「魔女。もしアダンまでこの砦に閉じこめられたら、竜王を倒せる者がいなくなってしまう」
「け、けど……!」
「それにこのまま砦にいても、どのみち俺たちは餓死するだけだ」
「で、でも……」
「アダンの慈悲にすがるしかない。たとえ可能性がゼロに近くてもだ」
「そ、そ、そんな……そ、そうだ! いいこと考えた!」
「……なんだ?」
「アダンを挑発して怒らせようよ。あいつを怒らせて、このドアを開けさせんの! 入ってこようとするのを突き飛ばして、逆にこっちが脱出すんの!」
「……脱出?」
「あたしの照明魔法で目をくらませて、怯んだところを聖剣で刺すの! よろめいたアダンを砦のなかに投げ飛ばして、逆に閉じこめてやんのよ!」
「どうやって?」
「だから聖剣と照明魔法で! アダンを閉じこめて、あたしたちは外に出るの!」
「外になんか出られないだろ」
「……え。あ」
「この内ドアを開けさせるってことは、外扉を閉めさせるってことだぞ」
「あ」
「もし上手くアダンを砦に閉じこめたとしても、俺たちは玄関室から出られない。つまり飢え死にするのは変わらない」
「うあ」
「な? やっぱりアダンに許しを請うて、竜王退治に行ってもらうしかない」
「でも弟が生きてるってバレちゃう」
「もうバレてるよ」
「たとえアダンが竜王を倒しても、そのあと弟も殺される」
「……かもしれん」
「ダメダメダメ! わあああん弟、あたしのせいで……!」
「しかたないさ」
「わああああん」
ぽろぽろ泣く魔女。
動揺しているせいか、はげしく年齢が変わる。50代、30代、70代、10代……もうメチャクチャだ。とうとう100歳からいきなり4歳くらいになった。
それでも泣き止まない。
俺は髪をかき上げながら、オホンと咳ばらいをする。
さすがにもう覚悟を決めた。
玄関室にいるであろうアダンに呼びかける。
いやもしかしたら、もう玄関室にはいないかもしれない。用心深いアダンのことだ、手紙を拾って、また外に出た可能性もある。
知ったことか。
いまさらそんなこと気にしてどうする。
兄に聞こえるはずと信じ、俺は声を張りあげた。
「兄上! ご無沙汰しております、ジバンです!」
「わあああん」
「兄上、そこにおられましょうか! 私の声が聞こえておられますか!」
「わああああん」
「どうかまず冷静にお聞きください! 私は生きており、ずっとこの砦に隠れておりました。もちろん魔女といっしょにです」
「わああああん」
うるさい魔女。
ちょっと黙ってほしい。




