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便箋20 来たれり その2

 


『そこに誰かいるのか。もしかして、手紙にあった盗賊か?』



「……」

 俺は全身が凍りついた。

 この声は、この声は……心臓がギュッと縮む。


 この声は、兄。


 勇者アダンだ!!!!



「ま、魔女! や、や、やめろヒソヒソ!」

「にゃあ!」


 犬かきのごとく砂の床を泳ぎ、俺は魔女のスカートをつかむ。思いきり引っぱりすぎて、魔女はよろめいた。

「こ、こら! なにすんだエッチ!」

「あ、あ、兄だ!」


「……え?」

「勇者アダンだ。ぜ、絶対に開けるな。こ、殺される……!」


 目を丸くする魔女。

 完全にパニックの俺……情けないが、頭が真っ白になってしまった。



『答えてくれ、そこに誰かいるんだろう!』

 ドンドン!

 ドン!

『そこにいるのは手紙にあった盗賊か? それとも魔女か? 我が名はアダン! 勇者アダン・フレイだ!』


 ドンドン!

 イラついているかのようにノックは早まった。兄の声も、さっきより大きくなっていた。



 ちょっと待て。


 ちょっと待て。

 いま兄はなんと言った?


 盗賊―――?



 バッ!

 俺はようやく身を起こし、内ポケットに1通だけ入れておいた手紙を取り出した。4つ折りのそれを急いで開き、魔女とともに文面を見直す。





■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



・玄歴1547年2月2日、これを記す。

・私はとある盗賊である。

・私は竜王軍の物資を盗むため、魔界で盗賊行動をくりかえしていた。

・私は不覚にも、とある砦に閉じ込められてしまった。

・この砦は、魔界ルシワ峡谷の北西15キロ、ボマ平原の東にある。


・この砦には特殊な魔方陣が展開されており、一度入ると出られない。


・この砦は、とある魔女を幽閉するための監獄である。

・魔女は終身刑を宣告され、この砦に投獄されている。

・すなわちこの砦は、魔女専用の刑務所だったのだ。


・私はこの砦を、竜王軍の施設だと誤解して侵入し、出られなくなった。


・私はこの砦の存在を勇者アダンに警告するため、この手紙を書いた。


・手紙を受け取ったあなたよ、勇者アダンに伝えてくれ。

・この砦に近づいてはならないと。


・勇者アダンもが砦に封印されないよう、私はこの手紙で警告する。


・もうひとつ勇者に伝えてほしい。勇者アダンの弟、ジバン殿が死んだ。


・ジバン殿は、ファルネイ国王の依頼で魔界調査の任についておられた。

・ジバン殿は、ファイアードラゴンに襲われて亡くなられた。

・よって彼の亡骸も装備も、もうこの世に無い。


・ジバン殿は勇敢な最期であられた。

・勇者アダンに、心よりお悔やみを申し上げる。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





「……」

「……」


 ぱさ。

 俺の手から手紙が落ちる。


 な、なんで兄が来るんだ?

 この手紙に書いてあるじゃないか、来るなと。


 クソクソクソクソ!!

 なんで手紙を読んだうえで、むざむざここに来るんだよ! 

 台無しだ!

 ぜんぶ台無しだ!



『聞こえているのか! 頼もう、頼もう!』

 ドンドン。


 俺は震えた。

 あまりの恐ろしさに全身が震えた。


 殺される。

 絶対確実(・・・・)に殺される。



「……」

「弟、どうしたらいいの?」


「……終わりだ、魔女。もうおしまいだ」

「おしまいじゃない。やっと外扉を開けてくれる人間が来たんだよ?」


「だからなんだ……開けた瞬間、俺は殺される」

「弟はね? 私はべつに殺される理由ないし」


「……」

「けど殺されない理由もない。私が魔女と知れば、問答無用で殺されるかもしれないわね」


「……どうする?」

「……」


「た、頼む。俺を見捨てないでくれ」

「……まず私がアダンと話すから。弟は(しゃべ)らないで」


「だからどうする気だ」

「それを立案するためにアダンと話すの。何回も言うけど、絶対に喋んないでよ」


「……」

「もちろん内ドアも閉めないでよ。外扉をいきなり開けられても困るし」


「……ああ」

「しゃべるなって言ってんの。黙ってここにいるだけにして」



 俺は全身から汗を()き出していた。神に(いの)りたい気分だった。魔女がなにを話す気か知らないが、もうこの女にすがるしかない。


 その魔女が、どんどん年を取っていく。

 やがて70歳ほどの姿になってしまった。



『おい、いったいどうなってる! なにか答えてくれ!』

 ドンドン!


「すまんすまん、ここにおる。勇者アダン殿よ。よくここまで来てくださった」


 魔女が応答した。

 すぐさま、アダンの大声が返ってくる。


『おお、いたのか! なぜすぐに返事をしない』

 怒鳴(どな)りつけるような声。

 いきなり命令口調だ、じつに兄らしい。

『まず貴君は誰だ! 魔女か、盗賊か。さっきからドアを開けようとしているが、ビクともしない。どうなっているのか!』


 息もつかせないほど質問を浴びせてくる。

 アダンの苛立(いらだ)ちが伝わってくるようだ。

 怖い。


 しかし冷静な魔女。

 落ち着いた老女の声で、ゆっくりと返事をした。



「待たせて悪かったわえ。声を聞いてもらえばわかるように、私はもう歳でして。足が悪うて悪うてな」

 やさしく落ち着いて答える。

「そなたは勇者アダンか。うわさに名高い、聖鎧(クロス)の勇者殿かえ」



『名高いかは知らないが、私はアダンだ。世間では聖鎧(クロス)のアダンと呼ばれている』

「左様か。私は手紙に書いた魔女である」


『ふむ、魔女どのか。竜王から終身刑を受けていると手紙にあったが、これは事実か?』

「お恥ずかしい限りだが、事実だえ」


『手紙を書いた盗賊はいるのか? いるならすぐ呼んでいただきたい』

「残念だが、もうここにはおらぬ。ここに閉じこめられておったが、竜王軍の役人に見つかり連行されてしもうた。いまこの砦にいるのは私ひとりぞ」


『……その盗賊から、弟ジバンのことをなにか聞いているか?』

「なにかとは? 私が知っとるのは、手紙に書いたことばかりじゃよ」



 俺は叫びそうになった。

 兄の口から、ジバン……つまり俺の名が出たことにだ。


 なんなんだ? 

 まさか手紙を書いたのが俺だとバレている?




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イタいぜ!



チャッカマン



チャッカマン

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