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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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093:冥王のゆりかご

 死者の王によって一時的に蘇った被害者達による、加害者への復讐劇は終わった……。

 俺個人としては、被害者が加害者に対して復讐を行う事は否定しない。受けた痛みが分かるのは当人のみだ。

 どうして第三者の立場で復讐を無為だと言ったり出来るのか。同じ事をされても、痛みは人それぞれだ。


 他にも「あの人はこんな事を望んでいない」などと、既に口無き死者の言葉を勝手に代弁して説得材料とするのも愚策だ。

 それが本当に死者が望んでいた言葉かどうかなど分かるはずもない。本当にそんな事を望まないのか、他人には踏み込めない心の深奥は無かったのか。

 結局、そんなものは説得をする人間が存命時の様子から推測して生み出した虚像に過ぎない。復讐者の抱える重みと比べれば何と軽い事か。


「死者の王……貴方はあの兵士達の行為が死を激しく冒涜していると仰っていましたが、私には貴方の行為も同じように思えてなりません」


 今まで神妙な面持ちで推移を見守っていたレミアが、重い口を開いた。

 その際の様子からして、抱いている感情はプラスのものではないと思っていたが……。


『ほほぅ。我の『怨返し』が死者の冒涜であると?』

「貴方は王であるが故に、あらゆる死者を支配下に置く事が出来ます。彼らをご自身の都合が良いように操っただけではありませんか?」

『ふむ、確かに我にはそれを否定出来る材料が無いな。仮に彼らがものを言った所で、それは通常ではあり得ぬ事。何らかの意思が介入していなければ起こらぬ事だ』

「……意外ですね。貴方からすれば、怒られても仕方がないような事を言ったつもりだったのですが」

『自身の欠点くらい弁えておるよ。物言わぬ死者に介入するという事はそう言う事なのだ。故に、表向きには禁忌扱いされているのだ』


 問題はそこだ。さっき俺が理解を示した復讐者の重みも、生者にあるものだ。死者に意志など無い。死者となった者に、果たして復讐心は残るのか。

 王はレミアの言葉を否定していない。先程言っていたような、死者自身が王の言葉に耳を貸して復讐を決断したというのは、まさか……。


『だが、唯一死者の扱いにおいて禁忌扱いされていない例がある。それは何だかわかるか?』


 王が問う。だが、彼が死線を向けているのは俺ではなくレミアの方だ。つまり、俺では分からないル・マリオンの常識内における話という事か。


「立場上、公には言えなかったのですが……疑問に思っている事がありました。教会における鎮魂も、実は貴方の『怨返し』と同じなのではないかと」

『さすがは聖銀の騎士。既に教会の暗部に気付いておったか……。鎮魂は、言うなれば法力によって強引に死せる者の魂に干渉し、その在り方を変えてしまうものだ』

「怨返しが死者の復讐心を煽るものなら、鎮魂は死者の負の感情を強引に消し去るもの。どちらもそこに、死者自身の意思はありませんね」

『だが、教会が行う鎮魂は公的な儀式として認められている。それは何故か、答えは簡単だ。教会が神聖なるものであるとアピールしているからだ』

「教会……特にミネルヴァ聖教は長い歴史を積み重ねて市井からの信頼を勝ち取り、今では一国以上の権力を持って世界に君臨しています。彼らが白と言えば、黒すらも白となるでしょう」


 教会が闇というのもこれまた定番だな。とてつもない権力と莫大な富は人を狂わせるというが、例に漏れずと言った所か。

 確か、元・野盗のアニスが更生のためエレナの配下となり、武闘神官として悪徳な神官を捕えていると聞いた。

 さすがにエレナが教会の闇に染まっているとは思えないが、周りはその限りでは無いようだ。ツェントラールも平和とは言えないな。




「皆さん! 終わりましたか!?」


 後方で治療を続けていたエレナから声がかかる。あちらの治療も終わった所だろうか?

 そう思って駆け寄るが、彼女が抱きしめている女性は全く変わらぬ状況だった。


「ずっと治療を続けて来ましたが、さすがに失った四肢を再生するのは不可能です……。せめて四肢があれば……」


 エレナの視線につられて背後を振り返ってみるが、現場は大荒れだ。探し出すのは困難を極めるだろう。

 何より、あんな外道達のしでかした事だ。斬り飛ばした四肢がそのまま綺麗な状態で転がっているとも思えない。


「こうして私が法力を送り続けていれば生きる事が出来ますが、少しでも途絶えさせたら、彼女はもう――」

『若き女神官よ。稀代の法力を有しているようだが、お主はまだ若い……荷が重かろう』

「ひっ! ア、アンデッド……」

『我は死者の王。世間的にはアンデッドモンスターのリッチに分類されている』

「大丈夫だ、エレナ。王はリチェルカーレが召喚した味方だ」

「み、味方……ですか。荷が重いのは承知の上ですが、かと言って、このまま見捨てる訳には……」


 一度消えそうだった命を繋ぎ止めたのはエレナだ。ここでそれを止めれば、実質的に彼女がトドメを刺したようになってしまう。

 救うつもりが無いのであれば最初から手を出さなければ良かった。しかし、エレナは救うつもりで手を出した。問題は、その意思に力が追いつかない事だ。


『お主、あえて使っていない力があるな? 忌々しきものなのか、手を付けるのを恐れているように感じるぞ』

「!? ……どういう、事でしょう?」


 エレナが氷のような目で人を睨みつける所を初めて見た。力とやらは、彼女にとって触れてはいけない領域なんだろう。


『消えゆく命を前にしてまで、己の保身が大事か? 若き神官よ』

「……ッ!」


 ギリッと歯を食いしばるが、反論が出来ないようだ。


『まぁ良い。今回は我がやろう。だが、いずれはそれを受け入れねば取り返しのつかぬ事になるぞ……』


 そう言って王はエレナの襟首をむんずとつかみ上げると、そのまま後ろの方へと放り投げてしまった。

 あえて狙ったのか、投げられたエレナはレミアによってしっかりとキャッチされた。


「い、今離れてしまったらその方は……!」


 エレナの訴えを尻目に、王は瀕死の女性を黒い魔力で包み込むと、魔力を球体状へと変化させて宙へと浮かせた。

 一メートルほどの球体の中に、手足を失った女性がフワフワと漂う。ここから、何が起こる……?


『……冥王のゆりかご』


 闇が光を発するという不思議な光景と共に、俺は奇跡を目撃する事になった。

 球体の中で漂う女性の手足がみるみる内に再生されていき、十秒もしないうちに五体満足の状態へと戻ってしまった。


「嘘、そんな……。闇の魔術にこんな回復魔術があったなんて」


 球体状の魔力が霧散し、手足を取り戻した女性が地面に横たえられる。

 エレナがすぐさま駆け寄るが、女性の状態を見てホッと一息。


『あくまでも欠損した部位が元に戻っただけだ。それ以前に多量の血液が失われた影響などは残っている。治癒を止めぬ事だ』

「は、はい……!」


 一瞬気が抜けてしまったエレナだったが、まだ油断ならない状態だと聞きすぐさまに思考を切り替えた。


「なんて術だ……凄まじいな」

『冥王のゆりかご。この術は領域内に居る者を元々の状態へと戻す事が出来るのだ。例え四肢が欠損していようと、元々四肢があったのであれば、その状態に戻る』

「もしかして、それって死んだ者でも蘇ったりするのか……?」

『いや、残念ながら死者を蘇らせる効果ははない』


 そりゃそうか。死者を蘇らせられるならば、無残に殺された村人達に対して使っているだろう。

 リチェルカーレも言っていた。ミネルヴァ様によって地上においては死者の蘇生が出来ないようにされている、と。


『だが、この領域内は地上とは異なる法則下に置かれる。この中で死んだのであれば、例え粉微塵にされようともその瞬間に即復活する事が出来る』

「ある意味、無敵じゃないか……それ。けど、自分で展開していてやられた場合はどうなるんだ? 死んだ瞬間に術が消える?」

『魔術というのは、発動さえしてしまえば術者の死後にも効果が残る。故に、術を使った当人がやられたとしても、即復活する事が出来る』

「便利過ぎるだろうその術。そこまで反則的だと、なんか魔術師の界隈がおかしな事にならないのか?」

『幸か不幸か、この術を知っている者……ましてや、使える者などほとんどいない。界隈を揺るがす程の問題は起きておらんよ』


 言われてみればそうだな。そんな術が世に溢れていたら、先程の話で出た教会や神官なども全く必要なくなってしまう。

 世間における戦い方の常識も変わってしまう。おそらくこの術は、怨返しなどと同じく公にしてはいけない類の禁呪に違いない。


『そもそもこの術は、冥府の王が罪人に対して果てしなき拷問を続けるために生み出されたものとされている。徹底的にいたぶり尽くして殺した後、即座に復活させてまた繰り返すために……な』

「なるほど。だから冥王のゆりかごなんて物騒な名前が付いているのか。しかし、由来を聞くに何処にもゆりかご要素が感じられないが……」


 まぁ、人間とは異なるであろう冥府の王とやらの感性は分からないし、考えても仕方がないか。


「で、この後はどうするんだ? 行くあてはあるのか……?」


 首を横に振るエレナとレミア。王も、やれやれと言わんばかりに両肩をすくめる。




「行くあてなら、『あの子』に聞いた方がいいんじゃかな?」


 そう言って、リチェルカーレが背後に建っていた民家を魔術で吹き飛ばす。

 しばらく沈黙していたと思ったら、今度は何をやらかすんだ……。


「あ、あああ……」


 おや。崩れた民家の瓦礫の前でへたり込んでいる人が居るぞ。


「アタシ達がこの村へやってきてからずっと監視していた奴さ。気付いていないとでも思ったかい?」


 顔も含む全身を黒装束で隠した、まるで忍者みたいな恰好の人物。村人でもないし、兵士達でもない、第三勢力の存在と言った所だろうか。

 行くあてならあの子に聞いた方がいい――と。リチェルカーレはこの人物に、今後の事をどうにかさせるつもりなのか……?

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