092:復讐を遂げるは自らの手で
山道から集落の爆発を目撃し、緊急性を感じてリチェルカーレの転移で現場に飛んだ俺達。
そこで見たものは、この国の兵士と思われる者達によって暴虐の限りを尽くされた小さな村の光景だった。
倒れる人、人、人……。誰一人としてまともな形をしておらず、明らかに弄ばれた形跡が感じられる。
目の前で今まさに新たな一人が犠牲になろうとしていた事に気付いた俺は、とっさに機転を利かせて被害者を回収した。
顔を痛めつけられ、四肢を切断され、衣服までも剥ぎ取られて……それでも、かすかに呼吸している。
もはや重傷という言葉では生ぬるいほどの、生きているのが不思議なくらい凄惨な有様。マフィアの見せしめかよ。
俺はこの女性をエレナに託した。腕を繋げられる程の治癒の使い手であれば、何とか生命維持は出来るだろう。
常日頃から戦で傷付き命を落としてきた兵士達を無数に見てきたエレナすらもが、女性の惨状に一瞬の怯えを見せた。
しかしさすがは神官。一瞬で意識を変えて治療に移行してくれた。エレナ、信じているぞ……。
・・・・・
「……俺達は冒険者パーティ、流離人だ!」
ファウルネス大公とやらが誰かは知らないが、俺達は元から国にケンカを売りに来てるんだ。
それに、さっさと片付けてあの女性を本格的に救うべく色々と考えなければならない。
早速仕掛けようと一歩踏み出した所で、俺の真横に白い粉末が舞い上がり――瞬く間に豪奢な衣装をまとった骸骨が具現化する。
いきなり出現した骸骨の姿に、俺達と対峙する兵士達は一様に驚きを隠せていない。うん、それが正常な反応だと思う。
一方で、初対面のハズのエレナはこちらに背を向け、しっかりと女性を抱きしめる形で治癒に専念しているため気付いていないようだ。
『リューイチよ。ここは我に任せてはもらえぬか』
「王に……?」
『死とは美しくあるべきもの。この者達の行為は、死を激しく冒涜している。これは死者の王として許し難き事である!』
王からドス黒いオーラが膨れ上がる。その瞬間、直接心臓を鷲掴みにでもされたかのような怖気が襲ってくる。
くそっ、不意打ちで気を感じたらこんな感じなのか……。リチェルカーレもレミアも平然としているな。実力の差を感じる……。
相変わらずエレナは治癒を続けている。専念しているが故に気にも留めていないかと思ったが、よく見たら彼女の周りにバリアが張ってある。
こんな芸当が出来るのはリチェルカーレしか居ない。さすがにあの状態の二人を無防備で放置したりはしないか。
敵の兵士達も怯えて倒れこそしているものの、死んだり消し飛んだりしていないって事は、王はこれでも力を抑えているのだろう。
『リューイチよ。お主はもちろんこの光景に憤っておるだろうが、一番憤っておるのは誰だと思う?』
「その聞き方だと、もちろん王でもない……って事だよな」
自分で口にして気が付いた。この状況において一番強い憤りを抱いているのは他でもない――被害者だ!
ただ光景を見ただけの俺よりも、自分の理想とする死を汚された王よりも、なによりも強い理由があるじゃないか。
そして、俺達にとっては死者である者達も、王ならば自らの配下として戦力に加える事が出来る……。
『どうやら気が付いたようだな。やはりお主は聡明だ。説明の手間が省けて助かる』
王は右手を高く上げ、再びその手から黒いオーラを拡散させる。
『人としての尊厳を汚され、絶望と共に闇に沈みし者達よ……。望むならば、今一度この世に舞い戻り、再び立ち上がるが良い』
一様にこちらを向いていた兵士達の背後で、酷く形の崩れた『人間だったもの』達が起き上がる。
彼らの様相から如何に凄惨な目に遭わされてきたかが良く分かる。これで彼らの内に負の感情が起こらない方がどうかしていると思う。
兵士達は一様に腰を抜かして、恐れを隠さず後ずさりしている……。さっきまでの村人達への態度とは正反対だな。
「ひぃっ! ゆ、許してくれ……。め、命令だったんだ! ファウルネス大公の!」
もちろん、死者達にはそんな戯言は通じない。一切耳を傾ける事無く淡々と兵士達との距離を詰めていく。
死者達が生前に同じ事を言ったのにもかかわらず、それを無視して無残に殺したであろう事は容易に想像がつく。
それを考えれば、この結果も仕方がない。 因果応報と言うやつだ。後悔先に立たず……。
「ぎゃああああああ!! 痛い! 苦しい……!」
力無き者は徹底的にいたぶるくせに、自身を脅かし得る者に対しては徹底的に保身の態度をとる典型的な小物。
故にこそ、こんな小物共に嬲り殺しにされた者達の恨みはより一層強くなっていくばかりだろう。
あちこちから響いてくる兵士達の悲鳴がそれを物語っている。痛みと苦しみを訴える無意味さに自覚が無いのが滑稽だ。
「ひいぃぃぃぃぃ! た、助けてくれえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
俺は兵士達が受けたという命令の具体的な内容は知らないが、この惨状が命令の内容に含まれていない事くらいは察する事が出来る。
命令者の主要な目的が村人の殲滅なのは間違いないだろう。だが、命令としては『村人を殺し尽くし、村を焼き払う』程度の曖昧な事しか告げていないと思われる。
そして、それはわざとだろう。兵士達に都合良く解釈させる事で好き勝手暴れさせ、己の下で働く事への幸せを植え付けるという方策に違いない。
「は、話が違うぞ! 好き勝手に殺しが出来ると聞いていたのに……やっ、やめ……ぎゃあああああああああ!!!」
村を住民ごと焼き払うという行為自体は、時には手の付けられない程拡散した疫病の処理など、苦渋の決断として行われる事もあるだろう。
だが、この惨状は絶対に楽しんでやっている。先程の女性の例を見る限りでは、命令に不満があって渋々動いていたようには思えない。
「あ、あああ……。く、来るな! 来るなあぁぁぁぁっ!」
俺の目の前でも、起き上がりゆっくりと歩いてきた女性が、腰を抜かした兵士の一人の顔を鷲掴みにする。
それと同時に兵士の腹が大きく引き裂かれ、中から爆発したかのように臓物が飛び散っていく……。
すると、痛みと絶望に歪んだ表情の兵士が無残に倒れていくのと代わるようにして、女性が元々の姿だったと思われる綺麗な状態へと戻っていく。
自身の状態の変化を認識した女性は笑みを浮かべ、空間に溶け込むようにしてその姿が透けていき――最後には消えてしまった。
「これは、一体……?」
『そうだな。命名するならば『怨返し』と言った所か。死者の受けた苦痛をそのまま相手に返す事で、同時に負の感情を消して成仏させる』
「自分のやられた事をやり返してスッキリするという事か。だが、それだけで未練は晴れるのか? やられたのなら、倍返しとかしたくならないか……?」
『当然、恨みの気持ちというのは主の言うように重く深いものだ。突き詰めればキリがない。だからこそ、条件を一度のみの復讐を条件とした一時的な黄泉返りとした』
「復讐のチャンスは一度だけ……。だが、それでも皆がそのたった一度を行うためだけに蘇る事を選んだという訳か……」
『そうだ。憎悪とはそれほどまで人の心を突き動かすものだ。恨みの全てとまでは行かずとも、わずかにでも晴らせるのであればその機会に縋る』
そう言って王が頭上を指し示すと、煙を丸めたかのような質感のドス黒い球体が浮かんでいた。
目を向けている間にも、それは徐々に大きさを増していき、手に収まるほどのサイズから両手で収まらないほどにまで肥大化していく。
球体を見ているだけで言いようのない不快感……。ダーテ王国を包む瘴気とは違う、もっとこう心を抉るかのような。
『これは、彼等の負の感情だ。復讐を果たしたと同時に我が回収した。それにより、彼らは生前の己を取り戻し、正しく召される事となる……』
「成仏したって事か……。それってエレナのような神官がやるようなイメージなんだが、まぁ今は手が離せないだろうしな」
負の感情の塊――見ていて不快なのはそれでか。あの中に詰まっているものが漏れ出してこちらの心身にまで影響を及ぼしているのだろう。
王は、蘇った者の全てが復讐を果たしたのを見届けると、口から吸いこむようにして負の感情の塊を体内に取り込んでしまう。
負の力をエネルギー源としている死者の王にとっては御馳走なのだろう。しかし、あのスッカスカの骨の体のどこに取り込んだんだ……?
と思いきや、王が黒いオーラに包まれて、新品の骨格標本のように綺麗だった骨の身体が、くすんだ色へと変わっていく。
同時に、豪著だった衣類も朽ち果てたものへと変わっていき、まさに見た感じリッチと言った定番の姿――初対面の頃のものとなった。
『驚いたか? 我は光と闇の影響で姿が変わるのだ。今は、闇の力が強くなったからこうだ』
そういやコンクレンツ帝国で光の攻撃を受けていたっけ……。あの時は汚れが落ちて綺麗になったのではなく、姿そのものが変わっていただけか。
という事は、今の姿も別に汚れているという訳ではなく、単に闇が強く発現した姿になっただけか。汚いとか思って申し訳ない……。




