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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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089:ダーテ王国の不穏な気配

 ダーテ王国は四方を山で囲まれた盆地に領土を広げる国だ。そこへ行くためには、ツェントラール側からもコンクレンツ側からも山を越えていかなければならない。

 幸い国と国を結ぶ主要道路であり、互いに進軍するために使う道でもあるため、幅が五メートルはある広さで、土による舗装ではあるものの人間が歩いたくらいじゃ足跡も付かないくらいには固く整備されている。

 山の中を五メートルほどの幅で道を通すというのは並々ならぬ労力がかかりそうだが、この世界には魔術があるからな……。施工面に関しては、俺の世界よりも遥かに楽そうだ。


「……うう。ダーテ王国へ近付くにつれて感じる気持ち悪さが強くなりますね」


 エレナが右手で口元を押さえながらつぶやく。


「さすがはエレナだ。この時点でもう異変を感じ取ったか。リューイチもレミアも感覚を研ぎ澄ませてみるといい、意味が分かるよ」


 リチェルカーレの言葉に従い、より遠く、より小さな気配までを探るようなつもりで意識を集中する。

 うーむ。ある場所を境として急に不愉快なものを感じるようになってきたな。感じ取っただけで吐き気がするような……覚えがあるぞ。

 あの魔族――いや、正確には魔物だったか、オーベン・アン・リュギオンでホイヘルと相対した時のような感覚。


「……これはまさか、瘴気ですか?」

「そのまさかだよ。ダーテ王国を手にした魔物は、国全体を瘴気で満たして魔界と同じ環境を作り出そうとしているんだ」

「人間にとって有害な瘴気で国全体を満たすなんて……。そんな事をしたら、国民達は」

「生きてはいけないだろうね。とは言え、それで人間を全滅させてしまってはせっかく手に入れた大量の人的資源がもったいない」

「おいおい、その話の流れで行くと……ダーテ王国を支配する魔物は国民の全てを魔物化させようって考えてるのか?」

「さすがはリューイチだ。冴えてるね。国内を瘴気で満たせば人は死ぬ。しかし、人的資源を失う訳にはいかない。となると、人間を瘴気でも活動できる魔物に変えれば解決だ」


 魔物化――ホイヘルが荒野で実験していたアレか。どうやらダーテの支配者はホイヘルより先を行っているようだな。既に実施できる所まで来ているようだ。

 完全な形で実施されてしまっては、ダーテ王国はもちろんの事、周りの国々まで厄介な事になる。これは絶対に止めなければならない案件だぞ。




「おぉ、あんたらもしかして冒険者か!?」


 しばらく道なりに進んでいると、反対側から走ってきた男性から声をかけられた。

 軽装の鎧と腰に据えた剣からして前衛の剣士だろうか。四十代くらいでいかにもベテランの冒険者という風貌だ。

 同伴者は居ない。疲労感と恐怖感が交じり合ったような表情からして、もしかして仲間を失ったか……。


「あぁ。俺達は『流離人』って名のパーティで活動をしている冒険者だ」

「悪い事は言わねぇ。ダーテ王国で活動しようって考えているならやめた方がいい」


 挨拶もそこそこに、男性はダーテ王国行きを止めてくる。俺達は一旦空飛ぶ絨毯から降り、男性の話を聞く事にする。


「……理由を聞いても?」

「あの国は元々から貴族による平民への扱いが酷かったが、昨今は目に見えて酷くなった。もはや平民は奴隷だ。白昼堂々と見るに耐えない仕打ちをしてやがる」


 そういやエレナが言ってたっけ。平民は例外なく迫害されている――と。

 男性によると、近くを通りかかっただけの平民に何の理由もなく暴力を振るったり、店の品を勝手に食したり、持っていくなどの光景を見たらしい。


「それだけじゃねぇ。素直に従わなかった者の家を焼いたり、目を付けた女にその場で手を付けるとか……もはや盗賊団となんら変わらねぇやり口だ。見かねた連れが止めに向かったが、すぐさま兵に囲まれて殺されたよ」

「そ、そんな! 少し前に聞いた時は税が重いとか、食料や物品が回ってこないとか、圧政による間接的な被害だけで、直接手を出して来るような事なんて無かったのに……」


 なるほど、エレナの言っていた『平民への迫害』は元々そういうレベルの話だったか。どうやらダーテ王国は想像以上に腐っているようだな。

 魔物の支配による影響で腐っただけなのか、元々から存在する貴族達が腐っているだけなのかまではわからんが……。

 やはり、ゴタゴタに巻き込まれて仲間を殺されていたか。そんな様子を目にしたら、まともな人間なら助けに向かってしまうだろう。

 それを容赦なく殺害するとは、いくら冒険者が相手だからって横暴極まりない。もはや警察にあたる機関は機能していないな。


「俺達のような外部の者に関しては基本的には無視されているが、さっき話したように介入したら容赦なく始末される。俺は奴の仲間だし、あのままそこに居ては身が危うい」


 だから逃げてきたって事か。貴族に手を出した者の仲間ともなれば、同類扱いされて捕らえられ、殺されてしまうかもしれない。

 いくら個としてそれなりに優れている冒険者でも、貴族社会を、国そのものを相手にすればひとたまりも無いだろう。


「いずれは外部から来た観光客や商人、冒険者達も貴族による加虐の対象になるだろう。特に君達は見目麗しい子達ばかりだ。危険だぞ」

「なっ、なにを――」

「ご心配頂きまして感謝致します。しかし、私達にはどうしても成し遂げねばならぬ事があるのです」


 エレナが男性の言葉に照れを見せて言葉に詰まるが、レミアは何事も無かったかのように言葉を返す。


「こう見えて頼りになるナイト様が付いているから大丈夫さ。そうだろう? リューイチ」


 リチェルカーレがこっちに話を振ってくる。エレナはともかく、お前とレミアは明らかに俺よりも遥かに強いだろうが。


「あぁ。俺がそんな事はさせないさ」


 とは言え、せっかくのフリだ。カッコ付けさせてもらう。


「何だか良く分からないが、凄い自信だな。国にケンカを売る事になるかもしれないんだぞ?」


 国にケンカ……なぁ。召喚されてすぐツェントラール国王の玉座に銃弾ぶち込んだし、ある意味では既にケンカ売ってるな。

 あと、一人じゃないとはいえ、コンクレンツ帝国にもエリーティ共和国にもケンカを売っている。もちろん、今から向かうダーテ王国にもケンカを売る。

 

「と、とにかく俺は注意したからな! 後は知らねぇぞ!」


 俺達が全く考えを変える気が無いと悟ったのか、男性は早足でツェントラールに向けて走り去っていった。


「さて、もう少し行けば山道の頂点だ。そこから下る際にダーテ王国の領土が一望できるよ」




 再び絨毯に乗りしばらく道なりに進むと、ゆるやかな上り坂が終点を迎え、今度は下り坂が始まった。

 さっきの男性以来、他の者とは誰ともすれ違わない。既にダーテの不穏な状況が話題になっているのか向かう者は居ないようだ。

 逆に逃げてくるような者も他にはいない。現時点で国内に残っている他国の人間は、滞在していて大丈夫なんだろうか。


「リューイチさん、視界が開けてきましたよ!」


 エレナの言う通り、山の上から見下ろす形でダーテ王国の領土が広がってくる。

 しかし、その景色は俺が想像していたものとは様子が異なっていた……。何というか、フィルターがかかってるような。


「ダーテ王国が、紫色に染まっている……?」


 山から見下ろした景色の一定高度より下が、まるで染められたかのように色が変わっていた。

 青空と紫色の境目は、まるで水と油のようにハッキリと分かれており、時々風によって揺られるものの、境が上下する事はない。


「どうやら、既に瘴気がいい具合に撒かれてしまっているようだね。盆地だから溜まりやすいのもあるんだろうね」

「瘴気ってあんなにハッキリと見えるものなのか? あの様子じゃ、周りを見る事すら難しくないか?」

「大丈夫だよ。こうして遠目から瘴気を塊として見ているからハッキリ見えるだけで、中から見れば無色透明に等しいよ」


 遠くからゲリラ豪雨の様子を見るようなものか……。あれも外から見るとハッキリ形として見えるんだよな。


「私が結界を張ります。微量とは言え、瘴気の摂取は良くないですから」


 エレナは片手で俺にしがみついたまま、もう片方の手で杖を天に掲げて法力による結界を構築した。

 魔法の絨毯もろとも、淡い緑色の光で包まれる。まるでシャボン玉の中に入っているようだ。


「さーて、まずは何処から――……ッ!!」


 瞬間、響き渡る爆発音。位置的に割と遠い場所で何かが起きたようだが、その答えはすぐに見つかった。

 まさに今見下ろしているダーテ王国の景色。その片隅に見える集落に火の手があがっている……。


「……やれやれ。どうやら緊急事態のようだね。四の五の言っていられない状況のようだし、直接あそこに飛ぶよ」

「わかった!」

「「わかりました!」」


 リチェルカーレの迅速な判断に、俺達は頷く。こんな時に普通に飛ばしていたら間に合わないもんな。

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