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088:閑話 ネクロマンサー誕生?

 私はヘルファー。コンクレンツ領総騎士団長補佐を務める身です。

 帝国が崩壊してツェントラールの一領土となり、しばしの時が経ちました。

 

 先日の騒動で、元々の総騎士団長であったランガートが亡くなりました。

 その後、部下達や王族の方々から「次の総騎士団長に」とお勧めを頂きましたが、辞退させて頂きました。

 自分で言うのも何なのですが、私は補佐としてこそ本領を発揮できるタイプだと思っています。

 故に、次の総騎士団長が本決定するまでの間は、無理を言って先代の総騎士団長に復帰してもらい、代理を務めて頂いております。


「ヘルファーよ。ツェントラールから向こうの領内で死んだコンクレンツ兵らの引き渡しをすると書状が来ておるぞ」


 そんな先代の総騎士団長フォア・ゲンガー様に呼び出されて早々、私に告げられた言葉がそれでした。

 向こうの領内で死んだ……そう言えばそうでしたね。帝国は過去幾度にも渡ってツェントラールに進軍していました。

 その際、ツェントラール内にて命を落とした兵士達は無数に存在する。しかし、それを『引き渡し』とは……?


「とりあえず誰でもいいから、そこそこ上の立場の人間が一人は来て欲しいそうだ。という訳だから、お前さんに頼もうかと思ってな」


 先代は豪放磊落を地で行く人物ですが、小さなことにこだわらない事は、裏を返せば適当さの表れとも言えます。

 今回の案件、端的に言えば面倒そうな案件だからこの私に丸投げした――という事でしょう。



 ・・・・・

  


 数刻後、私はツェントラールにある砂漠のような場所へと案内されていました。

 するとそこに何やら白い粉末のようなものが集まってきて、瞬く間に人型の骨格を形作ったかと思うと、これまた一瞬で豪著な衣装を身に纏いました。


「……リッチ!?」

『そう構えるでない。既に説明はあったと思うが、我は主に召喚される立場に過ぎない。今や敵対する意思はない』


 確か、ほぼ一人で帝国を落としてしまった魔導師……リチェルカーレ殿の支配下にあるのでしたか。

 対象を召喚するには、対象を屈服させるのが鉄則。つまり、あの魔導師はこのリッチすらも凌駕する力量の持ち主と言えます。

 このリッチですら、気を放っただけで騎士団数隊をまとめて塵にするだけの力があるというのに、一体どれだけ凄まじいというのですか。

 間違っても敵対などしたくはないですね。知らなかったとはいえ、そんな相手にケンカを売ってしまった総騎士団長には同情します。


 両手両足を引きちぎられた上に首都の入り口から皇城の門まで飛ばされ、それらを破壊し瓦礫に巻き込まれ死ぬ……。

 そんな末路を聞いてしまっては、今までの横暴ぶりを差し引いても、さすがに可哀想に感じてしまいますね。

 辛抱たまらなくなった身内に反旗を翻されるよりはマシなのかもしれませんが、せめて私くらいは冥福を祈りましょう。


「要件を、伺いましょう……」


 気持ちを切り替えて、リッチとの会談に臨む。やり取り一つの間違いで国が滅ぶかもしれない……くらいの覚悟を以って。


『書状の通りだ。この領地における、貴領の戦死者をお返ししようと思ってな』


 そう言ってリッチが右手を高々と掲げると、砂の中から次々と何かが飛び出してきました。

 十や百どころではない……数百、いや千を超える程の何かが、砂地に着地して大きく粉塵を撒き散らす……。


「こ、これは……まさか……」


 粉塵が晴れた所で明らかになったその光景は、ただただ異様としか言えない信じられない光景でした。

 リッチに率いられるようにしてズラリと並んでいるのは、死体、死体、死体……。よく見ると、我が国の騎士団の格好です。

 大きく損壊した者や、既に骨と化している者、腐敗している者。いずれも、絶命して既にある程度の時が流れているのを察します。

 よく見ると騎士団の面々以外にも馬の死体も見受けられます。おそらくは、騎馬隊の使用していた馬達でしょう。


『そうだ。察しの通り、先日我が国へ攻め込んできた騎士団だ』

「まさか、それを貴方が操っていると?」

『その通りだ。我は死者の王である故、死者を操る事など児戯に等しい』

「……一体、何をしようと言うのですか?」

『だから何度も言っているであろう。戦死者をお返しすると』


 そう言って、リッチが私に向けて何かを放ってきました。

 思わず手に取ったそれは、禍々しい髑髏が刻まれた手のひらに収まるほどの大きさのメダルでした。


「これは?」

『彼らの制御装置とでも言うべきものだ。それを彼らに向けて掲げ、命令する事で動かせる』

「そんな物を私に渡してどうしろと……って、まさか!?」

『どうやらその顔、察したようだな。そう、君が彼らを操ってコンクレンツまで連れて行くのだ』


 なんという発想ですか……。人外の存在ならではの、人間には到底思いつかないであろう手段に私は戦慄しました。

 確かに、人の力だけで千を超えるほどの戦死者を運ぶとなれば、莫大な労力と途方もない時間がかかります。

 ですが、死者を操って動かせば、死者自らが目的地まで移動してくれる……。この過程において必要な人員はたった一人、命令者のみ。


 倫理面では大いに問題があるでしょうが、これによって解消される労働力と時間が、果たしてどれほどのものか。

 大き過ぎるメリットを前に、私は感覚が麻痺してしまったのでしょう。気が付いた時にはためらいなく死体に命令を出していました。


「……私に付いてきてください」



 ・・・・・



 死者の軍団を引き連れて数刻後、私は首都近郊の平原にまでやってきていました。

 国境――いえ、今は領境となっている橋を渡った際や、街道を歩いている際、遭遇した人々から大層驚かれてしまいましたね。

 当然といえば当然ですね。千を超える死者達が、私に引き連れられてゾロゾロと歩いているのですから。


 しかし、これだけ長い間連れ歩いて思ったのですが、こういったアンデッドには特有の腐臭が全くしませんね……。

 自分で引き連れておいて何なのですが、これだけ大量の死者が移動すれば、道中凄まじい悪臭で苦情が来ると思ったのですが。

 これもまた、死者の王たるリッチの御業と言ったところでしょうか。本当に恐ろしい存在です。


「おぉ、ヘルファー殿。聞いてはおりましたが、何とも凄まじい光景ですなぁ」


 私を出迎えてくれたのは、魔導師団・土の部隊の長であるスエロ殿でした。

 今回の過程においては土属性の魔術を使え、土の精霊を使役できる彼の力が絶対に必要でしたから、協力を要請していました。


「準備は出来ているようですね。さすがは土の部隊長を務めるだけの事はあります」

「はっはっは。私とルペスのコンビにかかれば、墓の穴などいくらでも掘ってみせますぞ」


 私の眼前に広がるのは、等間隔に掘られた長方形の穴。一個二個ではなく、見渡す限りの場所に同様のものが作られています。

 言わずもがな、これが死者達の墓です。もしこれを全て人力でやろうとすれば、大人数で短時間で済ませるか、少人数で途方もない労働をして済ませるか。

 どちらにしろ一筋縄ではいきません。しかし、スエロ殿とルペス様のコンビは、一筋縄ではいかないそれを、わずか一時間足らずで済ませたのです。


「では、最後の仕上げです。一同、穴の中へと入り、その身を横たえるのです」


 メダルを掲げて命令すると、まるで訓練された兵隊のように一糸乱れぬ動きで墓へと入り、仰向けに寝転びました。

 馬は馬で器用に身を横たえていますね。幸か不幸か、用意した墓の数は充分に足りていたようです。

 しかし、こうやって死体を操っていると、なんというか……ネクロマンサーにでもなったかのような気分ですね。




 彼自身は知る由のない所だが、実は既に死体の行軍を見た人々からは『ネクロマンサー・ヘルファー』と呼ばれていたりする。

 実際は死者の王の力によって操られているものをメダルのコントローラーで操作しているだけなのだが、第三者からすればそんな事など解るハズもない。

 よって、ヘルファーがそういう力に目覚めたものだとして認識され、騎士団、魔導師団に続く第三の部隊創設への期待が高まっていた……。




 全ての死者が配置についたところで、私はスエロ殿に合図を送ります。それを受けたスエロ殿が、ルペス様に指示を出します。

 ルペス様の目が怪しく光ったかと思うと、勢いよく前方に腕を突き出し、平原一帯に己の魔力を行き渡らせます。

 すると、何とも恐ろしい事に彼方から土の津波がやってくるではありませんか。これならば一気に墓の穴を埋められるでしょう。


「圧巻ですね……。これが精霊の力……」


 そんな私の誉め言葉にも、スエロ殿は渋い顔を隠しません。曰く、あの時の敗戦が未だ尾を引いているらしいです。

 私自身は直接見ていないのですが、首都で民の避難誘導をしている際、王城の方で凄まじい戦いが起きていたアレの事でしょう。

 地震や暴風がこっちにまで及んでいましたし、あの渦中に居たならば精霊ですら無事で済むとは思えません。

 戦いに参加していた方々には誠に申し訳ないとは思いますが、私は心底からその場に居なくてよかったと思いましたよ。


『ゴオォォォ……』

「大丈夫ですよ、ルペス。私達は、もっと強くなれますとも」


 石の巨人が、その体躯に似合わぬ不安げな表情を見せ、悲しげな声で訴えています。

 私には感情くらいしか伝わりませんが、スエロ殿はハッキリと内容を理解できるのか励ましの言葉を送ります。

 人間と精霊との友情……素晴らしいものですね。私も、今からでも精霊使いになれませんかね?


「さて、埋葬は完了ですね。では仕上げに……タドミール!」


 そんな事を思いながらも、私はリッチから教えられていた呪文を唱えました。

 すると、メダルに宿っていた禍々しい魔力が消え失せ、同時にメダル自体も粉となって風に飛ばされて行きました。

 これによって操られていた死体はただの死体へと戻った訳ですね。もう、動くような事はなくなった訳です。


 さて、ここまでやったら、後は本格的に工事を進めて霊園を造り上げ、慰霊式典を行えば一区切りと言ったところですか。

 ここからはもう専門の方々や王族の方々に任せましょう。私の役割はここまでですからね……。

 なんだかんだで先代に押し付けられた業務ではありましたが、未知の体験も出来て良かったと思います。


 国から領になって忙しさが減ると思っていましたが、まさか逆になるとは……予想外です。

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