087:アシャラ村のお祭り
――アシャラ村。
首都から北西へ進んだ所にある村で、ちょうどダーテ王国との中間くらいにある。
自分達のようにダーテへ向かう者、あるいはダーテから首都を目指してやって来る者などの休憩地点にもなっている。
リチェルカーレ曰く大規模な農場があり、農業や牧畜が盛んらしく、品も評判で商人の出入りが多いとか。
しかし、いざ立ち寄ってみると……
「おぉ、君達は冒険者かね? 丁度良い、今この村ではお祭りをやっているんだ。楽しんでいってくれ」
入り口近くをうろついていたおじさんが声をかけてくる。どうやら祭り中らしい。
「祭り……? この村でこんな時期に祭りなど聞いた事がありませんが……」
レミアが疑問を口にするも、村の中に向かって歩を進めると、出店が並んでいる賑やかな光景が広がってきた。
土で出来た小さな歩道の両端にズラリと店が並び、各々の店で買い物している冒険者らしき者の姿や商人らしき者が居る。
売られているのは主にここの農場で採れたであろう野菜や果物など農産物だ。他には牛乳らしきものも売っている。
俺は野菜スティックを買い、セットでくれたマヨネーズのような調味料を少しずつ付けては口に運ぶ。
女性陣も各々気になったものを買って、飲み食いしながら村の中を進む。やがて、開けた場所へ出ると村人達が輪になって踊っていた。
広場のようだ。中心には噴水があり、噴水の真ん中にはまるで村のシンボルと言わんばかりに石像が建てられている。
頭にバンダナを装備し、肩までよりも長い髪をなびかせる人物が剣を天に掲げる構図だ。
女性のようにも思えたが、近くで見て分かった顔の造形や服装、体格などからして男性であるらしい。
「……誰?」
女性陣に話を振ってみるが、皆が首を横に振る。
「お嬢ちゃん達は冒険者かい? ワシはバオアン・ホーフ。この村の村長にして、農園の経営者じゃ」
石像を見ていた俺達に横から声がかかる。まさかの村長……。
「この人はライヒト・フース様。我が村をお救いくださったBランク冒険者の方じゃ」
村長の話によると、この石像はBランク冒険者との事。
ここまで称えられるとは、ライヒト・フースという冒険者は余程の偉業を成し遂げたのであろう。
「我々は非常に困っておった。辺境故に野生のモンスターも多く、さらにここは農業や牧畜を行う大農場。モンスターにとっては格好の餌場じゃった――」
当時を思い出して感極まったのか、村長がそのまま出来事の語りへと入っていく……。
ようするに大規模なモンスターの群れの襲来に対し、たった一人の冒険者が果敢に立ち向かいこれを救ってくれたという事だった。
この事態に対応するためにかかる労力やコストは多大。弱めのモンスターと言えど、数が多くなれば命さえも危うい。
にもかかわらず、村から出せる報酬は到底それに見合わない。だが、それでもライヒト・フースは来てくれた。
低ランクの冒険者ですら割に合わないと考えるような依頼なのに、普通に考えれば絶対にBランク冒険者などは見向きもしない。
「彼は言ったのです。「俺は人呼んで『農村の守護者』だ。困った村があれば、何時でも何処でも駆けつける――」と!」
農村の守護者……か。もしかして、この手の依頼を専門としているタイプの冒険者なんだろうか。
当人はもう既に村を発っているらしい。村を挙げて称えようとしたら「俺は忙しいんでな」と、依頼料だけを受け取るに留めたとか。
その気持ちは分かる気がする。こんな祭りの中心で主役としてもてなされてしまうのは、何と言うかこっ恥ずかしい。
他にも、モンスター討伐後のアフターケアや、今後の襲来に備えての罠の設置や対策の伝授など、村長からさらなる成果を聞かされた。
確かに予防は大事だ。駆除した後、もう一度襲われないようにするため、あるいは襲われても対処できるように備えておかないと、同じ事の繰り返しだからな。
「――まさにあの方は救世主。あの方がおられる限り、ル・マリオンは安泰じゃ」
農村の守護者が居れば世界規模で安泰なのか……。物凄い話の飛躍だが、こういうのはご老人特有の性質みたいなものだ、仕方がない。
こんな感じで村長は石像の付近に陣取り、石像を見て足を止めた人達に対して声をかけては同じような話をしているらしい。
これは間違いなく村の歴史に残されるやつだ。子々孫々に渡って、曲解を交えつつ『農村の守護者』の話が伝わっていくんだろうな……。
何とか熱く語る村長から退避した俺達は広場の反対側……ダーテへ抜ける方面へとやってきていた。
こちらのエリアでは木彫りの像などの民芸品を売っているようだ。動物や魚、モンスターから人間の像まで種類は様々。
しかし、一番強く推しに出されていたのが、例の冒険者――ライヒト・フース――の像だった。
誰が買うんだこんなもん……と思ったが、村人と思われる人達がお守り代わりとに買い、冒険者達も商人達も買っている。
実際に助けられた村人がお守りとして解釈するのは分かる。だが、冒険者達や商人達は何故買ったんだ……?
よくよく会話に耳をすませてみると、ランクが低そうなパーティは「自分達もこうやって称えられる冒険者になりたい」と憧れを口にしている。
一方で経験豊富そうなパーティは「おい、こいつライだぜ」「いい出来じゃないか」と、笑いも交えながら木彫り像を眺めていた。
なるほど、同期達にとっては良いネタとなる訳か。酒の席で散々からかわれる事になりそうだな……農村の守護者。
商人達は、おそらくあの村長が語っていたようなエピソードと合わせて、アンゴロ地方の名産として話題性を付けて売る気に違いない。
もちろん、それ以外にもまともなアクセサリーなども売っており、女性陣はそっちの方へと目が行っていた。
意外にも世俗への興味が薄そうなリチェルカーレもエレナやレミアと一緒になって品物を眺めており、その姿は年相応の少女そのものだった。
人外の領域に至れども女の子には違いないって事か。最近は化け物っぷりばかり見てたから認識を間違えないようにしないとな。
かく言う俺は、彼女達の意識が余所へ向いている間に……。
・・・・・
事が終わった後の呑気な旅であれば、あのまま村に一泊とかしても良かったのかもしれない。
だが、今の俺達はツェントラールの危機を救うために周りの国をどうにかしなければならない状況だ。
「急ぎの旅であれば、リチェルカーレ殿の転移で行ってしまえば良いのではないですか?」
レミアがそう提案するのも当然だとは思う。しかし、リチェルカーレは理由を付けて断った。
「残念ながら転移は行った事のある場所しか行けなくてね。アタシはツェントラールに長い事引きこもっていたから、この辺はあまり知らないんだよ」
だが、俺はそれが嘘である事を知っている。実はリチェルカーレはその気になればどこへだって行く事が出来る。
にもかかわらずそう言ったのは、旅における『行程』を楽しみたいからだ。醍醐味を味わうためにあえて行わない縛りを課しているのだ。
さすがに切羽詰まった危機的状況であればすぐにでも転移で移動する所だろうが、普通に移動して問題ないなら普通に移動する。
とは言え、国を救うのが目的である以上やたらとのんびりしている訳にもいかないため、移動は空飛ぶ絨毯だ。
絨毯の上には今四人が乗っている。胡坐をかいて座る俺の前にスッポリ収まるようにリチェルカーレが座り、俺の後ろにピッタリくっつく形でレミアとエレナが。
正直言って密着度が高い。それぞれ違うタイプで美少女・美女揃いなだけに、中身がおじさんの俺でもドキドキしてしまうわ。良い匂いするし。
だが、この絨毯。これだけの人間が乗ってもビクともせず普通に飛んでいるのが凄まじいな……。
確か『カイザーフェニックスの羽』と『インヴィンシブルドラゴンの鱗』という、聞いただけでも凄まじそうな素材が使われているらしいから、極めて頑丈なんだろう。
いつか現物を見てみたい所だ。よし、それも今後の目標にしよう。自由な旅が出来るようになるまでに色々と目的を増やそう。
「ところで、ダーテ王国ってどんな所なんだ? 概要は聞いた気がするんだが……」
「そこに着いて早々胸糞悪いものを見させられる羽目になるかもしれない、汚れ切った国さ」
「さすがにリチェルカーレ殿の物言いは極端ですが、貴族による圧制が酷く平民が虐げられているとは聞いています」
「個人的には虐げられている皆様をお救いしたいのですが、他所の国の問題ともなりますとそう簡単に介入も出来なくて……」
三者三様な三人の言葉から伝わってくるのは、等しく『ダーテ王国に対する嫌悪感』って事だった。
ホイヘルの支配下にあったエリーティもヤバかったが、別の魔族が支配していると思われるダーテは違う意味でヤバそうだ。
最終的に親玉をぶっ飛ばす事には変わりないが、何やら初っ端から嫌な予感がする……。




