085:冒険者への復帰
――ツェントラール首都スイフル、冒険者ギルド。
俺達は久々に首都の冒険者ギルドへと顔を出していた。
ここで登録してイスナ村で依頼をこなして以来、まともに冒険者として活動していなかった気がする。
コンクレンツでは完全にスルーし、エリーティの冒険者ギルドはギルドとして死んでいたしな。
入って早速、ざわざわとしている一角を見つけた。どうやら依頼が張り出してある場所のようだ。
沢山の人でひしめくそこに何とか割り入ってみると、皆が注目しているのは妙に浮いた感じのある一つの依頼だった。
【カイザーフェニックスの羽とインヴィンシブルドラゴンの鱗を求む ??? ?ランク】
前者も後者も、名前の響きからしてとんでもないモンスターなのであろうが、何故そんな依頼がこんな所に?
特にカイザーフェニックス。どこぞの大魔王の呪文を思い出させるのは俺が世代だからなのか……。
「リューイチは覚えているかい? 帝国に入る前、アタシが商人に紹介状を書いたの」
「あぁ。確か空飛ぶ絨毯が欲しいとか言ってた人だよな」
「この二つの素材はその材料さ。どうやらあの商人は『レシピだけを買う』選択をしたようだね」
「どういう事だ?」
「ネーテには選択肢を出すように伝えたんだ。非常に高額だが『魔法の絨毯そのものを買う』か、安価だが『レシピと材料の情報のみを買う』か」
「なるほど、その商人は後者を買い、判明した材料を揃えるために冒険者ギルドに依頼を出したのか……」
余談だが、魔法の絨毯そのものを買う場合は百億ゲルト。レシピと材料の情報は百万ゲルトらしい。
前者は目が飛び出るような額だが、後者が異様な程に安い。何せ冒険者が五千万近い額の杖をポンと買う世界だ。百万などお買い得すぎる。
「けど、商人は出資をケチった事を後悔する事になるだろうね。何せカイザーフェニックスもインヴィンシブルドラゴンも神獣だ。強さはもちろん、遭遇するまでのハードルが高い」
「場所もランクも不明になっているのはそれでか。そもそも、そんな神獣が何処に住んでいるかなんて情報を知っている奴が貴重そうだしな」
「それどころか、あれらの存在そのものを知っている人間自体が少ないだろうさ。おそらく、ここに集まっている人間の大半が双方に心当たりが無いだろう」
「百万という額はそれでか……。レシピと材料を知った所で、そんなレア極まりない材料を揃える事が出来る冒険者がどれほど存在するか」
「それだけじゃないよ。カイザーフェニックスの羽も、インヴィンシブルドラゴンの鱗も、並の職人じゃあとても加工できるような代物じゃない」
曰く、職人自身の技術も高いものが必要だが、道具も相応の物を用意しないと素材に刃を通す事すらままならないという。
材料の調達の手間、職人の手間、諸々を含めると最終的には百億ゲルトで絨毯を買った方が安くなるという……ドケチに向けた罠だな。
「さぁて、絶望するのが先か希望をつかむのが先か……見ものだね」
・・・・・
騒がしい一角を後にしてカウンターの方へ向かうと、既にレミアが先に来ていた。カウンターにはアイリさんも居る。
実は今回ここへやってきた主目的は、彼女が冒険者として復帰し、俺達のパーティ『流離人』に参入する手続きのためだった。
だが、それにあたって普通に手続きをしようとすると問題が発生しそうなので、直接マスターに話を通すとの事だ。
「流離人のお二方、お久しぶりです。今回はレミアさんがパーティに参入するとの事ですが、レミアさんは冒険者だったのですか?」
「実は騎士になる前、冒険者をしていた時期がありまして……。当時のギルドカードが残っているんですよ」
「そういう事でしたら、皆さんのカードを提出頂ければすぐに手続きいたしますよ」
基本的にギルドカードは生涯一度の発行であり、引退した後もそれを所有し続ける事となり、復帰する際もそれを再利用する事となる。
つまり、レミアが持っているギルドカードは『さすらいの風』のメンバーとしてのものという事である……。あぁ、そりゃあ問題が発生しそうだ。
「すいません。少し表に出せない事情があるので、マスターに話を通してもよろしいでしょうか?」
「事情……ですか、わかりました。すぐに準備しますね」
普通の冒険者がそう言ったとしてもアイリさんにスルーされてしまうところだが、騎士としての実績もあるためかレミアの申し出はすぐに通った。
そして、個室でギルドマスターのアルコさんとアイリさんが立ち合う中、ついにレミアがギルドカードを取り出した。
「「こ、これは!?」」
まばゆいばかりに輝くプレート。金銀銅やプラチナなどとも明らかに異なる、俺の記憶にはない全く新しい輝きを放つ金属の板……。
「馬鹿な! オリハルコンのプレートだと!?」
「そんな! Sランクの人は両手の指より少し多いくらいしか居ないのに……」
そういや以前そんな事を言っていたな。その例えからすると、大体十人ちょいって所か。
確か『さすらいの風』は皆が並ぶ実力者で、個々で上級魔族――を名乗る魔物を倒せる程らしいから、皆Sランクだろう。
全Sランクのうち半分近くが一パーティにまとまっていたとか凄まじいな。そりゃ群を抜いた存在にもなるわ。
「登録ギルドは……ペルシーク、登録名は……シルヴァリアスだと!?」
「シルヴァリアス!? って、あの聖銀の騎士……」
俺に『さすらいの風』の説明をしたくらいだ。メンバーの事を知っていて当然か。
ただ、レミア自身も語っていた通り姿形を偽っていたので本人とは結び付かないようだが。
「……これは、本当なのか?」
マスターが言いたい事は分かる。レミアがシルヴァリアスのカードを持っているだけなのかもしれない、と。
「では、こうしましょう」
レミアがギルドカードに魔力を通すと、シルヴァリアスと書かれた部分が彼女の名前に変化した。
「そんな! ギルドカードは偽装などが出来ない仕組みのハズ。名前を変えるなんて、そんな」
「いや、実はSランクは例外なんだ。何せその影響力が大き過ぎるからな……。変に騒がれても困る冒険者側と、その騒ぎに手を焼かされる国側の意見が一致し、特例が認められている」
国を救う英雄ともなれば人気なのは間違いない。冒険者側からすれば、常時群がられ続けるのは鬱陶しい事だろう。
国側からしても、そんな騒ぎを毎日何度も抑えに行くのは手間と時間の無駄に違いない。なるほど、確かに両者にとって得だな。
「まだるっこしいね。てっとり早く済ませるよ」
そう言って、リチェルカーレが指を鳴らす。あっ、これいきなり何処かへ転移するやつだ。
直後、マスターとアイリさんが足元に開いた穴に落ちた。そして間もなく、俺達も続く事となる……。
・・・・・
さすがに回数を重ねてきたからか、空間転移にも慣れてきたぞ。目の前に広がるのは、見渡す限りの平原だ。
俺は問題なく着地し、レミアも慣れたのか着地成功。なんとマスターも「ふんぬっ」とか言いつつ、大きな音と共に両足を付いて着地した。
元Aランク冒険者だけあってかとっさの危機回避もバッチリって事か。ダンジョンの落とし穴とかで経験積んだんだろうか。
一方で、残念ながらアイリさんは急な事に対応できず、尻餅をついてしまっている……。Bランク冒険者ゆえに差が出た形となったな。
「なかなか信じられないようだったから、直に見てもらった方が早いだろう。レミア、ホイヘルにやろうとしてたアレを見せてやってくれないか」
「ホイヘルにやろうと……って。あ、あれをですか!? こんな所でやってしまったら大問題になるのでは……」
リチェルカーレが軽く二回手を叩くと、平原に巨大な光のサークルが形成された。大きさにして直径数百メートルはあるだろうか。
「結界を張ったから大丈夫さ。中心で思いっきりその力を解放してやるといい」
「……わかりました。正直あの時は止められてしまった事で消化不良だったので、思いっきりやりますよ?」
レミアは一瞬で銀に身を包むと、恐ろしいほどの跳躍力で一気に結界の中心部まで飛んだ。
装備を纏うのにいちいちシルヴァリアスの名を叫ぶ必要とか無かったんだな……。ノリと勢いってやつか。
「ではいきます! シルヴァリアス秘技、アルギュロス・イフェスティオ!」
『火山のように爆発する銀の力、見せてやるんだから!』
結界の中心で技を叫ぶ――。掲げた剣に力が集まり、正視する事も出来ない程の輝きを放つ。
そして、ホイヘルの時と同様、高く飛び上がると共に剣を逆手で構え、落下の勢いを加えて地面に突き刺した。
直後、地面の各所から銀の光が溢れ出す。まるで雲の隙間から差し込む太陽光のようだ。
徐々にその光は数を増していき、同時に地面を激しく揺らす。一体どれほどの力を地面に打ち込んだんだ。
やがて、シルヴァリアスが宣言した通り、地面が火山のように爆発し、結界内全てが爆炎に包まれた。
「「なぁ……っ!?」」
床にへたり込むようにして眼前の光景を眺めているマスターとアイリさん。二人とも大きく口を開けたまま固まっている。
それも仕方がない。何せ、目の前で直径数百メートルにも及ぶ爆炎の柱が天高くにまで伸びているのだ。
おそらくは国外からも目撃できるであろう大規模極まりないレミアの力。リチェルカーレの隕石落としに続きとんでもない事だ。
爆炎が収まると、結界の円周に沿うような形で底が見えない程の巨大な穴が口を開いていた。
レミアはシルヴァリアスの力によるものか、銀色の球体状の光に包まれた状態でフワフワと浮いている。
おいおい、あの時はこんなとんでもない技をホイヘルに仕掛けようとしてたのかよ。
結界があったからこそこの程度の範囲で収まっているが、もし結界が無かったら……どれくらいの範囲がこうなった?
オーベン・アン・リュギオンどころか、首都そのものまでも完全に消し飛んでいたところだぞ。
ホント、恐ろしい事だ……。何がって、レミアの力の事じゃない。
そんな凄まじい力すらも全く外へ漏らさない程の結界を一瞬で構築できるリチェルカーレが恐ろしい。
「どうかな? お二人さんはこの力を見ても信じられないかい?」
リチェルカーレの問いに、ギルドの二人は首をブンブンと横に振った。
さすがにこれほどの力を見せつけられてしまえば、二人もレミア=シルヴァリアスと認めざるを得ないだろう。
「それじゃ、戻ってさっさと手続きを済ませるよ」
「おい、アレはどうするんだ……?」
アレとは、言わずもがなレミアが作り出した巨大な穴の事だ。まさかこのまま放置か?
ここが何処かは知らないが、残して置いたら大問題になってしまうんじゃ。
「大丈夫さ。後処理はネーテに任せるよ」
ネーテさんが……って事は、ここはツェントラールの何処かって事か。
また知らぬ間に厄介事を背負わされてしまって、苦労が絶えないな……あの人も。
・・・・・
「ふぇーっくしょい!」
その頃、ツェントラール王城にて、その美しい姿からは似合わぬほどの大きなくしゃみをした人物の姿が。
「だ、大丈夫ですか師匠……」
「えぇ、問題ありません。ただ、嫌な予感がします。そう、まるで知らぬ間に新たな厄介事を背負わされたかのような」
頭を抱えるネーテ。彼女の弟子となったカニョンも、ネーテと行動を共にするうち、彼女の苦労性を知った身だ。
おそらくは自分もそれに巻き込まれる……そう思うと、カニョンもまた師匠と同じく頭を抱えるのだった。
「……こ、今度は一体何が起きるの?」




