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084:レミアの昔語り

 ――ツェントラール王城・魔導研究室。


「国王の口から魂が抜けそうになってましたが、大丈夫でしょうか?」


 戻りは早いもので、リチェルカーレの空間転移を使ってあっさり城へと戻ってきていた。

 既にネーテさんから報告は行っていたとは思うが、コンクレンツの事と今回のエリーティの件を報告したら、聞いた直後に国王が倒れたのだ。

 レミアが言うように、まさに口から魂が抜けそうな顔をして……。確かに、唐突過ぎる報告ではあるが、王としてあれでいいのか?


「ティミッドにはとりあえず聞かせただけだよ。何とかするのはアタシ達や周りの人間達だ」


 前々からそうだが、幼子の頃からずっと見続けてきたせいか、リチェルカーレは王に対しての言いようが酷い。

 彼女は優しさなど性格の一部は評価しているが、王としての手腕に関しては一切期待していないようだ。

 それでいて無能な部分を矯正するでもなく、周りの手腕に任せている。俺が言うのも何だが、王をあのまま放置しておくのも何か考えているが故なのか?




「ところでレミア、エリーティでちょくちょく苦し気な顔をしていた時があったが、あれは何だったんだ?」


 報告を終えた後はリチェルカーレの研究室で茶を飲みながらまったりしていた俺達だが、少し無言の時間が出来てしまったのでふと気になっていた事を口にしてみる。

 特に魔族と戦っていた時に顕著だった。まるで魔族を恐れるかのような……。あの時までシルヴァリアスが使えなかった事と何か関係しているようだが、聞いておきたかった。

 現時点では問題なくシルヴァリアスを使えるようになってはいるが、彼女が抱えている事情の根っこの部分に聞き逃せない何がある気がした。


「……そうですね。それのおかげで随分と迷惑をかけてしまいましたし、この機会にお話しておきましょう」




 ・・・・・




 ――あれはまだ、私が『さすらいの風』という冒険者パーティに所属していた頃の話。


 私は最初の頃はソロの冒険者でしたが、ふとした縁から知り合った他の冒険者達と意気投合し、パーティを組み――何年も共に冒険をしました。

 リーダーの案により「もう俺達は家族同然だ」という事で、皆が自身の名前に『ヴィント・ヘルムヴァンダン』を加えた姓名を名乗るようになっていました。

 この言葉は、私達のパーティ名である『さすらいの風』の名を、リーダーの顔見知りである異邦人が現地の言葉に置き換えたものらしいです。


 私達はとある冒険の過程で、神が作りし『ギフト』と呼ばれる貴重なアイテムの一つを入手する事に成功したのです。

 ギフトは冒険者間においては幻の秘宝とも称されている程の物で、アイテム自身が意思を持ち使用者を選ぶと言われていました。

 しかし、リーダーはさすがと言うか……選ばれたのです。そして、選ばれた事によって他のギフトの存在を感知できるようになりました。

 そこからはもう早かったです。さらなる探索を続けた結果、私達五人はそれぞれに適合するギフトと出会う事が出来、無類の力を手にする事が出来ました。


 ギフトの力を借りた今の自分達ならば、世界各地で脅威となっている魔族にも立ち向かう事が出来るのではないか。

 時に皆で、時に個々で魔族を倒していき、やがては私達のパーティが世界に名を轟かすようになりました。

 有名になった事で自身達に様々な害が及ぶことを危惧した私達は、冒険者として活動する際は常にフルプレートの鎧を身に纏いました。

 声も変え、体躯も変える事で、オフの際に正体が特定されないようにしたのです。名乗る際も、ギフトの名前を名乗りました。


 ゴルドリオン、シルヴァリアス、パルヴァティア、プラティニア、ブロンズィード――。

 私達の最盛期には、それらのギフト名こそが『さすらいの風』のメンバーの名前として定着していました。

 だからなのでしょうか。あの出会いは、調子に乗っていた私達への罰だったのかもしれません。



 冒険の過程で森を散策していたある時、黒いマントを羽織った貴族のような恰好をした男性と遭遇しました。

 こんな場所で貴族が一人で歩いているハズもなく、不信感を抱いた私達は戦闘態勢を維持したまま近付いていきました。

 しかし、そんな私達を見て男性は高笑いしたかと思うと、圧倒的なまでの魔力を解き放ち、問答無用で私達に襲い掛かって来ました。

 恐るべき力でした。上級魔族と一対一で渡り合える力を手にした私達ですら、完膚なきまでにやられました……。


 この時、勇んで飛び出した二人があっさりと殺され、初動が遅れた私はリーダーに庇われ、もう一人は敵に弾き飛ばされた事で気絶していました。

 何故かその直後、私達を薙ぎ払った男性はガクリと膝を付き、満身創痍の様子で……急に興が冷めたかのようにその場から姿を消しました。

 男性が去ってから私は皆の様子を見たのですが、二人は既に手遅れ、もう一人は意識不明、そしてリーダーは庇った私に遺言を残して事切れました。


 私自身も決して軽くはない怪我をしていましたが、何とか森を出て助けを求める事が出来ました。

 既に亡くなっていた者は埋葬を、気を失っていた者と私は保護と治療をして頂きましたが、ここで私は気付くのです。


 恐怖していました……。いままでどんな魔族にも果敢に挑んでいた自分が、容易くやられた事で、圧倒的な力に対する恐れが芽生えたのです。

 そして、そんな情けない私に愛想を尽かしたのか、今まで共に戦ってきたシルヴァリアスまでも反応しなくなってしまいました……。

 自分の自信ともなっていたギフトの力を失った事で、今まで戦ってきた魔族ですら圧倒的な力をもつ相手となり、恐怖の対象へと変わりました。 




 その後、冒険者の世界から身を退き世界を巡っていた私が出会ったのが、後に先輩となるリュックさんでした。

 シルヴァリアスを失い、一から己を磨きなおしていた頃にふとしたきっかけで戦う事となりましたが、ここが今に至る分岐でした。

 リュックさんに詳細は分からないまでも、私が何らかの力を失い一からやり直している事をあっさり見抜かれたのです。


 それから彼女からツェントラール騎士団にスカウトを受け、以降の日々へと繋がる事になります……。




 ・・・・・




 今まで溜まっていたものを一気に吐き出すかのように、彼女が辿ってきた経緯をダイジェストしてくれた。

 途中で口を挟むのも野暮だと思ったので、聞き終わってから順に気になる事を掘り下げていこうと思っていた所だ。


「……ギフトはどうなったんだ? 使用者を選ぶって言ってたけど、使用者が亡くなった場合はどうなる?」

「わかりません。少なくとも私が亡くなった三人から取り外そうとした時はビクともしませんでした。もしかして、一度使用者が選ばれたらそれきりとか……?」

『違うわ。次に相応しいと思った使用者が現れればそっちに行くけど、それまでは離れられないのよ。私達と使用者の結びつきはそれだけ深いものなの』

「それは例え、使用者が亡くなっていても……ですか」

『そうよ。だから、その結びつき以上に深い結びつきが望めるような相手が来ない限り、彼らは外れないわ』


 考えてみれば意思のやり取りが出来るギフトそのものがここに居たな。本人ならば、そこにどういう理由があるのか分かって当然だな。


「あとは貴族のような恰好をした男性とやらか。シルヴァリアスを纏ったレミアと、それと同等の力をもつ他四人を同時に相手してなお圧勝とは……何者だ?」

「わかりません。ただ、言えるのは圧倒的なまでの魔力を感じたという事です。それこそ、あのホイヘルなどとは比べ物にならないような」

「それはおそらく……魔族だね」


 今まで聞きに徹していたリチェルカーレが話に入って来る。


「魔族……? あの男性が、ですか?」

「あぁ。そもそもレミアは魔族がどういう存在か、知ってるかい?」

「魔界からやってきたという存在という事くらいしか……」

「なるほど。その程度の認識しかないから、ル・マリオンでは勘違いされてしまっているんだね」


 彼女はお茶に一口付けてから、俺達にとっては衝撃的となる事実を語り始めた。


「そもそも、キミ達が敵性存在だと呼んでいる魔族は……魔族なんかじゃない」

「なんですって!? では、今までに私達が戦ってきた魔族や、あのホイヘルという魔族は……」

「魔界においては、虫の如くウジャウジャと存在する最底辺の存在。俗に『魔物』と呼ばれている者達さ」

「魔物……。魔族とは違うのか?」

「魔族は魔界において文明を築き、国家を形成して暮らしている。姿形も人間とほとんど変わらない、魔物とは比べ物にならない力をもった知性体だよ」

「人間とほとんど変わらない……なるほど。だから、あの男性は魔族だと?」

「シルヴァリアスとお仲間達の力を圧倒できる存在で、そんな姿形の者には残念ながら心当たりが無いんだ。となると、残る選択は魔族という事になる」


 おいおい、その言い方だとシルヴァリアスとお仲間達の力を圧倒できる存在に心当たりがあるって事になるじゃないか。

 あくまでも『そんな姿形の者には心当たりが無い』ってだけで、違う姿形の者なら居るのかよ……。リチェルカーレの周り、化け物だらけか。


「もしかして、その魔族が『魔王』なのか? そいつがル・マリオンにやってきた魔族を統率しているとか……」

「残念ながらそれはハズレだ。キミの印象だと魔王はそういう存在のようだけど、実際魔界において魔王とは一国の支配者に過ぎない」

「国の支配者……。国王とか皇帝とか、そんな感じか?」

「そういう解釈でも良いけど、魔界は極めて広大であり誰一人としてその果てを知らないとすら言われている。国の数を把握している者も居ないだろう。そう考えると、一国の主なんて小さな器に過ぎない。ル・マリオンで言えば村長や町長がいいとこだろうね」


 魔王が、村長や町長て……。


「さらに付け加えて言うなら、魔界とル・マリオンの間の空間には結界が張られていてね。ミネルヴァ様曰く、世界のバランスを崩す程の存在は行き来出来ないらしいよ」

「世界のバランスを崩す程の存在……まさか、リチェルカーレは通れないとか?」

「アタシを何だと思っているんだい。残念ながらアタシは気軽に行き来できてしまうんだ。けど、魔族はその大半が結界を抜けられない。これが、どういう事かわかるかい?」


 リチェルカーレが通る事が出来て、魔族は通れない。つまり、魔族の力がそれほど圧倒的という事になるな。ウソだろ?


「ぶっちゃけた話、アタシが人間の領域を超えて鍛え続けているのは、そういう存在も視野に入れているからだよ」

「けど、魔族は結界を通れないんだろ? あるいは、自発的に喧嘩売りに行くために力を付けてるのか?」

「そこでさっきの話だ。レミアが遭遇した魔族……何故、結界を抜けてきたと思う?」

「世界をバランスを崩す程の存在、つまりそれだけ凄まじい力をもった存在が結界を抜けられないのなら、力を失えば」

「その通り。魔族がル・マリオンにやってくる事は稀にあるんだけど、そうやってこちらに来る魔族達は、魔界における勢力争いに敗退し、命からがら逃げだしてきた者達って事さ」

「そんな、それじゃあ……」


 レミアが気付いてしまう。自分達が相対したあの魔族の男は――あれでも満身創痍の状態だったのだと。


「私達は、身も心もボロボロで、もはや他世界へ逃げるくらいしか道が無かったような……そんな弱り切っていた存在に負けたのですかっ!?」

「この世の中は想像しているよりも遥かに広い。世界の外へ目を向ければ、そういう存在もゴロゴロ存在しているんだよ」

「では、この先魔界から逃げのびてきた魔族が次々と現れたらどうすればいいんですか。シルヴァリアスでもかなわないなんて、そんな」

『ちょっと! 勝手に私の限界を決めないでよ! まだまだ全然私の力を引き出しきっても居ないくせにかなわないとか言わないで欲しいんですけど!』

「……ご、ごめんなさい」


 対ホイヘル戦で見せたあの力が『まだまだ全然私の力を引き出しきっても居ない』と来たか。

 レミアもレミアで、リチェルカーレに負けず劣らずの化け物の領域に足を踏み入れていきそうだな……怖っ。

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