081:崩壊から始まる新たな生活
「レミア。キミ、斜め上に向けて剣を振っただろう……」
「え?」
手前から奥にかけて登るような軌道で切断すれば、そりゃあ低い側に向かって上がズレ落ちてくるのは当然だな。
数百メートルの建築物がこちらに向けて倒れてくる光景――それを見て、ようやく自分が何をやらかしたか悟るレミア。
ホイヘルに対してトドメを仕掛けた時もそうだが、間違いなくこいつは天然だ……ヤバイ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! またやってしまいましたあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『馬鹿言っていないで何とかするよ! 自分の失敗を人様に拭われるなんて恥でしかないんだから!』
剣を手元から消し、再び闘気を込めるレミア。左手で右手首を抑えつつ、右手に黄色い闘気のオーラを集めていく。
先程の斬撃の時と同様、衝撃波を発生させるほどの力が一か所に集まっていき、右手が燃え盛るかのようにパワーを放っている。
黄色を超えた黄金の輝きとでも称するに相応しい、先程の斬撃をさらに上回る力が一点に集まっていく……。
「ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
謝罪の言葉と共に突き出された右手から怒涛の如く溢れ出る闘気が奔流となって、倒れくるオーベン・アン・リュギオンに打ち付けられる。
これド○ゴンボールとかで見た事があるやつだ! 行け、レミア! そのまま反対側へ押し返してしまえ!
『気張りなさいレミア! こんなマヌケな理由で町一つ滅ぼしちゃったら一生モノの咎を負う事になるわ!』
「そんなのはイヤですうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」
……こんな情けない気合の入れ方、見た事ないわ。もっとこう、カッコ良く必殺技の名前を叫ぶとか、熱い思いをぶつけるとかあるだろう。
だが、一生モノの咎を背負う事が嫌であるのは事実のようで、シルヴァリアスの後押しでさらにパワーが増した。
それが功を奏してか、凄まじい爆発と共にオーベン・アン・リュギオンは後ろへと反り返り、向こう側へと倒れ込みつつ崩壊していった。
後に聞いた話では、その際に生じた轟音と振動は、エリーティはもちろんの事、近隣諸国にまで響き渡る程のものだったという。
意識を失っていた面々も、さすがにオーベン・アン・リュギオンの倒壊が良い目覚ましとなったようだ。
何事か!? と言わんばかりに飛び起きて辺りを見回し、自分達がさっきまでとは違う場所に居る事に気付く。
「え!? ここって、もしかして地上の……」
「にしては、変ですね。オーベン・アン・リュギオンが見当たらないようですが」
「い、一体どうなったの!?」
三人は、介抱していた歌劇団の面々から説明を受けるが、一様に「はぁ?」と困惑を見せる。
そりゃあそうだろう。いきなり『レミアがオーベン・アン・リュギオンを切り倒して破壊した』と言われてもなぁ。
彼女達は今まで気を失っていたために、シルヴァリアスを用いたレミアの本気を見ていない。
しかし、先程までとは違う銀色の武装を身に纏い堂々と立つレミアの姿に、皆は思わず息を呑んだ。
「……この力、レミアさんに一体何が?」
姿を見ただけで明確に力の違いを察したらしい。俺はかいつまんでホイヘル戦の事を説明した。
「長らく眠りについていた真の力が目覚めた、という事ですか。にしても、これは桁が……」
「ビックリだよー! ワタシ、今のレミアには勝てる気がしないんだけどー!」
シルヴァリアスを纏うレミアは、ただ立っているだけでも通常時とは比べ物にならない力を放っている。
リチェルカーレのように外へ出る力を抑え込む事はしていないため、力を感じる事が出来る者にはその凄さがビリビリと伝わってくる。
「レミア。もうそろそろ力を抑えた方がいいんじゃないか?」
「そ、それもそうですね。既に事は終わったわけですし」
敵は倒し、象徴も破壊した。あとは国の再生だ。ここからはジョン=ウーの仕事だな。
あれほどの轟音と振動を伴ったオーベン・アン・リュギオンの倒壊は、間違いなく首都の民にも認識されている。
真実を知らぬ民からすれば、この光景は『誇るべき国の象徴が倒壊した』と映り、間違いなく絶望を植え付けるものとなるだろう。
実際は真逆であり、絶望からの解放を意味しているのだが、それを知らせるためにもジョン=ウーが動く必要がある。
・・・・・
俺達がジョン=ウーと初めて会った劇場にはバルコニーがあり、そこから民に向けて演説できるようになっているらしい。
何処の国もそうだが、当然そういう場所はあるわな。テレビなどの映像では無く、直接声を届ける必要がある。
演説するのは当然指導者のジョン=ウーだが、俺達も今回の件に携わった者達としてバルコニーの裏側に控えていた。
こっそり外を覗いてみると、召集された民が一様に不安げな表情で演説が始まるのを待っていた。
普通の国だったら演説を聞くのも自由参加なのであろうが、この国の今までを考えると、参加を拒めばそれだけで処刑されてもおかしくはなかった。
故に、ここには首都の全人民が来ていると考えていいだろう。象徴の崩壊もあって、皆が一様に不安な表情を浮かべている。
それでも民の動きに乱れた様子はなく、皆が一様に縦横の列を整え、一人一人の直立不動を維持している。今までの指導の影響だろう。
「皆、いきなりこのような場に集めてしまってすまない! 緊急で伝えなければならない事があるのだ!」
普通だったらざわざわと騒ぎになる所だが、聴衆は動じない。おそらく、動じたりする事さえ許されない環境だったのだろう。
「オーベン・アン・リュギオンが倒壊したのは承知の事だと思う。おそらく君達はこう思っているだろう……我らが誇るべき国の象徴が倒壊してしまった、と。しかし、それは真実ではない! 我が国は今の今まで魔族による支配を受けていたのだ!」
魔族という単語に、さすがに民も表情に驚愕を見せる。
「我らゴルドーの一族は、情けない事に魔族の傀儡とされていた。我らのせいで、君達に理不尽なまでの圧政を強いてしまって申し訳ない! お飾りとは言え、指導者の役を与えられていた僕が、ここに心より謝罪をする!」
指導者直々の謝罪と発表。何か反応したいが、迂闊に反応も出来ずにどうしたら良いか分からないといった表情だ。
「そう、今まで君達は一挙手一投足すら自由に出来なかった……。だが、それを縛る魔族はもういない! 塔の倒壊は、魔族が倒され絶望から解放された事を意味する! 君達は、もう思ったままに動いても良いんだ! 喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。全てが自由だ! 立っているのがつらければ、座ってもいい。直立不動がつらければ、姿勢を崩してもいい。もはや、誰もそれを咎めない!」
そこまで言われても民はオロオロするばかり。何せ、閉鎖空間で生きてきた民達にとっては今までの生活が『普通』だったのだ。
自分達の置かれていた状況が世の中と比べて非常識だったなどと、思う事すら出来なかった。自由であるという事がどういう事なのかすら分からない。
◆
「やったー! 俺達は自由だあぁぁぁぁぁっ!」
そんな時、警備兵の一人が手に持っていた槍を放り出し、鎧を脱ぎ、その場にどっかりと腰を下ろし、あろう事か飲み物を口にした。
続くようにして他の兵士達もその場に武器を置いて鎧を脱ぐ。もちろん、これはジョン=ウーによる仕込みであった。
今まで民達にとって恐怖の象徴だった兵士達が率先して自由を満喫する事で、民達にも同じようにしても良いのだという事を伝えようとしていた。
「自由だぁ!」
「新しいエリーティに乾杯!」
兵士達の所へ飲み物や食べ物を持ってきた役人達も集まってきて腰を下ろし、酒盛りを始めてしまった。
「民よ! 自由とはこういう事だ! 今日からこの国は生まれ変わる! 飲め! 食え! 騒げ! 指導者であるこの僕が全て許す!」
民の中で最初に動いたのは、年端も行かぬ子供だった。兵士達の宴席から漏れるいい匂いに釣られて歩いて行ってしまったのだ。
母親らしき人が絶望した表情で子供を見るも、子供は兵士に頭を撫でられてお菓子を与えられ、その場に座らされた。実に満足げな笑顔を浮かべている。
子供が手招きをすると、母親が恐る恐るながらも兵士達に近づいていく。そんな母親に対し、役人から飲み物の入ったコップを手渡される。
笑顔で飲み物を勧められた事でようやく警戒心を解き、かつてのように些細な事で処罰される事はなくなったのだとようやく自覚するに至った。
そうなれば後は早いもので、この場に集った民達全てを巻き込んだ大宴会に発展するまで、そう時間はかからなかった……。




