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080:崩れ行く象徴

 あとはレミアがその剣をホイヘルに叩き付ければそれで終了――のハズだった。

 しかし、直前にホイヘルを護るようにして立ちはだかったのは、まさかのリチェルカーレだった。


「なっ!? 何を考えているのですか……もう止まれませんよ!?」

「その必要はないさ」


 リチェルカーレが右手を挙げると手の上に黒い穴が開き、レミアの剣を飲み込んでしまう。

 半ば辺りまで刺さった所で落下は止まり、レミアは空中に縫い付けられる形となる。


『ちょ、ちょっとどういう事よコレ!? 全く抜け出せないんだけど!』

「そんな、今のは私の全力……。それを、こんなあっさり……?」

「そう、その全力がまずいんだよ。キミは一体ここを何処だと思っているんだい?」

「何処って……。あっ!」


 ここは数百メートルにもなる塔のてっペんだ。そんな所でホイヘルをあっさり葬れる程の一撃を叩き付けたら……。


「忘れたのかい? 塔の真下には歌劇団の仲間達が哨戒のために残っているし、町には住民もいる。塔が崩れたらこの首都もただでは済まないよ」


 そこまで言われて、ようやくレミアも気付いたようだ。普段の物腰に反して結構な脳筋なんだな……。


「まったく、キミは敵を倒す事にしか頭にないのかい? それとも、久々に力を取り戻して暴れたくなったのかい?」

「や、やめてくださいぃぃ……。情けなくて地面に顔を埋めたいくらいですうぅぅ……」

「もういっその事『聖銀の騎士』じゃなくて『バーサーカー』を名乗った方がいいんじゃないかな」

「バ、バーサーカー……。そんな、この私が、バーサーカー……。狂戦士……」

『ねぇねぇ。どうせならさ、シルバーサーカーなんて名乗っちゃうのはどうかな? ほら私、見ての通り銀色だし』

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」


 レミアがその場にくずおれてしまったぞ。先の件が余程の失態だと感じているらしい。まぁ、自分の一撃で首都崩壊を招く所だったしなぁ。

 バーサーカー扱いも不本意のようだ。と言うか、この世界にもバーサーカーという概念があるんだな。狂戦士と言う以上、おそらく意味は一緒っぽいか。


 その一方でシルヴァリアスの方はバーサーカー扱いにノリノリだ。なんだよシルバーサーカーって。バーサーカーというより、バカだなコイツは。

 パートナーの悪乗りぶりにレミアもとうとう耐えられなくなったのか、悲鳴と共に泣き出してしまった……。おいおい、どうすんだよこの空気。


『ウ……ギィッ。コ、コノ我を……無視、スルナアァァァァァッ!』


 お、ちょうどその空気を打ち破ってくれる奴が動いてくれたぞ。


 リチェルカーレの背後。ホイヘルが叫びと共に巨大な目を光らせ、最後の足掻きとばかりに魔力のビームを放った。

 しかし、そのビームはリチェルカーレの背で見えない壁にぶつかったかと思うと、そっくりそのままホイヘルへと返っていく。


『バッ! バカナアァァァァァァーーーーーッ!!!』


 自らの魔力で全身を焼かれたホイヘルは、その身をプスプスと焦がしながら右手を前に伸ばしつつ前のめりに倒れた。

 巨大な瞳が収縮して元に戻ったかと思うと、何処かへ消えていた二つの目も元の位置に戻り、口も小さくなった。


「敵を背にして無警戒であるハズが無いだろう。馬鹿なのかキミは……」


 辛辣な言葉だが、もはやホイヘルに聞こえているのかどうか。


「……で、キミ達はどうするんだい?」


 話を振られたジョン=ウー達だったが、リュックさんを除いた面々は壁を背にした状態で気を失っていた。

 リュックさんは鎧を身に纏っており、騎士という前衛であった事も幸いしてか、他の皆よりも耐久力が勝っていたようだ。


「戻って座長の身内を埋葬して、国の開放を宣言……って所だね。あと、すまないけど皆を運ばないと」


 故に、歌劇団で唯一動けるリュックさんが代わりに答える。


「了解。じゃあさっさとホイヘルを片付けて、みんなを麓まで送ろう」


 彼女がパンパンと軽く手を叩くと同時、該当するメンバーの足元に黒い穴が口を開いた。

 俺は何度も経験しているからすぐ落下に備えて構えられたが、不慣れなレミアとリュックさんは可愛らしい悲鳴と共に落ちていく。

 さすがに気を失っている連中には気を使っているのか、ゆっくりと沈んでいくタイプの穴が開いていた。


 それを見届けると同時、俺も足元の穴へと落ちていく……。




 ・・・・・




 気が付けば、俺達はオーベン・アン・リュギオンの麓に居た。


「こ、これが空間転移……なんという凄まじい魔術。いや、もはや魔法の域だな……」

「私も最初は凄くびっくりしました。身近にこんな人外レベルの使い手が居た事すら 知りませんでしたし」


 リュックさんはこれが初体験だったようで、レミアに対してあれやこれやと感想を語っている。

 レミアの方も数えるほどしか体験していないためか、リュックさんに同意する形で話を聞きつつ自分の体験を語っていた。

 それ以外の面々は床に寝転がる形で転移させられており、既に地上に居た歌劇団メンバーによって介抱されている。


「さて、国の代表者はそろそろお目覚めかい?」


 少し遅れてリチェルカーレが出現する。現れて早々彼女が目を向けているのはジョン=ウーだ。

 彼は意識を取り戻して身を起こしているが、周りを見回して何がどうなっているのか分からないといった顔だ。

 リチェルカーレが端的に状況を説明すると、ジョン=ウーはワナワナと震えて拳を床に叩きつけた。


「くっ、戦いの途中で気を失うなんて、僕は一体何をやっていたんだ……」

「気に病む事はない。国を支配するレベルの魔族ともなれば上級魔族だ。それを相手にして一度は追い詰めた。本来なら国が全軍挙げて挑むような相手に対して、キミ達はよくやったよ」

「それでも、僕はこの手で奴を……」

「残念ながらそれを成すには力不足だったという事だね。仮にもしキミが万全だったとしても、あのホイヘルに決定打を与える事は出来なかっただろうさ」

「……くそっ」


 さすがにその辺は自覚しているのだろう。それ以上、彼からこの件に関して言葉が挙がる事は無かった。


「それで、この後はどうするのか決めてるのかい?」

「とりあえずは国民に真実を告げようと思う。後は魔族によって実験場とされていた荒野を、再び人の住む土地へと変えたい所だ。だが、その前に……」


 ジョン=ウーが目線を向けるのはオーベン・アン・リュギオン。魔族による支配の象徴だ。これが残っている限り、真にエリーティは開放されたとは言えないだろう。

 首都はもちろん、かなり離れた場所からでも見えるであろう威容は、人々の心に影を落とすに違いない。ならばどうするか。解決のためにリチェルカーレが提示した方法は実に単純だった。


「よし、壊そう。レミア、今のキミにならそれくらい問題ないだろう」

「え、私ですか……? まぁ、シルヴァリアスの力を借りれば大丈夫とは思いますが、いいんですか?」

「首都に被害が出ないようフォローはするさ。さっきキミの攻撃を止めてしまった事もあるし、今度は思いっきりやるといい」

「わかりました。では――」


 レミアが刀身に己の闘気を込めていく。ホイヘルと戦い始めたばかりの頃とは異なり、その力はケタ違いだった。

 ただでさえ輝いていた銀の刀身が太陽のごとく光り輝き、渦巻く闘気が衝撃波となって辺りに拡散し、気のせいか大地すらも揺れているように感じる。

 そんな凄まじい力をレミアは遠慮なく横薙ぎに振るう。薙ぎ払われた前方に向けて、斬撃が闘気のオーラを纏って飛んでいく……。

 斬撃は音もなくオーベン・アン・リュギオンを通り抜けるが、少し遅れて通り抜けた場所に一筋の傷が刻まれ、轟音と共に建物がズレる。


「おいおい、嘘だろう……?」


 唖然とするジョン=ウー。そりゃあ、こんな鷹の目の剣士ばりの一撃を見せられたらそれしかリアクション出来ないだろう。

 俺もホイヘルとの戦闘で真の力を見ていなかったら驚き……はしないかもしれん。何せリチェルカーレや王のトンデモぶりを見ているからな。



 と思っていたが、俺は違う意味で驚かされる事となってしまった。切断された建物……こっち側に倒れてきてないか? 

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