076:再び立ち上がれ
「余裕ぶっこいてるから喰らわなくてもいい攻撃を喰らうんだよ。あの場でさっさと不意打ちでもしておくべきだったんだ」
つぶやいた瞬間、煙の向こうから何やら悪寒を感じ、横っ飛びでその場から引く竜一。
その直後、先程まで竜一が居た場所を二筋の光線が突き抜けていった……。
「早速不意打ちとは、学習出来てるじゃないか」
続けて第二射第三射と光線が放たれるが、放たれる瞬間の魔力と自分の位置取りさえ把握していれば、煙の向こう側から撃たれても予測して回避できる。
流れ弾がリチェルカーレの方へ飛んでいるが、相変わらずリチェルカーレは強力なバリアを展開しており、全く攻撃が通っていない。
『うぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!』
業を煮やしたのか、叫び声と共にホイヘルから凄まじい魔力が解き放たれ、一瞬にして煙を吹き飛ばしてしまった。
今の魔力の放出の際に再び身体を再生させたのか、ホイヘルの身体にダメージは残っていない。それどころか、より筋肉質になった印象を受ける。
ゆらゆらと赤黒い魔力を立ち昇らせ顔も含めた全身に血管が浮き上がり、目に見えて先程とは比べ物にならないパワーを放出している。
『お遊びはここまでだ人間共よ! 先程までと同じと思うな!』
竜一は手元にガトリングガンを召喚し、早速撃ってみるが、ホイヘルの身体へ到達する前に全て魔力の壁で阻まれてしまう。
続けて先程と同じくバズーカ砲を使ってみるが、全力で展開する魔力の壁を前にしても同じだった。となれば、地雷も結果は同じである。
全力で展開するオーラが爆発から身を守っているため、地雷を無視して一歩、また一歩と竜一達に迫ってくる……。
「アイツも恐ろしいが、これだけ地雷爆発させても抜ける事のない床が恐ろしいな……どれだけ頑丈に作ってるんだよ」
違う意味で戦慄する竜一。既に床は爆発による抉れでボコボコなのにもかかわらず、まったく崩壊する気配がない。
竜一は知る由も無かったが、この部屋はあれほどの巨体と力を持つ存在が思うがままに暴れても、全く問題が無いように作られている。
床の厚さはもちろんの事、人間達の技術では及ばぬ魔界の技術も駆使し、材質も仕組みも従来のものとは全く異なっていた。
……が、そんな部分について考察している余裕は、今の竜一にはなかった。
◆
「あいつ……結構凄いな。異邦人ってのは、みんなあんな反則的な能力持ってるのか?」
「ふふ、凄いでしょう。さすがはリューイチさんです!」
「なんであんたが誇らしげなんだい、レミア」
わずかだけ時をさかのぼり、リチェルカーレの近くにまで吹っ飛ばされてきたついで、他の皆に便乗して治療と疲労回復に努めるレミアとリュック。
話の種は、現在最前線に出て一人でホイヘルと戦っているリューイチについてだった。彼は今、煙に消えたホイヘルを警戒しているようだ。
「基本的に独特な能力に目覚める事が多い異邦人だけど、みんながみんな同じという訳ではないよ。あれはあくまでもリューイチだけの能力なのさ」
「なんでも『リューイチさんの世界にあるもの』を召喚する能力らしいです。あんなとんでもない武器があるなんて、凄い世界ですね」
「……二人共、アタシの後ろに下がった方がいい。どうやらリューイチが敵さんに火を付けたようだよ」
煙の中から放たれる二筋の光がリューイチを撃ち貫いた……と思ったが、間一髪横っ飛びで回避していた。続けざまに撃たれる光線も危なげなく回避。
レミアはすぐに察した。敵の攻撃の起こりさえ分かれば対処できる。それはまさに彼女自身が竜一の銃撃を弾いた時のような感覚……。
「おっと、ヤケクソになったのかこっちにも飛ばしてきたね」
リチェルカーレは魔力の障壁で光線を完全に無効化しつつ、呑気に竜一の動きを見守っている。そんな何気ない光景に、後方で座り込んでいたサージェとゼクレは驚きを隠せなかった。
空振りして次々と壁に激突している光線の威力を彼女達が判断した限りでは、自分達が全力で障壁を展開して何とか凌げるレベルのものだ。それをノーモーションで防ぐなど人間業ではない。
自分達を伴い空間転移をしてみせた時点で前代未聞だと思っていたが、魔力の高さも魔術の精度も人知を超えている。にもかかわらず今まで全く名前を聞いた事が無かった。
「呆けている場合じゃないよ。これからが本番だからね」
皆が目線をやると、ホイヘルが叫びと共に凄まじい魔力を解放し、より筋肉質となり禍々しいオーラを放つようになった所だった。
初めて対面した時ですら威圧されるほどの魔力が、倍加されたと言っても過言ではない圧力を伴って一堂に吹き付ける。
リチェルカーレは変わらぬ涼しい顔で腕組み姿勢を維持しているが、後ろで満身創痍だった一同からすれば気が気ではない。
だが、ここで屈してしまっては何のためにここまでやってきたのか分からない。全ては目の前の魔族を倒すため……。
先程は今よりも弱い力で屈してしまっていたジョン=ウーが、今度はより強い力を前にして決して屈してなるものかと気合を入れて立ち上がる。
「みんなを母国から拉致してまでも立てた反抗の計画……。無駄にしないためにも、僕が立ち上がらないと!」
顔に汗が浮かび、息が荒い状態ながらも、ホイヘルを睨みつけるその目に恐れはない。
「良い気概だ。それでこそ座長だ……肩、貸すよ」
リュックがジョン=ウーの右側を支える。
「いきなりリタイヤしちゃってごめんね。次は……失敗しないから」
マイテがジョン=ウーの左側を支える。
「もう一度、あの魔族に私達歌劇団の力を見せてやりましょう」
サージェが再び皆を強化するための魔術の詠唱を始める。
「こういうのも悪くありませんね。ダーテ王国では決して味わえなかった感覚です」
ゼクレもサージェの魔術に魔力を重ね、その効果をさらに高めていく。
「どうやら再び立ち上がる事が出来たようだね。じゃあアタシからド派手な祝砲をプレゼントしてあげようじゃないか! リューイチ、退けっ!」
歌劇団の面々を見て満足げに笑うと、竜一に撤退を促し、眼前に空間の穴を開く。そこから飛び出したのは凝縮された魔力の奔流だった。
人一人を丸々呑み込むような巨大な魔力の奔流が一直線にホイヘルを狙う。竜一の攻撃の一切を無視していたホイヘルだったが、思わず両手をクロスさせてガード体勢をとる。
パワーアップしたホイヘルをして警戒させるほどの力が、この一撃には込められていた……。
『ぬぅっ! ぐぬぬぬぬぬぬ……』
自身の魔力を高めて奔流を受け止める。そのままさらに力を高めていき、両手を広げると同時に攻撃を消し飛ばす!
『なかなかの一撃だな。だが、この我には――なにっ!?』
ホイヘルが勝ち誇ろうとした途端、リチェルカーレが空間の穴を一気に何個も開いてみせた。そして、その全ての穴から先程と同じ魔力の奔流が放たれる。
一撃ですら両手で受け止めたほどの強烈な砲撃が、今度は同時にいくつも迫る。数発を受けた所で自身の魔力の壁が突き破られ、残る砲撃が次々と肉体を穿っていく。
『馬鹿な! こんな、こんな事があってたまるかぁっ!』
ホイヘルはまだ倒れない。魔族はその命ある限り肉体を再生する機能が失われる事は無いため、また欠損した部分を元に戻す事が出来る。
しかし、精神面に蓄積した心のダメージは癒されないし、再生によって少なからず魔力も消費する。ホイヘルは徐々に疲労感が表面化してきていた。
「ふふ、どうだったかな? ウィル=ソンからのプレゼントは。国を滅茶苦茶にされて、運命を捻じ曲げられて、凄く憎悪に満ちた魔力だっただろう?」
そう語るリチェルカーレは、慈愛すら感じさせる笑みを浮かべていた……。




