075:目に見えた罠の使い方
皆の攻撃を立て続けに浴びせられたホイヘルは右手を欠損し、左手も損壊。腹部も大きく穿たれた状態となっていた。
普通に考えれば、もうこの時点で勝敗は決まったと考えても良いだろう。だが、相手は人間とは大きく異なる魔族である。
皆、この状況においても決して油断などはしていなかった――否、ただ一人を除いて。
「相手は手負いだ! このまま一気に攻めて国を解放するぞ!」
功を急いたジョン=ウーが、先程の爆発で飛ばされてきた自身の剣を手に取りホイヘルへと斬りかかる。
「いけません! 相手は魔族、手負いと判断するのは早計――」
レミアが言い切る前に、ジョン=ウーが先端の欠損した右腕で思いっきり殴り飛ばされる。
マイテの時と同じようにガラスを突き破って外へ放り出されるが、その瞬間に黒い穴が開いてリチェルカーレの許へ転送される。
「やれやれ。救護室が繁盛しそうな事で」
怪我人の保護を買って出たリチェルカーレが、ジョン=ウーにも治療を施し始める。
ホイヘルは戦線から離脱した者達には目もくれず、手負いの自身を警戒して動かないレミアとリュックに注視する。
『どうやら貴様達は分かっているようだな。そうだ。我にとってこの程度の損傷など、何の問題も無い』
全身に赤黒いオーラが発現したかと思うと、穿たれた腹部が不気味に蠢き、徐々にその傷を塞いでいく。
同時に右手の傷口も同じように動き始め、十秒もしないうちに新たな右手が再構築された。左手の小指も再び生え、裂けた手も元に戻っている。
『この通りだ。我に多少ばかり傷を負わせた所で、勝ったなどとは思うな』
「くそっ、再生力も段違いって訳か……。どう出る? レミ――」
リュックが傍らのレミアに目線を向けつつ言葉を発するが、彼女の横顔を見て思わず言葉を止めてしまう。
「……どうしました? 先輩」
こんな状況だというのに微笑んでいる。諦めや絶望からくるヤケクソの笑いではない……心底の笑み。
彼女自身は全く自覚していないが、現在に至ってそんな顔をしているのは彼女一人だった。
強い奴と戦うのが楽しくて仕方が無いと言っていたリュック自身が、想像を超える敵を前に笑顔を無くしているのにもかかわらずだ。
「い、いや。なんでもないんだ。それより、どうする?」
「決まりきった事です。一度やってダメなら、もう一度やるまでです」
再び己の身体に闘気を巡らせて身体強化を施すレミア。しかし、サージェとゼクレの魔導師組は満身創痍だった。
二人は後方で立っている事も出来ないくらいに疲労しており、魔力を重ねての二重身体強化は出来ない。にもかかわらず、彼女は不敵な笑みを崩さない。
『どうやら先程の力はもう出せないようだな。ならば、一思いに葬ってや――ぐあっ!?』
レミアを迎え撃とうとした瞬間、突然ホイヘルの頭が爆発する。後頭部を不意打ちされた衝撃で、思わずよろめいてしまう。
倒れ込むのを防ぐべく、右足を一歩前に出して踏ん張ろうとした瞬間、今度はその足元が盛大に爆発し、右足を損傷した事で自身の体重を支えられなくなり、ついに倒れ込んでしまう……が、さらなる追撃の手が待っていた。
まるでホイヘルが床へ倒れ込んだ事がスイッチとなったかのように、先程とは比にならない程の爆発が生じ、レミアとリュックもその場から弾き飛ばされてしまう。
「よし、上手い事決まってくれたみたいだな……」
いつの間にか、バズーカを構えた竜一がホイヘルの背後にまで移動していた。
皆が戦闘している中で一切の気配を発する事なく密かに動き、ホイヘルが集中攻撃を受けている間に準備を済ませていたのだ。
ホイヘルを囲む地雷原――はじめの一歩で足を破壊し、バランスを崩して倒れ込ませ、続けて全身へ追い打ちをかける。
(誤算だったのは、ジョン=ウーとレミアが想像以上にやる気だったって事だな……。ホイヘルの奴が吹っ飛ばしてくれなければアイツが爆発してたぞ)
竜一としては、集中攻撃の後にまだ元気なホイヘルを見て皆が委縮してしまうのを想定していたため、まさかあの状況で動き出す者が居るとは思っていなかったのだ。
「この爆発は、もしかして」
「あぁ、これはリューイチの作戦さ。本来だったら、皆がビビって動けなくなった中ホイヘルが一歩踏み出して勝手に自爆する予定だったんだけどね」
レミア達はリチェルカーレが居る所まで吹き飛ばされていた。いつの間にかサージェやゼクレも座らされており、マイテやジョン=ウーと共に治療を受けている。
既に二人が負傷、二人が魔力の酷使による疲労でダウン。八人のうちすでに半分がリタイアだ。本来なら、この状況も絶望する所であるが……。
「君達が想像以上に血気盛んなもんだから、ホイヘルではなく君達が爆発するのではないかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「それって、つまり……」
リチェルカーレの説明を聞いて二人はぞっとした。竜一はホイヘルの周り一面にあの爆発する仕掛けを設置していたというのだ。
二人はそんな仕掛けを知らなかったため、下手したら自分達があのホイヘルのような目に遭っていたかもしれない……。
「だからこそ、竜一が砲撃によって強引にホイヘルの体勢を崩した訳さ。そうでもしないと、キミが突入しちゃうところだったからね」
「なんて無茶なやり方だ。もしかして、君達はいつもそんな感じで戦ってきたのかい?」
「いえ、私がリューイチさんやリチェルカーレ殿と共に戦うのは、この国に来てからが初めてですので……」
「駄弁るのはその辺にしておいた方がいい。そろそろ、奴が動き出すよ」
晴れた煙の中から姿を現したホイヘルは全身が焼け焦げた無残な姿となっていた。
最初に地雷を踏みぬいた右足は膝から下が爆散しており、そんな威力の爆発を受けた全身も無事で済むはずが無かった。
『な、何が起きたというのだ……』
ホイヘルからすれば、異世界より持ち込まれた近代兵器の事など知る由もない。
力が発現する気配すらなく放たれた頭への砲撃はもちろん、魔族である彼の身体に深刻なダメージを与えるほどの仕掛けをいつの間に準備していたのか。
本来ならば召喚時に魔力が発生するのだが、集中攻撃を受けた際に実行されていたため、それを感じ取る事が出来なかったのだ。
「よう。俺からのプレゼントはどうだった? 魔族さんよ」
『貴様は……。我を前にしても臆する事のなかった人間の男か。まさか、先程のは貴様が』
「そういう事だ。結構痛ぇだろ? なんならもっとプレゼントしてやるぜ」
竜一は再びホイヘルの周りに多量の地雷を召喚する。地面に埋め込むような形で召喚しているので表面的には見えないが、召喚時に微量な魔力を発するので察する事は出来る。
ホイヘルは再び自己再生しつつ立ち上がると、たった今魔力の反応を感じた無数の箇所を目視で確認し、そこに先程の罠が仕掛けられた事を把握する。
『トラップを召喚する魔術か。しかも床の下にとは……。先程のもこれだな、いつの間に仕掛けた?』
「あんたが集中攻撃を喰らっている間さ。さすがに召喚による微量な魔力を察する余裕なんて無かっただろ」
『確かにな。上手い事やったとほめてやろう。だが、こうして堂々と罠を仕掛けた所で、我が引っかかると思うか?』
「思ってねぇさ。だから、こうするんだ」
竜一が手に持っていた何かを目の前に放る。それはホイヘルの足元へ落ちた瞬間、小さな爆発を起こし……
『なにっ!?』
……足元の地雷を誘爆させ、再びホイヘルを大爆発の渦中へと誘う。
「油断し過ぎだ。馬鹿野郎が」




