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074:攻勢

 レミアとリュックが己の闘気を燃やし、目に見えて黄色いオーラが彼女達の身を包み込む。

 闘気による身体強化は身体の内部から力を高めるタイプの強化であり、竜一の世界で言うなら強力なドーピングと言える。

 一方で魔術による身体強化は身体の外部から力を高めるタイプの強化となっていて、竜一の世界で言うならばパワードスーツのような感覚だろう。

 二人はそれを重ねて使う。片方だけでも強化具合によっては相当な負担がかかるそれを、双方同時に――


「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」


 黄色のオーラと赤のオーラが入り混じり、闘気と魔力の風で二人の髪が激しくなびく。雄叫びと共にホイヘルに向かって駆ける。


「元々この戦いは僕の戦いなんだ! 僕が行かなくてどうする!」


 先行した二人と同じように二色のオーラを漲らせ、ジョン=ウーも続く。その動きは二人にも負けていない。


「ゼクレさん、私は正直攻撃魔術が不得手ですので、力を託します……」

「わかりました。二人の力を合わせてあの魔族に風穴を開けてやりましょう!」


 サージェがゼクレの背中に右手を置き、ゼクレが魔術の詠唱を開始する。

 完全に無防備な状態となるが、前衛に絶対の信頼を置き最後まで詠唱し切る覚悟を決めた。


『限界を超えた力で挑みかかってくるか! そうだ! 良いぞ! その調子だ!』


 ホイヘルがレミアに右拳を叩きつけるが、それを見越したレミアは大袈裟なくらいにジャンプして背後に回り込む。

 叩きつけられた拳が床を砕き、爆散した破片が一帯に降り注ぐ。もし軽い回避で済ませていたら、間違いなくあの中に巻き込まれていただろう。

 リュックもそれを見越して少し距離を置いてから、改めて側面からホイヘルに斬りかかるが、当然その程度の事は気付いており――


『見えているぞ!』


 ホイヘルがリュックに目線を向けると同時、その目から魔力のビームが放たれる。

 だが、以前のスオン=ティークらとの交戦の経験から、顔を向けられていた時点で既に警戒していたため無事に回避成功。ただ、一つだけ想定外の事があったとすれば……。


「ちっ、口から撃ってくるかと思っていたけど、まさか目とはね……。しかも速度速いし」


 口からの高威力の砲撃と比べ、威力は小さいが速度の速い目からの攻撃。少しでも反応が遅れていたら直撃していたに違いない。

 ホイヘルがリュックに意識を向けた隙にレミアが背後から斬りにかかるが、ホイヘルは翼を器用に動かしてレミアを薙ぎ払う。

 そこへジョン=ウーが飛び込む。床を打ち付けている右拳はすぐ振り回せないため、左拳で薙ぎ払おうとする。しかし、ジョン=ウーは逃げない。


「座長! 奴の攻撃は一撃でも受けるとヤバい! マイテみたいになるよ!」


 リュックが警告するが、ジョン=ウーはその言葉に笑みを浮かべ、ホイヘルの拳に思いっきり剣を叩きつける。


『ぬぅっ!?』


 声をあげたのはホイヘル。思いっきり拳を振りぬいたのにジョン=ウーを打った感覚はなく、逆に小指辺りに無視できない痛みが走った。

 視界に飛び込んできたのは空を舞う己の小指。ジョン=ウーはあの瞬間に、拳全体ではなく小指だけをピンポイントに狙って剣を振り抜いていた。

 闘気と魔力で限界まで強化した状態での斬撃と人知を超えた力を持つ大砲の如きホイヘルのパンチが重なれば、その際に生じる威力は何倍にも跳ね上がる。


「はぁっ、はぁっ……。相手が苦痛に顔を歪める程度の一撃、叩き込んだぞ」


 ジョン=ウーはすれ違いざまに勢い余って転がってしまい、逆大の字状態で壁に激突してようやく止まっていた。


「はっ、ははっ。凄いじゃないか……座長」


 思わずリュックも笑ってしまう。それなりに出来る器に育てたつもりではあったが、まだまだ自分達には及ばない存在だと思っていた。

 しかし今、彼女達ですら出来なかった『一撃』を見事に決めて見せた。腕の切断は無理でも指一本なら――と、ポイントを絞った結果であろう。


『やるではないか、雄々しき獅子よ。我が傷を負うなど、いつぶりの事であろうな……』

「だったらもう一つ、大きな傷を負わせてあげましょう! 名付けて、スパイラル・トルネード・ランス!」


 魔導師二人による魔術が完成し、ホイヘルに向けて放たれる。


『ふむ。良く練られた魔術だ。どれ……』


 ホイヘルは右手を突き出し、風の槍を受け止める。先端が掌に突き刺さり、猛烈な勢いで回転を始めるが、最後の最後で魔力の壁が行く手を塞ぐ。

 得意気な相手の表情から察するに、余裕で受け止めているのであろう。その一方で、小指の失われた左手に魔力が集められていく。

 今まさに魔術を放っている最中のサージェとゼクレを狙い撃つ魂胆なのは明白。だが、ゼクレは今もなお魔術を放ち続けており手が離せない。

 サージェは空いた左手で杖を構えるが、ゼクレに魔力を送りつつホイヘルの攻撃を防げるだけの障壁を展開するだけの余裕は無い。


 だが、今戦っているのはゼクレとサージェのみではない……。


「どっせえぇぇぇぇぇい!」


 リュックがホイヘルの左手に大剣を叩き付け、衝撃で魔力を霧散させる。さすがに意識して警戒していなかった場所は防御も弱いのか、左手に手痛い斬撃を与える事が出来た。

 親指と人差し指の間に切れ込みを入れるような感じで大剣が叩き付けられたためか、親指が千切れそうな状態となっており、さすがのホイヘルも痛みに歯を食いしばる。


『やってくれたな……! 人間風情がッ!』


 左足を床へ思いっきり叩き付けてフロアを大きく揺らす。先程右手が叩き付けられた時よりも派手に爆散した破片が舞い散る。

 だが、そうやってリュックの方へ意識を反らしたその隙を、前線から復帰したジョン=ウーは見逃さない。ホイヘルの右手首付近を狙い、上から落下の勢いを重ねて全力での刺突を試みる。

 先端だけでも突き刺されば儲けもの。そうすれば、内部から闘気を爆発させて右手を吹き飛ばし、スパイラル・トルネード・ランスを直撃させられる。

 とは言え、それを防ぐために魔力で防御を展開している右手の守りは非常に強固であり、そこまでしても固い壁のような物に阻まれてしまい、本体まで刃が通らない。

 それだけならまだ良かったのだが、ホイヘルの魔力による障壁はジョン=ウーの剣をがっちり捕えてしまっている。まるで木材に中途半端に刺さってしまった釘。

 刀身を前後させて引っ張っても抜けそうにない。かと言って、いつまでも剣にしがみつき続けていれば、ホイヘルからすれば完全に良い的となってしまう。


「くそっ、こんな事になるとは……」

「いいえ! まだですっ!」


 剣を突き立てるジョン=ウーの上から二色のオーラを纏ったレミアが落下してくる。意図を悟ったジョン=ウーは剣のみを残し素早く退避する。

 直後、レミアの右足が剣の柄頭を捉え、激しく蹴りつける! 押してダメなら引いてみな――ならぬ、引いてダメなら押してみな。

 剣先の一点のみに先程のジョン=ウーとは比べ物にならない程の力が瞬時にして加わり、まるで豆腐に刃を突き立てるかの如くあっさりホイヘルの腕を貫く。

 当然、ここで終わりなどではない。相手の身体にしっかり刃が通った以上、闘気を扱う者としては『その先』まで決めるのがお約束である。


「爆砕ッ!」


 足から剣へ闘気と魔力を混ぜたエネルギーを送り込み炸裂させる。それと同時、レミアは爆風に乗っかるようにして退散する。

 ホイヘルが足を叩き付けた時とは比にならない振動と衝撃波がフロア全体を襲う。そんな中、未だ止まらず次を狙っている者達がいた。


「今です! 決めてしまいましょう!」

「諦めずに維持していて正解でしたね……。はあぁぁぁぁぁぁっ!」


 魔術を防いでいた右手が退けられたため、がら空きとなった胴体に向けて竜巻の槍が狙いを定める。

 奔流として放出し続けているタイプの魔術であるが故に、一旦手を離れてしまった魔術とは異なり途中での操作が可能だ。

 さらなる二人の魔力を受け、竜巻の槍は太く強く、そして激しく回転力を増す……。


『ぬぐおぉぉぉぉぉぉ……。こ、こんな事でえぇぇぇぇぇ!』


 右手を吹き飛ばされた痛みに悶絶した直後、その痛みとは比べ物にならない更なる痛みがホイヘルを襲う。

 まるでドリルのように肉体を削りつつ、やがてはどてっ腹に巨大な風穴を穿つ事に成功する――。

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