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072:オーベン・アン・リュギオン

「どうやらそっちも終わったみたいだね。ちゃんとトドメは刺せてるかい?」


 リチェルカーレと共に、倒れたジョン=ウィルを覗き込むと、胸部がゴッソリと抉れていた……エゲつない倒し方するなぁ。

 スオン=ティークの時は上半身を丸々吹っ飛ばしていたけど、コイツの場合は頑丈だからそうはならなかったんだろう。

 だが、これくらい念入りに心臓部を砕いておかないと安心できないのが魔族と言う存在らしい。心臓複数持ってる奴とか居るかもしれないしな。


「レミア……。せっかく応援に向かったのに、直後に終わっちゃったな」


 リチェルカーレからお払い箱扱いされた屈辱を怒りに変えてぶつける前に終わってしまった。

 他の人にはあまり見られたくないのか、彼女にしては珍しく、ぶすぅ~っと頬を膨らませて顔を背けていた。


「いいですよいいですよ。全部、親玉にぶつけてやりますから……」


 レミアの目が何となく昏い。もしかしたら、俺は親玉に対して同情する事になるかもしれないな。


「ここから先はメンバーを絞った方がいいね。かばいながらやっていたら、間違いなく死ぬ事になるよ」


 リチェルカーレがジョン=ウィルの遺体を空間に収納し、辺りを見回してからそうつぶやく。歌劇団の面々の事を言っているのだろう。

 元々各国の重鎮だった面々は戦力として申し分ないが、後方支援に徹していた者達を連れて行くのは気が引けると言う事だな。

 今回戦った二人以上に恐ろしい奴が相手となると、さすがに味方をかばいながら戦う余裕などないだろう。仮にかばえたとしても攻撃に回れなくなる。

 防戦一方ではいつかやられてしまう。状況が状況だし、無能な味方に足を引っ張られるという事態は避けなければならない。


「……確かに、キミの言う通りだ。僕達だけで行くのならともかく、キミ達も居るのだから、邪魔をしてしまうのは申し訳ないしね」


 ぶっちゃけた話、リチェルカーレが居れば戦力外の者が何人いた所で守りながら戦う事くらいできるだろうが、性格的に考えて絶対にそれはしないだろう。

 否応なしに戦火に巻き込まれてしまった者達ならばともかく、危険だとわかっていて飛び込んできた馬鹿を守るなど労力の無駄でしかないからな。


 実力者四人を除く面々は、敵の居城であるオーベン・アン・リュギオンを進む際の露払いを行う事となった。

 ジョン=ウーによると、指導者の立場を与えられた人間でさえ滅多に立ち入る事を許されず、呼ばれた際もロビーから魔法陣で飛ばされるため、内部構造は誰も知らないとの事だ。

 つまりは、この場に居る誰もにとって未開の地という事だ。あの外見からして百階くらいはありそうだが、今から俺達は地道にあれを登っていくというのか……?



 ・・・・・



 目の前にはもう、最終目的地のオーベン・アン・リュギオンが建っているのみだ。

 道中を塞ぐ敵は居ない。俺達は敵地に向けて一気に走り抜ける――。まぁ、リチェルカーレだけはふよふよと宙に浮いているが……。


 開かれていた大きな扉を抜けて建物の中に入ると、そこは豪華な様相のロビーが広がっていた。ただし、それは俺達が先程通ってきた劇場とは正反対の趣だった。

 黒ずんだ石壁に不気味な悪魔や髑髏が象られた燭台が点々と並び、飾られている絵画は呪われるのではないかと言う程におぞましいものを感じさせる。

 階段の左右に建てられている悪魔の像や、壁際にいくつも並んでいる鎧……あれ、絶対に動くやつだろ。全体的に薄暗く、隅の方が闇に沈んで見えないというのも雰囲気がある。

 国を支配する魔族の居城だけあってか、まるで俺達の世界のファンタジー好きが想像する『魔王城』とでもいわんばかりのコテコテぶりだ。


「ここがオーベン・アン・リュギオンか……。僕自身は支配者の魔族と接した事が無いから来るのは初めてだが、極めて悪趣味と言わざるを得ないな」


 あの白い宮殿に籠っていたジョン=ウーとは感性が正反対らしい。内装を見て不愉快そうな顔を隠さない。

 他の面々も同様だが、中には口元を押さえている者すらいる。彼女達曰く、瘴気が漂っていそうで気持ち悪いらしい。

 もちろん、実際には瘴気など漂ってはいない。瘴気が発生していれば、まずリチェルカーレが気付くハズだ。

 だが、彼女達の言い分も分かる。内装が魔族を連想させるが故、空気までも汚れているように思い込んでしまうのだろう。

 強い思い込みは時に心身にまで影響を及ぼす。やはり敵地だけあって、早くも負の影響が出ているようだ。


「変だね。敵の気配もしないし、いかにも怪しい像が動いたりする事もない……」

「さらに変なのは、扉の向こうに何もない事だねー。軽く叩いてみたら、向こう側は空間じゃなくて壁だよー」

「念のため隅々まで調べてみましょう。サージェも魔術でのサーチをお願いします」

「わかりました。何か怪しい反応が見つかりましたら、お知らせしますね」


 歌劇団の面々がロビー内に散って様々なものを様子見しているが、特に悪魔の像が動き出したり、鎧が動き出すような事も無かった。

 各種扉はもちろんの事、ロビー内にある階段の上の大扉もビクともしない。迎撃のために敵が出てくる気配もない。

 マイテは自身の特技なのか、扉を叩く事で向こう側を把握する技術を持っているようで、一通り試した結果『向こうは壁』と主張する。

 それが事実であれば、このロビーは何処にも通じていないフェイク――罠であるという事になる。ゲームでたまにある例のように、別の入り口が存在するのだろうか。


「やれやれだ。先へ進むにおいて謎解きとか探索が必要だというのであれば、今は正直やる気にならないね。パスさせてもらうか」


 イラッとしたリチェルカーレが掌に魔力を練り始めたと同時、階段の上にある大扉の前に光の柱が出現した。



『慌てるな、人間達よ。無理に突き進もうとせずとも、我は貴様らを歓迎してやる。今、我が許へ直通のゲートを開いてやろう』


 ホール内に響く野太い声。重みを感じさせるベテランのようでいて、まだ何処かに若さを感じさせる不思議な声だ。


「この声……! もしかして、お前が黒幕の魔族とやらか」

『如何にも。異邦人と異国の者が乗り込んできたという報告は耳にしているぞ。たまにはこういうイレギュラーも面白い』

「祖父の運命を捻じ曲げ、国を私物化した貴様を……僕は許さない!」

『世代を経てようやく出てきたか、この我に牙を剥かんとする雄々しき獅子よ。この時を待っていたぞ』


 光の柱は天井を貫くようにして上へと伸びている。おそらくだが、昇降機のように登る魔術か何かだろう。


「誘いに乗ってやろうじゃないか。なぁに、もし罠だったとしてもアタシが潰す。大船に乗ったつもりでついてくるといい」


 リチェルカーレが先行して光の柱の中へ入る。よく見ると足元に魔法陣が敷かれており、これが柱を発生させる元となっているようだ。


「歌劇団のメンバーで僕に同伴するのはリュック、マイテ、ゼクレ、サージェの四人とする。他の皆はこのロビーおよび外部での哨戒を頼む」


 ジョン=ウーも他の面々に指示を飛ばしてから柱の中に入ってくる。八人程度なら余裕で収まるな……この光の柱は。


『我に挑むのはこの面々で良いのか? 何人連れてきてもかまわんのだぞ?』


 意外にも敵の方から念押しをしてくる。たったこれだけで挑む気なのか――とでも思ってるんだろうか?


「俺達三人はともかく、他はジョン=ウーが実力を考慮して厳選したメンバーだ。これでいい」


 ジョン=ウーに目線を向けると、深く頷いた。知り合って間もないのに戦友みたいになってるな、俺達。


『よかろう。ならば、我を存分に楽しませてくれ……』


 魔族の言葉と共に魔法陣の輝きが増し、光の柱もそれに合わせてより一層輝きを増した。その直後、俺達の身体が勝手に宙へと浮き上がる。

 やはり転移ではなく上昇するタイプか。足元に床の感触を感じないまま一面真っ白な世界を上昇していく不思議な感覚だ……。

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