071:頑丈な魔族の倒し方
リチェルカーレが風の魔術で視界を晴らすと、そこにはウィル=ソンが倒れ伏していた。
両腕を失い、うつ伏せに倒れた所へ俺が大量の地雷を仕掛けたためか、ウィル=ソンの周りに血だまりが広がっていく。
一見すると大ダメージを与えたかのように見えるが、あれだけの大爆発で原型をとどめている事を考えると、体表を損傷させた程度だろう。
やはり、強大な敵に対しては近代兵器など通じないというのがお約束になりつつあるのか。頼りすぎるのも危険だな……。
使い方も今までとは変えていかないとだめだな。メインの攻撃として用いるのではなく、剣聖や罠などのサブ攻撃として考えるか。
「おっと、呑気にしている暇はないよ。彼はスオン=ティークと違って魔族の血が濃い。肉体の再生力も魔族に等しく強くなっているハズだからね」
リチェルカーレの指摘通り、既に腕の切断面の肉が隆起して血が止まっている。おそらく、体表も修復されているに違いない。
「まさか、この状態からまた腕が生えてきたりするのか……?」
「欠損した部位を新たに生やす事は、純粋な魔族でも相当な力を消費しないと出来ない。元々が人間だった半端な存在では、そこまでは無理だろうね」
足を拘束され、腕を失ったウィル=ソンはもはやイモムシのように体をくねらせて唸る事しかできなくなっていた。
口から吐き出す魔力の砲撃も使えないほどに力を消費してしまっているらしく、もはや状況は詰んでいる。
しかし、それでも耐久性と再生力は残っているため、今のレミアの攻撃では死に至らしめるほどのダメージを与えるのは難しいだろう。
「レミア。こっちはやっておくから、向こうへ行ってあげるといい。キミの先輩が苦戦しているようだしね」
リチェルカーレのお払い箱宣言に、レミアは悔しそうに歯を噛み締めると、少し離れた場所で戦っている歌劇団の方へ走っていった。
トドメを任されておきながら完遂する事が出来ず、「もういいからあっちいけ」とばかりに戦線から離れる事を要求されたのは、騎士として屈辱の極みだろう。
この屈辱を怒りに変えて、歌劇団の方で活躍してくれる事を祈るしかないな。リチェルカーレの言う、本来のレミアというのを見てみたいぞ。
「さて、リューイチ。ツェントラールの森でアタシが言っていた事を覚えているかい?」
「普通ならここで「なんだったっけ?」とか言うんだろうが、俺は違う。いずれ説明すると言っていた事を説明する時が来たのだろう? とても剣術なんて呼べる代物じゃない、邪道な独自のやり方ってやつの説明を」
「さすがは察しの良いリューイチだ。端的に言うと、アレはさっきウィル=ソンの腕を斬り落としたのと同じ原理さ。こうやって、ね」
指を鳴らすと同時、ウィル=ソンの首がゴトリと落ちる。この時点で既に剣術じゃないな……魔術だ。
「空間そのものを斬り裂く事で、空間上にある物体は如何なるものであっても同様に斬り裂く事が出来る。これを、剣を手にしてやる事で『何だかよく分からないすっごい剣術』っぽく見せていたのさ」
「今は普通の剣術が先――って言っていた理由が分かった気がするよ。空間魔術を使うのは、さすがにハードルが高いな……」
「ま、人間の領域を超えられるかどうかは努力次第だね。世間で能無しと後ろ指をさされて生きてきた人間でも、不断の努力でそれを覆す事だって可能だよ」
「よーし、おじさん頑張っちゃおうかな……って、おいおい。あいつまだ動いてるぞ?」
首を斬り飛ばされたウィル=ソンの身体が、まるで打ち上げられた魚のようにビクビクと動いている。
虫などは頭が千切れ飛んでもしばらく動いていたりするが、魔族の生命力もそんなレベルで強いのかよ。
「あー、すぐだったら切断個所をくっつければ元に戻っちゃうね。この程度では完全に倒せないから、今後魔族と戦う時は覚えておいた方がいい」
そう言って、胴体部分を丸ごと黒い穴の中に放り込んでしまった……。次元の狭間に住まう者とやらの餌にしたんだろうか。
切断されていた腕も一緒に沈んだのか、残されたのは苦悶の表情に歪んだまま生命活動を停止した顔のみだった。
その状態ですら万が一の事があるかもしれないと、リチェルカーレは光の魔術で槍を作り出して脳天から突き刺して地面に固定させた。
何とも凄まじい念の入れようだ。世の中には、これくらいやっておかないとヤバイレベルの敵が溢れてるって事か……。
・・・・・
魔族へと変貌した父は大柄な事もあってか動きは遅く、足元で立ち回る僕達をなかなか追い払えずにいる。
振り下ろされる拳や振り上げられる足は、そのどれもが大砲のような威力を持っているが、僕達にとっては回避など朝飯前。
むしろ、それによって生じた隙を狙って確実に一閃を刻み、その一閃に重ねるようにして短剣を打ち込み毒を注入する。
幾度それを繰り返しただろうか、目に見えて動きが鈍ってきたスオン=ティークと異なり、父はなかなか動きが鈍くならない。
そんな中、向こうの方から振動とうめき声が聞こえた。目線をやると、祖父が転倒させられており、怒りからか魔力砲撃を撃とうとしている。
スオン=ティークの時以上に凄まじい魔力の集中を前に、あいつらは全く動じていない。いざ砲撃が放たれても、良く分からない黒い穴に吸収されて終わりだった。
怒りから次々と砲撃を連打するも、結果は変わらない。やはり思った通りだ。あの魔導師の少女は、他の面々を圧倒的に凌駕する力を持っている。
それよりも、問題は僕達だ。目の前に居る父を倒せずして、父を変貌させた親玉である魔族に対して手も足も出るはずがない。
よしんば倒すのは無理だとしても、相手が苦痛に顔を歪める程度の一撃くらいは叩き込んでやらないと気が済まない。
「ゼクレ! みんな!」
「「「「「はい!」」」」」
向こうの祖父に触発されたのか、父が下の僕達に向けて魔力砲撃を放つ挙動を取り始めたので、すかさずゼクレ達魔導師による砲撃を叩き込んで気を反らす。
すると、こちらの方へと向き直りニタァッと笑みを浮かべる。どうやらターゲットをこちらの方へ切り替えたようだが……それは悪手だ。
その直後に真下から叩き込まれる渾身の突き上げ。リュックの大剣が、顎下から口内を通り抜けるようにして、ついには頭部を貫くに至った。
「さすがにこの部分は脆かったようだね……。座長の父親ではあるけどこちらも命懸けなんだ。容赦はしないよ!」
当然、頭を貫いた程度では倒れないのは分かっている。故に、貫いた剣に闘気を集中させて、一気に放出する事で追い打ちをかける。
通常であれば頭が爆散している所だが、大柄な魔族に変貌しているだけあって頑丈なのか、顔面が焼け焦げてボロボロになりはしたものの原型が残っていた。
口から煙を吐きつつ、仰向けに倒れる父。だが、これで終わりではない。スオン=ティークの時と同じようにやらないと……。
僕が倒れた父のもとへと近づくと、顔からすごい勢いで煙が噴出していた。まずい、良く見ると顔の皮膚が早くも再生を始めているぞ。
脳天を貫いて爆発させてもなおこれとは、スオン=ティークとは比べ物にならない程に魔族としての力が強いって事か。
僕は父の身体の上に乗っかると、剣を逆手に持って心臓部へと突き刺した。しかし、やはりと言うか先端が少し刺さる程度で止まってしまった。
「諦めてたまるか! 今こそ残しておいたこの脂肪を活かす時!」
刺さった剣の柄頭へ向けて、足に全体重と全闘気を込め、全身全霊の一撃を叩き込む。
「父上ぇ! これ以上は……これ以上は、その醜い姿で暴れるような事はさせませぬ! どうか御眠りください、父上!」
ジョン=ウーの雄叫びと共に、剣が堅牢な胸骨を貫き、深く突き刺さっていく。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
最奥まで突き刺さると同時に大爆発! ……僕は、このタイミングであの言葉は言わないからな、絶対に。




