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070:魔族との連戦

 スオン=ティークの時と同様、サージェが皆に補助魔術をかけて身体能力を向上させる。

 まずはリュックが突撃し、近い方に居たジョン=ウィルへと迫る。本能的に敵の接近を察知したのか、右拳が地面に向けて振り下ろされる。

 岩が落とされたかのような衝撃と共に、石畳の地面が大きく砕けた。当然それを見越していたリュックは攻撃を回避。拳が持ち上げられる前に大剣を手首へと叩きつけた。


「なにっ!? 斬り落とせない……」


 しかし、スオン=ティークのように手首を斬り裂く事は出来なかった。まるで大木に斧を突き立てたかのように、腕を少し抉った所で止まってしまった。

 続けてもう一撃――と考えたリュックだったが、左拳が大きく振りかぶられているのを察し、追撃を諦めてその場から飛び退く。

 その直後、左拳が床へと叩きつけられる。右拳の時以上に力の込められた一撃は、爆風と共に石畳の破片を辺り一面へと撒き散らす。


「くっ、さっき以上の力で叩きつけたつもりだったが……どうなってんだい」

「どうやら見た目は似ていても、その力は格上のようですね。先程と同じではまずいです」


 飛散する破片を魔力の障壁で防ぎ皆を守りつつ、ゼクレが考えを述べる。


「幸か不幸か相手は戦闘のプロフェッショナルではありません。本能に従ってただ暴れているだけです。動きが大ぶりなのが救いでしょう」

「とりあえずワタシは、リュックが付けた傷を抉って毒を打ち込んでみるよ。サージェは可能な限り補助魔術を強化してくれる?」

「わかりました。逆に皆様に負担をかけてしまうかもしれませんが、この状況ですとさすがに四の五の言っていられないですもんね」

「じゃあ私は可能な限り多くの傷を刻む事にするか。表面さえ斬り裂ければ、マイテの短剣も刺さるようになるだろう」


 改めて戦略を練り始めたその時だった、今度はウィル=ソンの方が彼らの方に向かってきた。

 目の前の相手に必死になっていたためか、敵は一体ではないという最も肝心な事を失念してしまっていた歌劇団の面々。

 先程話し合った内容は、一体が相手だからこそ成り立つものだ。二体を相手にしては破綻してしまう。


「……それでも、やるしかありませんか」


 ゼクレが覚悟を決めて歯を食いしばる。その直後、ウィル=ソンが何の前触れもなくその場で思いっきり転倒した。

 大きな質量が石畳に倒れ込む事自体が少なからずの衝撃となり、神殿全体を大きく振動させる。


「こっちはアタシ達が足止めしておくよ。君達はそいつに集中するといい」


 この状況でも変わらず腕組みをして不敵な笑みを浮かべるリチェルカーレの仕業だった。


 ◆


 歌劇団の面々がスオン=ティークの時と同じように仕掛けているが、どうにも上手く行っていないみたいだ。

 スオン=ティークの拳はあっさりと斬り落とせたのに、ジョン=ウィルの拳は斬り落とせず――見た目はほとんど同じなのに、硬さが違うのか?


「同じ魔族から血を与えられてはいても、年季が違うって事だね。ジョン=ウーの台頭を考えると、スオンティークはせいぜい数年。ジョン=ウィルやウィル=ソンは何十年って所だろうね」

「年月と共に与えられた魔族の血の力が強くなっていったとか、そんな感じか?」

「魔族の血は非常に強く、やがて他の生命体を変質させてしまう。しかし、改めて血を追加されるとその過程がリセットされるんだ。つまり、魔族の血を受け入れ長い年月を過ごしているという事は、内を流れる魔族の血が濃いという事になる」

「なるほど、物理的に血の量が多いって事か。血が濃い方が強くなると言われれば、確かにそうだなとしか言えないな……」


 魔族の血を受け入れると魔族化に苦しむ事になり、その症状を抑えるためにさらなる血を欲し、以下繰り返し。まるでタチの悪い麻薬みたいだな。そうやって下僕を縛り付けるって腹か。

 おそらくはその繰り返しも限度があり、ウィル=ソンとジョン=ウィルは変貌しそうな限界を察して自らを封印させたのだろう。だが、彼らの主である魔族がこの状況を放置していたのが気になるな。

 後継者を立てたから、別にどうなろうとOKという事なのだろうか。それとも、やがて今のような状況に至る事を想定した上で、トラップになるだろうとあえて放置していたのか……。


 とか何とか考えていたら、ウィル=ソンが俺達を無視して歌劇団の方へ向かい始めたぞ。魔族化した後も血の繋がりが影響しているのか、もしかして孫や子を意識している?

 一体でさえ苦戦しているのに、もう一体向かわせてしまったらヤバイんじゃないか……と危惧したが、ウィル=ソンが何故か壮絶にコケたぞ。さすがにあの巨体だと、コケただけで神殿全体が激しく揺れる。


「こっちはアタシ達が足止めしておくよ。君達はそいつに集中するといい」


 リチェルカーレが歌劇団の方にそんな事を言っていた。ウィル=ソンの足元を見ると、両足とも黒い穴の中へと引きずり込まれていた。

 穴の口が上を向いているのにもかかわらずうつ伏せに倒れているこの状況。まさかと思って奴の足首の部分を見たら、エゲつない形で折れているな。

 空間の穴は絶対不動だ。その状況であの巨体が前に倒れ込んだら、当然足首の力だけで踏ん張るのは不可能。その質量を前に足首は敗北する。


『グルゥオォォォォォァァァァァァーーーーーッ!!!!!』


 そりゃあ絶叫もするわな……。あんな風に足が折れたら誰だって絶叫するわ。俺も冷静ではいられないかもしれない。

 顔を起こしたウィル=ソンはリチェルカーレを睨みつけ、その口を大きく開くと、スオン=ティークと同じように魔力の砲撃を放つ。

 が、リチェルカーレに当たるかと思われたその瞬間、眼前に大きく口を開けた黒い穴の中へと吸い込まれて行った。


 不測の事態にますます苛立ったのか、駄々っ子のように腕をガンガン地面に叩きつけつつ、二度三度と繰り返し口からの砲撃を放つウィル=ソン。

 しかし、結果は変わらずただ黒い穴の中に吸い込まれて行くのみ。十を数えるほど撃った所でさすがに疲労してきたのか、口を開いても何も出る事が無くなった。

 その状況に対してますますイライラしたのか、さらに腕を振り回して暴れるウィル=ソン。砂煙が舞ってるし、もう神殿内の石畳はボロボロである。

 怒ったワ○ワ○パニックじゃあるまいし、そんな必死こいてあちらこちら叩かなくてもターゲットは逃げないってのに……。


「さぁレミア、ここで一発……華麗にトドメを刺してくるといい」

「このタイミングで私に振りますか!?」


 とは言いつつも、しぶしぶ暴れるウィル=ソンに向けて間合いを詰めていくレミア。

 暴れてはいてもさすがに新たな敵の接近には気がついたようで、蚊を潰すかのように腕を動かして両手で挟み込もうとする。

 しかし、あまりにも大振りなため回避は余裕、その隙を突いて闘気を込めた一撃を思いっきり額へ叩き込んだ。


「……やはり、先程の魔族とは違いますね」


 闘気の奔流がウィル=ソンの顔を爆発させたが、それでも顔が焼け焦げた程度のダメージしかない。

 もしこれがスオン=ティークだったら確実に頭部が吹き飛んでいただろう。血の濃さで強度もここまで変わるのか……。

 レミアは早々に顔面への攻撃を区切り、倒れているウィル=ソンの背中へ剣を突き立てるが、金属質な音が響いて刺突が防がれた。

 まさか今の音は背骨……? 音だけで解る固さ。心臓部は多くの骨に守られているし、貫く事は難しそうだ。


「なぁ、レミアは苦戦しているようだが……倒せるのか?」

「本来の彼女なら余裕なんだけどね。どうにも取り返すきっかけがつかめないらしい」

「そういや以前もレミアには何かがあるような事を言ってたな……」


 足を拘束されている事が災いしその場から動けないウィル=ソン。レミアからすれば好きなだけ攻撃できるに等しい状況だった。 

 纏わりつく敵を追い払うために振り回される腕を回避しつつ、何度も懐に潜っては剣を叩きつけたり突き刺したりしているが、どうにも傷が浅いようだ。

 まるで一千万パワーの超人みたく全身に傷が刻まれているが、ウィル=ソン当人は痛みよりも纏わりつかれる鬱陶しさにイライラしているっぽいな。


「そこ! 呑気に喋っていないで手を貸してください!」


 レミアもイライラしていたようだ。確かに、歌劇団やレミアが皆して必死に戦っているのに空気が読めていなかったようだ。


「やれやれ、仕方ないね。本当ならここでキミに決めて欲しかったところだけど、お目覚めにはまだ時間が掛かりそうだし、さっさと片付けるよ」


 彼女としてはここでレミアにその『何か』を取り返して欲しかったようだが、無茶して死なれてしまっては元も子も無い。

 煩わしそうな顔で指を鳴らすと同時、ウィル=ソンの両腕が根元からバッサリと千切れ落ちてしまった。

 小傷には動じなかった奴も、さすがにこのダメージは堪えるらしく、叫び声と共に前へと倒れ込む――が、リチェルカーレが目線で俺に合図する。

 なるほど、そこを狙えってか。俺は奴が倒れ込む位置に沢山の地雷をまとめて召喚し、ダメ押しをさせてもらう事にした。


 一撃ですら神殿を激しく揺らす轟音が響くが、それが幾度も重なり、地震のような衝撃となり建物を損壊させていく。

 瞬く間に爆炎と煙、粉塵に包まれウィル=ソンの姿は見えなくなってしまう。と言うか、隣にいるリチェルカーレ以外誰も見えん。


「や、やりましたか?」


 ……レミア、それはこのタイミングで言ってはダメなやつだ。

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