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069:ゴルドーの一族

 スオン=ティークを倒したジョン=ウーは、少しの間呆けたようになっていたが、自らの頬を叩いて感情を抑え込んだ。

 全てはこの戦いが終わってから……。彼には今ここで感情に身を任せてしまったらもう立ち上がれなくなってしまうという自覚があった。

 いきなり実の家族以上に近しい存在だった側近を失ってしまう事になったが、それを止まる理由には出来ない。何せ彼の行動には今後の国の運命がかかっている。

 加えて、非道に手を染め他国から戦力を拉致してきた意味が無くなってしまう。ここまでしておいて何の成果も得られませんでしたでは許されない。


「ジョン=ウー・ゴルドー、キミの覚悟は見せてもらったよ。戦いが終わる時まで、彼の遺体はアタシが預かっておくよ。後に、丁寧に埋葬してやるといい」


 リチェルカーレが空間に穴をあけ、スオン=ティークの遺体を収納する。


「すまない。意を汲んで戦いを任せてくれたばかりか、後の事まで……。礼は戦いが終わった後に必ずさせてもらう」


 ジョン=ウーは分かっていた。彼女は戦いの意味を察してあえて介入しなかったのだと。

 おそらくだが、彼女が介入していたらさっさと終わっていた。しかし、それでは戦いに意味が無くなっていた。


「元々アタシ達は自国のためにこの国を潰しに来たんだしね。自国へ害を及ぼさないような体制に変わる動きがあるなら、それを支援するさ」

「ははは、勇気を出して立ち上がって良かったよ。そうでなければ、今頃エリーティ共和国は灰燼と化していたと思うとゾッとするね」


 害を及ぼす国だったから壊滅させようとしていた訳であって、そうでなければ滅ぼす必要はない。そこは考えを改めたコンクレンツ帝国と同様だ。

 悪しき要因さえ取り除いてしまえば、後は良識ある者達に運営を任せればいい。それが、後の味方を増やす事にも繋がる。


「……では、魔族が居るオーベン・アン・リュギオンに行こうか。案内するよ」



 ◆



 俺達はジョン=ウーの案内で劇場の裏口から外へ出る。オーベン・アン・リュギオンは目の前……と思いきや、また神殿のような建築物が建っているぞ。


「この建物は先代と先々代の遺体が保存されている宮殿だ。偉大なる指導者を永劫に祀る意図らしいが、僕からすればそんなものは死者の冒涜に過ぎないと思っている」


 やはり似た国だけあってかご先祖様保存してたか……だが、ジョン=ウーとしてはこの事が不満のようだ。

 今の国のありようを異常だと思っている事や、死者の保存を「冒涜だ」と言う辺り、さすがに人の中身に関しては違うって事か。


「どうせ目的地にはここを抜けないと行けない。そのついでに……二人を解放してやりたい」

「おいおい、随分優しいじゃないか」

「君は僕を一体なんだと思っているんだ……。まさか、この国の異様な部分を見て僕に結び付けてるんじゃないだろうな。アレは魔族の仕業だぞ」


 ……否定できん。姿形は良く似ているが全く別の存在なんだ。認識を改めなければ。


「まぁいい。僕には今までその異様な部分をどうにも出来なかった非がある。悪印象も仕方が無いと思おう」

「すまん。俺も思い込みが過ぎた。どうしても印象に引っ張られてしまってな……」


 ジョン=ウーと笑い合う。今は傀儡状態とは言え一国の指導者のハズなのに、こいつとは気兼ねなく接する事が出来るな。


「二人を解放してやるのは結構な事だけど、それならもう一度覚悟を決めておいた方がいいね」

「それは、どういう事だ……?」

「まぁその時になって見ればわかるさ」


 意味深なリチェルカーレの言葉に首をかしげながらも、ジョン=ウーは俺達を伴って神殿の中へと入っていく。

 人の気配がしない薄暗い通路を通り抜け、ひときわ大きな扉を開くと、そこには巨大なクリスタルに閉じ込められるように眠る二人の男の姿が……。

 ガラスに覆われた状態で横に寝かされてるんじゃないのか。さすがに剣と魔法の世界だけあって、ファンタジーな方法だな。


「向かって左が祖父のウィル=ソン・ゴルドー、右がジョン=ウィル・ゴルドーだ」


 ジョン=ウーと同じくふくよかな体型、血の繋がりを感じさせる顔……確かに良く似ている。


「それで、解放するって……どうやるんだ?」

「この封印は魔術によってなされたものだ。術者を連れてきて解除させる」

「そんな面倒くさい事をしなくてもアタシが解除してあげるよ。この程度の魔術なら容易い」

「なんだって? この魔術は、世界から有数の術者を集めて作り上げたものだぞ……。そんな簡単に」


 ジョン=ウーが言葉を言いきる前に、リチェルカーレは毎度おなじみ指を鳴らす仕草をしてみせる。

 すると、その合図と同時にクリスタルにヒビが入っていき、木っ端微塵に砕け散った。

 おいおい、まさか中の人まで……と思ったが、幸いにも中の人はその場に倒れ伏しているだけで無事だった。


「父上! 御爺様!」


 ジョン=ウーがすかさず二人のもとへ駆け寄り、まずはジョン=ウィルの方を抱き起こす。


「馬鹿な!? 生きている……だと……?」


 俺達も近くへ寄ってみると、確かにジョン=ウーに抱きかかえられているジョン=ウィルは苦痛にうめいていた。


「父上! 父上! しっかりしてください!」

「ま、まさか……。お前、ジョン=ウー……なのか?」


 声に反応した父に対して強く頷くジョン=ウー。


「そうか、立派になったな……。だが、我々の封印を解いてしまったのか……」

「どういう事ですか!?」

「こんな事になるのであれば、ちゃんと説明しておくべきだったな」


「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 細々と語り始めるジョン=ウィル。その傍らに倒れていたウィル=ソンが突然悶絶し始める。


 ◆


「お、御爺様!?」


 急いでウィル=ソンに駆け寄るジョン=ウー。


「ぐぅぅぅぅぅ……! お、お前は……?」

「ジョン=ウーでございます! 貴方の息子ジョン=ウィルの息子……孫です」

「ま、孫……。そうか、あの赤ん坊がこんな立派に……」


 ウィル=ソンが没した頃ジョン=ウーはまだ赤ん坊であったため、これが初めて祖父と言葉を交わす機会となった。

 クリスタルに封印されて長い間時が止まっていたからこそ実現した奇跡。本来あり得なかった邂逅。


「こんな形で孫の成長を見られるとは嬉しい事だ……だが、封印を解いてしまった以上、もう長くはもたない」

「父上も仰っていましたが、それは一体どういうことですか!?」

「我々は、魔族化を抑えるためにあえて封印されていたのだ」

「魔族化……! って、スオン=ティークが変貌していた……」

「スオン=ティークだと? 奴が魔族化したとは一体どういう事だ?」


 ジョン=ウーは、端的に自身が後継者として任命された際の事を話した。


「……なるほど。確かに、若き身で後継者の座を受け継ぐのは早いな」

「スオン=ティークは御爺様が指導者となった頃から側近を務めている無二の親友だったと聞きます。僕のせいで……」

「いや、奴ならばそう申し出ると思ったよ。それで、奴は無事に……解放されたのか?」

「はい。スオン=ティークはこの僕の手で……解放しました」


 ジョン=ウーは、ウィル=ソンの言葉の意味を正しく理解し伝えた。その言葉を聞き、ウィル=ソンは満足げに微笑む。


「ならば、我々も我慢する必要はなさそうだな……。ジョン=ウィルよ、共に若者達に未来を託そうではないか!」

「父上……。そうですな。スオン=ティークに続きつらい試練を与えてしまうが、お前達ならば乗り越えてくれると信じているぞ」


 二人はゆらりと立ち上がると、雄叫びと共にその身体を変化させていく。スオン=ティークと同じように身体が変色していき、みるみる肉体の質量が増していく。

 そして体脂肪が多めだったふくよかな身体は一転して筋骨隆々となり、巨人と化す。その姿たるや、スオン=ティークと瓜二つだった……。


「おいおい、スオン=ティークと同じ姿になったぞ……」

「魔族化は血を与えた魔族に影響される。スオン=ティークも彼らも、同じくこの国を支配している魔族から血を与えられているのだから、同じ姿になるのも当然の事さ」




 ジョン=ウーは後方で控えていた歌劇団の面々と合流し、突然現れた強大な敵達に対し向かい合う。


(ちっ、これがあの女の言っていた「もう一度覚悟を決めておいた方がいい」って事か……。何を知っているんだ、あの女……)


 リチェルカーレの言葉の意味をようやく理解した彼は、先程のスオン=ティーク戦を思い返して苦い顔をする。

 あの時でさえ、打ち取るのに苦労した。今度はそれと同等の存在が同時に二体……。


(いや、やるんだ! 目の前に居るのは僕の身内なんだ! 二人も託してくれた……。僕が解放してやらなくて誰がやるというんだ!)


 己の頬を勢い良く張ると、ジョン=ウーは『座長』としての顔になり、歌劇団の面々と共に戦う決意を新たにする。

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